最終決戦、運命の分かれ道
「我に刃向かうとはな。人間とは実に面白い」
天使の姿をしたディーメルトラは、ゆっくりと宙に浮かび上がった。
「我の力を前にして、絶望にひれ伏すがよい」
ディーメルトラの目が4人に向けられる。美しい天使に似合わない笑みだ。
「どちらにせよ、我の計画は終わらない。お前達をここに呼んだのは、お前達に最後の一興を与えてやろうと思ってな」
ディーメルトラは、まず柊へ向かった。柊も応戦するためにバリアを張った。が、ディーメルトラの一撃はかなり重く、バリアにヒビが入った。すかさずディーメルトラを念動力で壁に打ち付けるも、ディーメルトラは何でもないかのように嗤う。ディーメルトラの視界に水瀬の姿が映った時、ターゲットを切り替えた。それを邪魔するために柊が前に出た。
「邪魔だ」
ディーメルトラの手が伸びる。柊は驚くほどのスピードでその手をビームセイバーで受け止めた。柊はすぐさま腰のマシンガンを撃ち放った。それをきれいにかわしたディーメルトラはもう片方の手で柊の頭をつかもうとした。が、その手は弾かれた。
「ノア、お前も邪魔するか!」
ディーメルトラがノア・ロードに手をかざす。その手に黒い光が収束していき、黒い弾となってノア・ロードへ発射された。ノア・ロードに当たる前にそれは爆発した。
「出月、今だ!」
出月が走り出した。瞳を赤く光らせ、ディーメルトラを見つめる。ディーメルトラは柊から離れた途端、その向こうの壁が爆発した。
「・・・・・・はずした!」
ディーメルトラがニヤリと嗤う。出月を囲むように、黒い光の檻が出現した。ノア・ロードと柊が二人の能力を重ね、出月の周りにバリアを張った。そのおかげで、檻による圧壊を防ぐことが出来た。檻が消えると、ノア・ロードがディーメルトラの方へ向かった。
「水瀬!大丈夫!?」
水瀬がかなり苦しそうだ。それはトラウマだけではなかった。彼女の閉じている両目のうち片方が、目蓋を透かすように青白い光を放っていたのだ。
「レイ君!目が、痛い!」
柊は痛みの原因を抑えようと、能力を使った。しかし、何も変わらない。柊の目に焦りの色が浮かんだ。柊は何故か・・・・・・・・・・・・・・・・・・この青白い光の正体を今知った。何故急にそうなったのか、彼にも分からない。心の中に渦巻いている何かを感じた。
「ごめん!水瀬。少しだけ我慢してて!」
柊は能力を使った。水瀬は一瞬激しい痛みを感じたが、すぐに楽になった。青い光の正体を、水瀬の目の中から取りだしたのだ。水瀬の目は無事だった。
「これは・・・・・・」
青白い光を放つそれは、まるで宝石のように輝いていた。この世の物とは思えない、青いダイヤモンドのよう。
ノアと対峙しているディーメルトラがそれを見た途端、勝負を放り投げ、柊の手にある青白い光を放つものを狙う。柊は水瀬を連れて、能力で広い部屋の中をあちこち瞬間移動していた。
「神玉を、我に渡せ。その球は、我の完全復活のために必要なのだ」
迫りくるディーメルトラを阻もうと柊と水瀬二人の前に出たのは、ノア・ロードだった。
「そいつを渡すな!」
ディーメルトラの攻撃を受け止め、ノア・ロードは二人に叫ぶ。出月がノア・ロードに加勢して、ディーメルトラの背中に爆発を起こした。
「ぐぬぅ・・・・・・。一興のつもりが、まさかここまで邪魔されるとは」
出月の能力によほど弱いらしく、ディーメルトラは呻いていた。出月がもう一度能力を発動した。立て続けに体のあちこちで爆発を起こされたディーメルトラは言った。
「柊よ。お前の持っているその神玉は、我ら新魔王の体を再生するためにあるものだ」
「知ってるよ」
そういった柊の口調はこれまでとはまったく違っていた。まるで二重人格のように。ノア・ロードがギョッとする。
「光、お前急にどうしたんだ?」
柊は答えない。彼はディーメルトラに対して侮蔑の目を向けていた。ディーメルトラは目を見開いた。今この場の雰囲気が凍り付いた。水瀬も背筋が凍るのを感じた。
「久しぶりじゃないか。お前以外が眠っているとはひどい言われようだね」
