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ファンタジックな冒険譚  作者: コノハ
目指せゴブリン洞窟!
11/13

流す涙

 ブルーメに連れられて来たダンタリアンの住居は、物見塔のような円柱形の砦だった。それがポツンと山あいにあって、なんとも言えぬ雰囲気を醸し出している。

「ブルーメ、ここ?」

「はい」

 ブルーメが言うと、エレナはゆっくりと地面に降りた。ズズン、と地響きがする。

「ブルーメ、道案内させてごめんね」

「恐縮です」

 と、ブルーメが頭を下げようとしたとき、一人の男が砦の中から出てくる。

「誰じゃワシの家にドラゴンで乗り付けるようなボンボンは……って、ろ、ろ、ろ、ロードドラゴン?」

 出てきたのは禿頭の、茶色のローブを身に纏った初老の男だった。

「ダンタリアン! 仲間が大変なんだ!」

 ファランがエレナの背から飛び降りて、ダンタリアンのそばまで走る。

「む、その鉄塊具合にバカ丸出しの声……ファランじゃな? いつからお主ロードドラゴンに乗れるような身分になった? 姫と結婚でもしたのか?」

「俺はバカじゃねえしエレナは乗り物じゃねぇぞジジイ! というか今遊んでる暇ないんだって! ルミナ、ほら!」

 ファランに呼ばれて、慌ててルミナは飛び降りようとする。けれど、結構高い気がして、どうも竦んでしまう。

「待って、ルミナ」

 エレナは言いながら、どんどん体を縮めていく。ルミナが問題なく降りれるようになると、そこで小さくなるのをやめた。

 ルミナはゆっくりと、地面に降りた。

 エレナは背中に誰もいなくなったことを確認すると、人の姿を取った。

「始めまして、ダンタリアン様。私、ルミナと申します。本日は私達、お願いがあってこうして参りました」

 ルミナは丁寧にお辞儀すると、ゼロをダンタリアンに差し出した。エレナも追随するように頭を下げる。主が礼をしたのでブルーメも同じように頭を下げる。

「……フォリナ族、か。ロードドラゴンといい、ファランよ、お前は何もんじゃ?」

「ただのガードナーだよ」

 ダンタリアンはかっかっかと大笑いした。

「面白いヤツじゃよ。じゃがな、この娘っ子はワシには無理じゃ」

 三人の顔が、青くなる。

「じゃが、それは一人の場合。ロードドラゴンの鱗があれば、この娘っ子の四肢は問題なく……」

「手足じゃなくて、熱! ゼロ、すげえ熱があるんだよ!」

 ファランの言葉に、ダンタリアンはキョトンとした。

「……ファラン、お主……。素人判断しなかったことは褒めるが、だからといってこれくらいでワシを呼ぶな。傷を受ければ熱が上がる。当然のことじゃ。こんなもん命に関わらんしヤブ医者が作った薬飲んでも勝手に治る。なんじゃ。この娘っ子の体を治しに来たんではなかったのか」

