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第1章 彼の生い立ちから学生時代

ちょうど昭和の高度経済成長期にかかった頃、弘章は福島県にて地方公務員の父、専業主婦であった母との間に生まれた。いわゆる県内だけの転勤族であり、主に小学生時代を中心に幾度かの転校を繰り返す。とは言え、特別なんの変哲(へんてつ)もない家庭境遇であった。当時はあまり、転校生とかへの今でいう「いじめ」というものがなかったため、彼は県内全域に同級生を中心とした友人・知人を()、横浜に転居して来てからも(なお)、一部の人とは交流が継続している。


中学に入って、弘章は野球部に所属した。理由は、幼い頃テレビアニメで『巨人の星』を観て感銘を受けたからである。素質もあり、そして何より野球をやることが楽しくて楽しくて仕方がなかった。

県立高校の普通科に進学しても尚、彼は野球を続けた。しかし硬式野球へと変わったこともあり、中学時代の面白い野球とは一変(いっぺん)した。そこにあったのは苦痛だけであった。先輩後輩間の筋の通った厳格なしきたりや同期生間でのライバル争い! 甲子園出場の常連校であった。チームワークもへったくれもあったものではなかった。そこにあるのはただ、個人間の競争のみであった。

夏の大会が終わり三年生が引退した二年生の秋、弘章は野球部内の最上級生となり(はた)から見てチーム内で実力ナンバー3に位置した。打撃面、守備面、走塁面ともそうであった。ナンバー1とナンバー2は、その(すべ)ての面で優れてはいたが、ただお互いに相性が悪くて仲が良くないという問題点があった。互いに相手の実力を認め合いつつも、ほとんど会話することはなかった。

主将(キャプテン)を決める時期がやってきた。そこでナンバー4が(つぶや)いた。

「普通に考えると俺達のチームの場合、あの2人のどちらかがキャプテンになるべきだと思うが、大事なことを皆忘れている。弘章、それはやっぱりチームワークだよ! あの2人のどちらがなっても、そこから(はず)れる。きっとチーム内に違和感が(しょう)じる。弘章! ここはナンバー3のおまえがやれ!」。

ナンバー4のチーム内への説得が開始された。そして一週間後、職員室から借り受けた教室の一室で主将選考の投票が行われ、弘章はキャプテンに指名された。

弘章の苦労はここからであった。「どうやったらチームが一つにまとまるんだろう?」。

彼はこの解決のし(がた)い問題を背負って、引退までの残された一年近くを過ごすこととなる。もはや、自分の実力のことなどどうでもよかった。どうやったらチーム全体のためになるか? それしかなかった…。弘章の挑戦は続いた。


一方、監督をしていたその高校の英語教師は、性格の(おだ)やかな人であり、選手たちにあまり厳しいことは言わなかった。どちらかというと、「信じているから、おまえらの思うようにやれ…」といったタイプの監督であった。

弘章はまず、この監督との折り合い、パイプ(つな)ぎということを考えた。まず、主将と監督の考え方なり方針が一致してこそ初めて、チームが強くなれると信じた。

次の日、弘章は監督を練習終了後、学校の(そば)の喫茶店へと誘った。勿論コーヒー代はこの監督が支払った。

「監督、俺思うんですけど、キャプテンになったから何とかしてこのチームをもっともっと強くしたいんです。なんとしてもまた甲子園夏の大会へこのチームを連れて行きたいんです。監督は今のチームのことをどうお考えですか?」弘章は(たず)ねた。

「う~ん、俺はあまりチームには口を出さない方だけど、俺の目から第三者的に見ると、やっぱり力はそれなりにあるとは思うけど、チームワークという点でいま一つ、何かが足りないなあ…」監督は答えた。(まさ)しくナンバー4のセカンド守備の池上良太の言う内容と同じであった。

次の日から弘章は、この『チームワーク』という言葉を第一に考えるようになった。練習中、どうしたら良いかを常に頭の中で問い正すように変化していった。そして一番の問題点は言うまでもなく、ナンバー1とナンバー2の不仲… この一点に(しぼ)られた。

しかし弘章はここで迷った。「はて? 具体的にどうしたら良いのか…」と。「人間同士の相性なんていうのは、これどう仕様もないし、とても難しいし…」と思った。

彼は考えた。「何とか、あの二人が話をする場のようなものを設ける必要があるな」と。だが具体的な方法が見当たらない。


半月後、グラウンドで練習中、一つの事件が起こった。守備練習の時の出来事だった。

ナンバー1はキャッチャー、そしてナンバー2はファーストのポジションだった。キャッチャーがファーストへ球を転送する際に暴投した。ファーストはジャンプしてこれを捕球しようとしたが届かず、ボールは大きくライト方向へと(ころ)がった。ここでナンバー2のファーストがボヤいた。「おい、ちゃんと投げろよ」。これにナンバー1が反応した。「そんなこと言ったって、誰でも手元が狂うことだってあるぜ」。