「なぜ・・・・・・」
「僕らは君が科学者の中から外に出た時に目を覚ましたんだよ」
「お前は・・・・・・」
「僕ですか?僕は『阿鼻叫喚』の新魔王、アラードナー。この依代の身体にはついさっき入ったんだけど、人間の身体もなかなか心地いいね」
柊はにっこり笑った。そしてディーメルトラに言い放つ。満面の笑顔で。ディーメルトラにとってその笑顔は、とても黒かった。
「本当なら人間の苦しみあがいている姿を眺めたいところだけど、君は僕らの逆鱗に触れたんだからね。覚悟してもらうよ」
柊はノア・ロードのように振り向いた。
「君は旧魔王、ルシファーだね。この身体の主とともにいたいかい?」
ノア・ロードは心の中を見透かされた気がした。
「この身体は持ち主に返しておこう。また君らに会えるといいね」
そう言うと柊はガクッとうなだれ、そして元の柊に戻った。
「ぐぬぬ・・・、だが、まだ我の計画は潰えていない!」
ディーメルトラは神玉をどうしても手に入れるために、火傷を負った状態で柊に歩いていく。柊の隣で水瀬は言った。
「レイ君、神玉をこっちに」
柊が神玉を水瀬に渡す。水瀬の手に渡った途端、それは水のようになった。永遠にこぼれ落ちることのない水。
水瀬はそれを口にして飲んだ。それは神玉と彼女が融合することを意味し、同時に新魔王の完全復活ができなくなったことを意味する。
「なぬっ!?」
ディーメルトラが憤慨した。鬼の形相で水瀬へ向かう。柊とノア・ロード、出月が前に出て、能力でディーメルトラの行く手を阻んだ。
「ぬぬぬっ!ならば!」
ディーメルトラは部屋の中央に戻り、手を上に掲げた。その時、巨大な地響きが始まった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「クハハハハハッ!身体の完全復活は出来なくなったものの、我の計画は遂行可能だ」
しかし・・・・・・。
ゴゴゴゥゥゥゥゥン・・・・・・・・・
止まった。それから二度と地響きはしなかった。水瀬が言った。
「沢渡さんが動力炉を止めたんだわ!」
「行ける!」
柊はディーメルトラに念動力で動きを拘束した。ディーメルトラは弱っていたため、いとも簡単に拘束されたのだ。
「ぐ、ぬ、ここまでとは・・・・・・」
天使の姿をしたディーメルトラが4人を睨みつける。
「お前らを絶対、殺して、殺して、殺して、殺してやる!!!」
そう言うと黒い光の檻が天使を囲い、そして圧縮されて消えた。それから数秒後。
「・・・・・・終わったな。・・・・・・もうそろそろ、このクローンの体も寿命が尽きる。これでやっと、お前と共に生きてゆけるぜ」
ノア・ロードは柊に振り向き、そう言った。すると、クローンの体が膝をついた。そのまま、抜け殻となった体は倒れ込んだ。その抜け殻の上に、灰色に輝く光があった。
その光はゆっくりと柊へ近づき、柊の胸の中に溶け込んだ。
刹那。
たくさんの記憶が流れ込んできた。それは膨大な量だった。それは自分が、『イリス』だったころの記憶。それらが全て流れ込み終わった後、なぜか涙が出てきた。その時の彼の脳裏には、幸せな家庭を築いていた時の様子が描かれていた。
柊は水瀬を見つめた。
「水瀬、今までごめん。それと・・・・・・」
柊は笑顔で続ける。そして、その口から、水瀬が待っていた言葉が出てきた。
「ただいま」
瞬間、水瀬の頬に大粒の涙が伝った。そして柊に駆け寄り、思いっきり抱きついた。
「お帰りなさい・・・あなた・・・っ・・・!」
薄暗い部屋の中が一転して幸せな雰囲気になった。その様子を見ている出月も生気のない目から少し涙が出ていた。
「僕も・・・・・・きっと・・・・・・」
こうして、最後の決戦は幕を閉じたのだった―――――――。
「終わったんだね。・・・・・・さようなら父さん、母さん・・・・・・」
ある部屋で、鉄球を操る男が倒れていた。無残にも腕がなかったり、足が引きちぎれていたり・・・。その血にまみれた部屋を、小さな子供は寂しそうに去っていった。