 自分の出番がないとわかるや否や早々に家へ戻ろうとするダンタリアンの肩をファランが掴んだ。

「なんじゃ?」

「ちょっと待てよ。ゼロの体って、どういうことだ?」

「知らんかったのか? その娘っ子、もう一人では生きていけんのじゃぞ? 何をするにも他人の助けが必要になる」

「なんでだよ」

「両手両足が使えなければ、誰だってそうじゃろ」

「……そんな」

 ファランは項垂れた。

「ダンタリアン、さん」

「呼び捨てで構わんよ、ロードドラゴン」

「お前、竜王様に」

「ブルーメ!」

 エレナが叫ぶと、青い竜はビクリと全身を強張らせた。

「……かのブルードラゴンがまるで叱られた赤子のようじゃの。ニセモノかと疑っとったがもう必要ないの。ロードドラゴン」

「エレナです、ダンタリアンさん」

 ダンタリアンは何が楽しいのか大笑いした。

「愉快愉快。竜王に丁寧語を使われるとは、ワシも偉くなったもんじゃ。では、この娘っ子を預かろうかの。皆もついてきなさい」

 そう言って、ダンタリアンはゼロを抱えて砦の中へと入った。

「行こうぜ」

 ファランはそう言うとダンタリアンについていった。ルミナも警戒せずに続いた。

「じゃ、私行ってくるから」

 ひらひらと手を振って、エレナはブルーメに言った。

「私も行きます」

 ブルーメは高度を下げながら人の姿を取る。地面に降り立つ頃にはコワモテの竜はどこにもおらず、いるのは人の良さそうな好青年だった。

「ん、ありがと」

 頷くと、エレナはブルーメと一緒に砦へと入った。

 

 砦に入ると、四人は最上階へと通された。中央にある魔導エレベータを使い、一瞬で最上階まで移動した。ここにときどき来るファランと魔法学校に通っていたルミナは特に驚かなかったが、エレナは物珍しそうに魔導エレベータを眺めていた。

「エレナの反応が普通なのよ? なんであんたがダンタリアン様のお住まいを知ってるのよ」

「様とかやめろよ。まるでダンタリアンが偉い人みたいじゃねぇか」

「偉いのよ! あんたバカ!?」

「バカじゃねぇよ」

 通された部屋は半円形をしており、中央の壁には出入り口である魔導エレベータと、その隣に扉が二つ備え付けられている。

「はっはっは。相変わらずじゃな、ファラン。ちと待っておれ」

 そう言って、ダンタリアンはゼロを抱えて、隣の部屋へと消えて行った。

「……大丈夫、かな」

 エレナが不安そうに呟いた。

「大丈夫だってダンタリアンが言ってたじゃねぇか」

「……ダンタリアンって、凄いひとなの?」

「ああ、そりゃ……」

「それはそうよ! 十二才にして現代魔術の基礎を作り、今もなお最先端を行き続ける魔法の始祖、ダンタリアン・マーヒュージ様! 魔法使いなら誰しも憧れるお方よ!」

「人のセリフとるなよ」

 ファランは苦い顔をした。

「うるさい脳筋」

「お前な、ちょっと俺に名誉挽回の機会とかくれねぇの!?」

「ここで汚名挽回って言い間違えればよかったのに」

「最悪だなお前!」

 楽しげに言い争いをしているところに、二人の後ろで笑いが起こった。

「お前がワシ以外にそんな言葉使いをするとはのぉ。いい相方を見つけたな、ファラン」

「うるせぇな。ほっとけよ」

 そこには、ゼロを抱えたダンタリアンがいた。

「ダンタリアンさん、ゼロは?」

 エレナは立ち上がって、ダンタリアンのそばに駆け寄る。

「この娘っ子、何をされた?」

「え? そ、それは、槍で」

「エレナ様」

 事情を説明しようとしたとき、ブルーメが割って入った。

 エレナは不安そうに彼のほうを向いた。

「なに、ブルーメ」

「ゼロを治療した私が、私見を述べてもよろしいでしょうか?」

 エレナは頷いた。ブルーメは一歩前に出ると、口を開いた。

「その子は腐敗毒を塗り込んだ槍で四肢を貫かれました。おそらく二度と動きますまい」

 エレナ、ファラン、ルミナの三人に衝撃が走った。

「……腐敗毒?」

 エレナの絶望混じりの声に、ブルーメが苦しげに頷いた。彼とて、主の苦しそうな顔を見るのが辛いのだ。

「幸い、全組織の腐敗は食い止めましたが、あと一歩遅れていれば、この子は」

 まず間違いなく、死んでいた。腐敗毒とは、禁忌の毒である。あまりに強い毒性、そしてその即効性は、一説には竜さえ殺すと言われたほど。

「……私を、殺すつもりで」

 エレナが呟いた。

 実際には、ロードドラゴンほどになれば腐敗毒といえ多少腹を下すか下さないかくらいの影響しかない。だが、多くの者が腐敗毒は竜に効くと思っていて、菜園伯爵も思っていた。だから、菜園伯爵は私兵の槍に腐敗毒を塗らせたのだ。