これを発端(ほったん)に二人は言い合いとなった。チーム全員が初めて見る光景であった。

弘章はキャプテンであるから、当然ここで何かしなければならない。だが彼は、しばらくの間、けんか口論となっているこの二人の中間に位置して立ったまま、何も言えなかった。言葉が出なかった。返す言葉が見つからなかった。

1分ぐらいして、この口論が収まった頃を見計らって、(ようや)く弘章が口を開いた。彼はこう言った。

「二人とも、もうその位にしておけ。大したことではないじゃないか。もうちょっとお互い理解し合おうよ」。

この瞬間、二人は口を閉ざし無言状態となった。固まってしまった。

それ以来、二人はまたお互いを意識し合いながらも、全く会話をすることはなくなった。


こうして夏の大会の県予選の時期がやってきた。ナンバー1は四番打者、ナンバー2は三番打者で共にクリーンナップの一角であった。弘章はそれに続く五番打者でポジションはショート・ストップであった。

三回戦までコールドゲームなども含め無難に勝ち上がり、四回戦を迎えた。相手は甲子園出場経歴もある、県内の強豪校であった。

弘章の岡本高校は打線が爆発して前半で5点を奪い取り、六回表の相手校の攻撃となった。味方のピッチャーが好投し、そこまで5対1となっていた。

ここで最初の打者をフォアボールで歩かせた。続いて次打者にライト前ヒットを浴び、ノーアウト1・3塁というピンチを(むか)えた。迎えるは相手方の三・四・五番、クリーンナップであった。

味方ピッチャーの重裕は、見るからに動揺していた。()かさずキャッチャーの正史がタイムをかけマウンドに駆け寄った。同時にこれに合わせて内野手全員が歩み寄り、マウンドに輪ができた。正史が言った。「ドンマイ、ドンマイ。リラックスしてマイペースでいこう!」。輪の皆もうなずいた。これで重裕も落ち着きを取り戻したように見えた。

輪が解け、内野手が各々のポジションへと散り、プレーが再開された。重裕は気を取り直して相手の三番打者に対し、セットポジションから投球フォームへと入った。この瞬間、一塁走者がすかさず第一球目から盗塁を試みた。キャッチャーの正史が(あせ)った。ショートの弘章がセカンドベースのカバーに入った。正史は盗塁を()すためすかさずセカンドへ送球。ここで三塁走者がダブルスチールを試みた。その時、セカンドの池上良太がセカンドベース手前にてこの送球をジャンプしカット、バックホーム! 本塁アウト! 主審が大きなジャッジで宣告した。

1ナウト二塁と局面が変わった。だが、まだ気が抜けない。打席はそのまま三番打者。初球はストライクだったのでカウント、ワンストライクナッシングであった。2球目、重裕は正史のサイン通り変化球のスライダーを投げ、サードゴロで一塁アウト。二塁走者はそのまま動けずであった。

ツーアウト2塁となり迎えるは今度は主砲の四番打者。カウント、フルカウントのスリーボールツーストライクまでいき、6球目をファーストゴロに仕留め、この回無事0点で(しの)いだ。

そのまま両者とも譲らずで試合は進み、九回表相手校の最後の攻撃となった。ピッチャーの重裕には疲労が見て取れた。というのも、彼はこの四回戦まで、ずっと一人で投げ続けてきたからである。しかし、気力には充分満ち足りていた。先頭打者をレフトフライ、次打者をスイングアウトの三振に切って取り、ツーアウトランナー無し、あと1人となった。

重裕は肩で息をしていた。また、あと1人ということで、目に見えないプレッシャーのようなものが彼にのしかかった。ここでセンター前ヒットを打たれ、続けてライト前ヒットを浴びてツーアウト1塁3塁と局面が変化した。

ここでまた、ナンバー1のキャッチャー正史が主審にタイムを要求し、内野手もマウンドに集まり輪ができた。このとき、誰も何も言葉を発しなかった。ただ、間を取っただけであった。時間にして、おおよそ一分半であった。皆、ピッチャーの重裕を信頼しこの場を任せようと思った。

輪が解け試合再開となった。次打者がタイムリーヒットを放ち、5対2となった。そしてツーアウト1・2塁に変わった。相手は下位打線のバッター。カウント、ツーボールツーストライクとなった。そのあと打者は5球続けてファールで粘り、重裕はストレートのストライクを投げ続けた。遂に相手打者が根負け。ライトフライで試合終了に至った。


