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「過日夢枕に我が神の御使いが立たれ、このハチマンの地に社を建てよと告げられました」

 その女が現れたのは〈五月事件〉――あるいは冒険者たちの言う〈大災害〉から、さほど間もない日のことだった。

 見た目は二十の半ばといったところで、〈神祇官[カンナギ]〉らしい『和』を基調に持つ簡素な旅装に太刀を佩き、弓袋を負い、社寺を建てる旨許す、イセの勅許状を携えていた。

 ただしそれが当代様の御世ではなく、何十年も昔に発行された、既にそれ自体が半ば古文書めいた代物であったのは、不老不死たる冒険者ならではと言えよう。

「真に相応しき土地を探していたのです」

 街の運営を預かる参事会の構成員の中に、その説明を素直に受け取った者はほとんど居なかったが、浮かれ女[うかれめ]まがいの遍歴の巫女や遊行の聖[ひじり]、寄進をせびる神がかりの手合いと侮って、軽く扱う者もまた居なかった。

 衰えたとはいえ斎宮家の御墨付である。

 また、そうでなくとも、よほど理不尽な求めでない限り、機嫌を損ねてはどのような障りがあるとも知れぬ〈冒険者〉の――彼の者らは人に似た鬼神の類である――真っ向からの要求を、ただ断るという選択肢はありえなかった。

「ようございます。ええ、もちろんですとも。なんの否やがありましょう。台下。我らハチマンの町衆、協力は惜しみませんぞ」

 そして商利にさといのがハチマンの商家諸家である。ことに参事会に列なる者たちはいずれ劣らぬ狐狸妖怪。一同腹の中で算盤を弾いた末、害より益が多かろうと落ち着いた。

 商機を逃がすは悪である。

 内実はともかく、協力を確約し、受け入れた。

 そうなれば次は地所である。

 神殿を築くには、如何なる場所が相応しかろう。繁華な街の中心が良かろうか、それとも城壁に近い静かな立地が良かろうか。はたまた既にある古刹[こさつ]の主に、その座を譲ってもらうのはどうか。なに司祭殿には相応の金子を付け届ければ。

 様々な意見が出た。どの区画を社領として寄進するか、そこが争点になった。しかし意外なことに神祇官が求めたのは市中ではなく、街の裏に立つ端山の中腹だった。

 みな驚いた。

 ちっぽけな山である。竹や薪を求めて踏み入る人間がまばらにあるくらいで、何かありがたい霊験のいわれがあるわけでもない。

 湖の向こうの霊山の如く雷名が轟いているならいざ知らず、あえて求めるほどの土地だとはとても思われなかった。

 街の人間の驚愕を尻目に、神祇官は山の麓に庵を結び、数日をかけて山中を隈なく歩き回った。

 その際、短い時には十歩、長い時には半日ほどの間隔で、大地人には窺い知れない不可思議な儀式が繰り返し行われた。

 その度に神祇官が得たり顔でうなずいたり、顔をしかめたりするのを見て、神を迎えるのに最も相応しい場所を探しているのだろうと、ハチマンの参事会から従者として派遣された娘は考えた。一日の調査が終わって、庵に戻り、主人の足を湯で洗い清めながら、自分の思ったことを述べると、そんなところだと神祇官は笑った。

 数日後。ついに探索が終わった。

 神祇官は神域と定めた土地の四方に杭を打って縄を張り、怪物や野獣の侵入を禁じる結界とした。






「それで夢告を得たというのは真実ですか?」

「まさかですよ」

 老師の問いに、樹里[ジュリ]は笑って否定の言葉を返した。

「やはりそうですか。あるいはとも思ったのですが、流石にそれはありませんでしたか」

 安堵とも残念ともどちらにもとれそうな口調で老師は応じた。

 盛大な不条理の中にいる今、神職的な職業に就いた人間に、神霊に類する存在が語りかけるのは、あってもおかしくはないなと思われたのだ。

 樹里もまた同感だった。

「自分は、言ってしまえばただの騙りでしたけど、正直今となっては『神の声を聞いた』と主張する人が現れたとして、一笑して否定する気にはなれないです」

 何といっても〈エルダー・テイル〉に設定として存在していた神々が、この世界に実在しないという保証はどこにもないのだ。

 それどころか、むしろ実在すると考えた方が合理的ではないかとすら思っている。

 だからしいて冗談めかす。

「あえて言えばクエスト完遂時に流れた霊場の購入を許可するシステムメッセージが、神の声といえば神の声なのかもしれませんけど」

 ゲーム時代の話だが〈開山許可証〉というアイテムがある。

 イセの斎宮家を依頼人とするとあるクエストの報酬である。

 六十レベル以上の〈神祇官〉と〈施療神官[クレリック]〉、それに〈森呪遣い[ドルイド]〉が請けられるクエストで、試練を突破した〈許可証〉の持ち主は、通常は購入できないゾーンの内、一部の霊場や神域という属性がつけられたゾーンを一ヶ所だけ購入できるようになる。

 ギルドハウスあるいは個人の持ち家として、人里を離れた僻地に修道院や神殿、寺社を建てたがるロールプレイ重視のプレイヤーにそれなりの需要があるアイテムであり、クエストだった。

 ただし報酬自体は〈許可証〉の他に、金銭と回復職向けの防具とが提示される中での三択であり、その防具〈僧都の法衣〉がそのレベル帯で装備できる物としてはかなり優秀なので、〈許可証〉を選んだプレイヤーはあまりいないとも言われている。

 例外と言うほど珍しくもないが、〈許可証〉を選んだプレイヤーの一人が樹里だった。

 もっとも、それもゲーム時代の話であり、所有者のいないゾーンであれば、フィールドやダンジョンすら買えるようになった今となっては、あまり意味のないアイテムかもしれない。

 しかし、何事も使いようである。

「あるものをより効果的に活用するための演出ですね」

 二人の話を聞くとはなしに聞きながら、お猪口でちびちびやっていた玄翁が、呆れたように髭面を歪めた。

「まあ。おまえはそういう奴だよ」

 言外にペテン師という含みを匂わせている。

「言ってくれるわね。赤羽君」

「まあまあ。それにしても樹里くんが神社を建てようとしていると聞いた時には驚きましたが、こうして形になっているのを見れば、立派なものじゃないですか」

 建築の様式からして和洋折衷で、なおかつ梵鐘まで吊るした風変わりな社である。それでも山を登り鳥居が見えた時には不思議な感動を覚えた。

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