「……治療方法は、一つじゃ」

「治るんですか?」

 エレナは希望を見出したようにダンタリアンにすがり付いた。

「お主の逆鱗。それさえあれば、遜色なく動けるようになるじゃろう」

 エレナは体をビクリと強張らせた。逆鱗とは、ドラゴンの首に一枚だけ生えている鱗で、その鱗には莫大な魔力が込められている。逆鱗を剥がせば魔力の大半を失い、大幅に弱体化する。

 だが、そんなことよりも、竜にとってそれは別の意味を持つ。

 竜はつがいになるとき、お互いの逆鱗をはがし、交換し、お互いこ魔力を交換するのだ。最も大事な物を差し出し、最も大事な物をもらうことで、生涯の絆を誓うのだ。

 ここでエレナが逆鱗を渡すということは、純潔を散らすことよりも致命的なことに繋がる。つまり、エレナはもう誰ともつがいになることができない上に、相手が竜ではないので大幅に弱ってしまうのだ。

「……竜王様、逆鱗を渡ということはどういうことか、よくお考え下さい」

 ブルーメはそう言うだけで精一杯だ。

「わかってる、よ。逆鱗……。逆鱗、か……」

 竜王として永く生きてきて、それでもまだまだ幼い部類に入るエレナ。まだ伴侶など考えたことがなかったが、それでも、夢はあった。

 その夢は、ゼロを助ければ潰える。

「でも……」

 しかし、ゼロは夢どころか命さえ賭けて自分を護ってくれた。そのゼロを見捨てるというのは、いかがなものか。

「……」

 いつもはうるさいくらいに饒舌なファランとルミナも、何も言わない。じっくりと、エレナが答えを出すのを待っているのだ。

「……わ、私」

 エレナは、決めることができなかった。

「わから、ない……わからない、よ……」

 その場にへたりこんで、うな垂れる。

「……そうか。しばらくここで暮らすといい。ゼロの面倒はワシが見る」

「待って、私が、私が見る」

 ダンタリアンは首を振った。

「任せられん」

「でも!」

「今の娘っ子はとても無力な存在じゃ。排泄一つ自力でできない娘っ子を、お主は支えきれるのか?」

 エレナは強く頷いた。

「やります」

「……そうか」

 ダンタリアンはゆっくりと頷いた。

 