五回戦の日がやってきた。いよいよ甲子園夏の選手権大会の神奈川県代表が決まる決勝戦である。

強豪同士のぶつかり合いとなった。共に、春の選抜大会と夏の大会あわせて5回ずつの甲子園出場を誇る名門校同士の戦いであった。

投手戦となり、0対0のまま延長戦へと突入した。両者とも一歩も譲らない展開となった。十一回表、弘章の岡本高校がチャンスを(つか)んだ。ワンナウト三塁、一打得点という状況であった。ここで少し深めのレフトフライが上がった。味方三塁走者がベースバックし、捕球と同時にホームベースへ突っ込む。相手方レフトが強肩を見せ、ワンバウンド送球でバックホームし、本塁寸前クロスプレー! 相手キャッチャーがヘッドスライディングしてくるランナーをブロックしてタッチ! 主審は高々と手を上げ、「アウト!」をコールした。

十一回裏、岡本高校はワンナウトランナー3塁の大ピンチを迎えた。一打サヨナラの局面! 最大のピンチに、またキャッチャーの正史が主審にタイムをかけ、内野手全員でマウンドに集まった。そしてこの時、弘章はキャプテンとして内野手皆に「冷静にいこう。最後まで(あきら)めずに全力を()くそう!」とひと言つけ加えた。

皆がそれぞれのポジションへと散り、試合再開となった。ここで定位置の平凡なセンターフライが上がった。この試合最大の勝負どころ! 敵味方を問わず全員が固唾(かたず)を飲んで見守った! センター少し後退し、勢い(はず)みをつけてノーバウンドでバックホーム! 本塁へタッチアップから全力でスライディングし突っ込んできた三塁走者とまたクロスプレー! 皆、主審の判定を待った! 主審は(わず)かの()をおいて、大きく手を横に広げた。「セーフ!」。

この瞬間、サヨナラゲームセットとなり、岡本高校の守備ナインらすべて、その場にうずくまり泣き(くず)れた…。夏の甲子園大会出場の夢が、(はかな)くも消え失せた瞬間であった。


このときから一ヶ月後、弘章は落ち着きを取り戻し、我に返ってこう痛感した。

「結局、チームを甲子園に連れて行くことが出来なかった。また主将としての責任も果たせなかった…。 この(おろ)か者めが!」。



高校球児を卒業し、(しば)しの間、弘章は何も手につかず放心状態の日々を過ごした。一応の目標は大学進学であったが、特にこれに向けての受験勉強をするわけでもなかった。

彼は英語や国語を得意とする、いわゆる文系の学生であった。こと数学や理科の科目については、全く理解し得なかった。極端な話が、算数の足し算・引き算・掛け算・割り算しかできなかった。その()わり、こと英語に関しては自他ともに認める実力を示し、校内では常時トップクラスの成績にいた。

しかし当時、彼が得意とするのは、あくまでも受験英語と言われるものであり、英会話という点では全然駄目だった。少なくとも、その当時の中学・高校においての英語教育は、全く英会話というものを重視していなかった。

そこで彼はこう思った。「よし、どうせ進学するなら大学へ行って英会話を学ぼう。学部・学科は外国語学部英米語学科にしよう」。

彼は、自分の一番弱い社会科を、選択科目・世界史に絞って勉強し始めた。次の春、彼はめでたく東京六大学の一校に合格した。だが、それは二次募集の夜間の部であった。一次募集の通常の時間帯の部は、(ことごと)く落ちた。

ここで彼は迷った。「このまま夜間へ行くべきか? それとも浪人して、再度一次を受け直すか?」と。そして彼は決心した。

「ようし! 夜間通学しながら昼はバイトし、いつか一部の昼間に編入してやる」。


大学生となった弘章は、夜学に通いながらその(かたわ)ら昼間帯、お好み焼き屋でアルバイトを始めた。時給は僅か750円。それでも一日当たり4,000円位の稼ぎにはなった。

彼は奨学金制度も活用していた。また自分の小遣いはバイトで(まかな)った。したがって親から仕送り等、一銭も貰ってはいなかった。

一年生の終了時、弘章は一部への編入試験にトライした。だが結果は残念! 彼は引き続き夜間に通いながら昼のアルバイトを継続した。そして二年目にして漸くこれに合格し、正式に一部の三年生へと編入を果たした。

残りの大学生活2年間、弘章は特別に英会話を集中して学ぶでもなく、ただ(ぼう)然と月日を過ごした。何か趣味があるのでもなく、昼間部に移ったことからアルバイトも辞めて、といったふうだった。ただ英語資格の実用英語技能検定2級だけは取得した。

当時はテレビドラマで『太陽にほえろ』という番組が一世(いっせい)風靡(ふうび)していた。彼は刑事に(あこが)れた。それにはまず、警察官にならなければならない。

四年生の時、弘章は神奈川県警察官採用試験を受け、そして受かった。大学卒業と同時に、彼は神奈川県警察学校へ半年間入校となった。そして、そこで待ち受けていたのが、厳しい教官であった。









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