 ゼロが目を覚ますと、知らない天井だった。

「う……ん?」

 まず彼女は体の感覚がおかしいことに気が付いた。いつもは軽い体が、鉛のように重い。どころかピクリとも動かない。

「え?」

「ゼロ、おはよう」

 戸惑っていると、ゼロの視界にエレナが現れた。

「あ、おはよう、エレナ。魔法、解けた?」

 ゼロはエレナにかけられていた魔法の詳細は知らない。けれど、エレナの雰囲気が変わったことは勘付いた。

「うん。ゼロが頑張ってくれたおかげ。ありがとうね」

「ううん。仲間なんだから、当たり前だよ」

 ズキン。ゼロの優しい言葉が、エレナの胸に刺さる。

「ねえ、ちょっと私なんか長い間寝てたみたいで、体がうまく動かないの。起きるの手伝って?」

 どんなに頑張っても、あなたの手足はもう動かないの。そんなことを、エレナが言えるわけがなかった。

「……うん」

 形だけでも手伝おう。そう思った矢先に、部屋の扉があいた。

「うんじゃねぇだろ、エレナ」

 エレナの体が、硬直した。

「……ファラン」

 ゆっくりと、普段着に着替えたファランが二人のそばにやってきた。人の良さそうな顔には、気の毒そうな顔が浮かんでいる。

「お前、だからダンタリアンに任せとけって言ったんだ。言えるわけねぇ、っていっただろ」

「……でも」

「じゃあ、今言えよ」

 エレナは、黙った。あなたの手足は動かない。助けられるのは、私だけ。

 そんなことを言ったら何を言われるのか、わからなくて怖かった。

 あんたのせいで。

 なんで助けてくれないの。

 そのどちらでも、エレナは潰れてしまうだろう。

「ゼロ。お前の手足はもう動かねぇ」

 いきなり、ファランが言った。

「ファラン!?」

「お前が言わねえからだろ。言わなきゃ、ゼロは意味のないリハビリ始めるぞ」

 言い返せなくなって、エレナはゼロを見た。

 ゼロの顔は、絶望に染まっていた。

「う、動か、ない? ウソ?」

「ウソじゃねぇ。お前を貫いた槍には腐敗毒が塗ってあったんだよ」

「ウソ」

「……気持ちはわかるけどな」

「ウソだ! もう私冒険者できないの!?」

「……ああ」

「じゃあ、ギルドに借金したお金はどうなるの! 私踏み倒すのなんてヤダ! 飲み代くらい、自分で稼ぐ!」

「ギルドだっていくらなんでも体動かねぇやつにまで仕事させねぇよ」

「わた、私はフォリナ族だ! おんなじところにいるなんて我慢できない! 嫌だ嫌だ嫌ー!」

 駄々をこねるゼロに、二人は叱ることもできない。ただ苦い顔をして目を背けるだけだ。

「……なんとかならないの?」

「……」

 ファランは答えなかった。じっと、エレナを見つめる。

 エレナは、顔を背けなかった。

「……ぜ、ゼロ」

 ぎゅっと、拳を握り込む。言えば、要求されるだろう。

 だが、と彼女は悩む。ここで逆鱗を差し出さなくてなにが仲間か。けれど、エレナにも限度がある。永い竜生を今後一人きりで過ごすことを思えば、どうしても躊躇ってしまう。

「……逆鱗、って知ってる?」

「ドラゴンの首に生えてる、うろこ?」

 エレナは頷いた。

「私の逆鱗があれば、あなたの手足はもとどおりになるわ」

 ゼロは苦い顔をした。

「エレナ、逆鱗って大切なの?」

「……竜族の婚姻には必須で、魔力の塊よ」

 正直に、告げる。魔力の塊と聞いて飛びつかない人間はいないだろう。逆鱗を渡せと言われたら、恩人に報いるためにも渡すしかない。エレナの葛藤をよそに、ゼロは笑った。

「あはは、じゃ、いいよ」

「……?」

 意味がわからず、エレナは首をかしげた。

「大切、なんでしょ? 私、仲間の大切な物を奪ってまで元気にならなくていいよ。死なないだけで儲け物と思うよ」

 エレナの瞳から、雫が零れた。

 なぜ。逆鱗さえあれば自分は元気になるのに。大切なものではあるが生死には関係がないのに。なぜ、ゼロは早々に諦めることができるのだろう。エレナにはわからなかった。

「……でも、生活どうしよう。ねぇ、ファラン、私これからどうなるの?」

「介護ギルドをあたってみる。ゼロみたいに可愛くて聞き分けのいいヤツなら、甲斐甲斐しくお世話してくれるだろうよ」

「そのお金は?」

「それくらい、大したことじゃねぇよ」

「でも、私、守られっぱなしは……」

「守られることにも、慣れろよ。もう、お前は動けねぇんだ」

 ファランは苦々しく言うと、部屋を出て行った。

「……ゼロ」

 エレナはゼロの頭を撫でようと手を伸ばす。

「エレナ、ごめん、今は、一人にして」

 返ってきたのは、柔らかい拒絶。撫でようとした手を引っ込めて、エレナは立ち上がった。

「わかった。何かあったら呼んでね、隣の部屋にいるから」

 そう言って、エレナは部屋から出て行った。

 一人残されるゼロは、体を震わせた。

「うっ……うっ……」

 ゼロは仲間に気付かれないよう、声を殺して泣いた。


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