おぞましき研究所、暗闇の道
川原は花形とともに、クレア・セレイユと対峙していた。花形は肩を負傷し、荒い息をもらしていた。『第2の力』を発動し、風と一体化したはずの花形は、知らず知らずのうちに『第2の力』を解除してしまっていた。
「どうしてですの!?」
彼女はありえないというふうに目を見開いていた。
「あれ?説明しなかったっけ?」
クレアが意地悪そうに微笑む。
「この剣はただの剣じゃない。『魔剣ヘルウォーリア』。あのレダイヤ刀匠が作り出した剣だよ」
レダイヤ刀匠とは、この時代から約300年前の有名な刀匠であるが、作り出した武器の数は13。そのどれも通常ではありえない強度を誇り、それぞれの武器には必ず何らかの特性が付加されている。
クレアが持つ『魔剣ヘルウォーリア』の場合はあらゆるものを斬ることの出来る特性を持ち、たとえ実体でなくても容易に斬りつけることが出来るものだった。
さらに、レダイヤ刀匠の作りだす武器はすべて特性があるが、その特性は持ち手との相性によって発動するか否かが決まる。相性がよい場合、特性を発動するときとしないときとで使い分けることも出来る上、持ち手に強力なサポートを施すこともある。クレアはその条件にぴったり合い、相性が抜群によいのだ。だから、こんなにも使いこなせるのだ。
「なんでそんなもんが・・・・・・」
「驚いたかい?君らに会ったときも持っていたよ」
花形は痛み疼く肩を押さえながら、懸命に鉄扇をクレアに向けていた。川原も同様に『第2の力』を発動したまま、氷の刃を向けていた。
「期待を裏切らないでよ?」
クレアが構えた剣を二人に向けながら、ゆっくりと歩み寄った。
☆
「やっと、みつけたぁ・・・」
柊と花形は円形の部屋の中から、ようやく次の部屋に移ることが出来た。二人はヘトヘトになっていた。能力を使うことも出来ない上に、一回ドアを開けてしまえば、別のドアの向こうまでランダムで変わってしまうのだ。
「でも、ここは・・・?」
廊下に出ていた。外の赤い光が窓から差し込んでいる。洞窟の中にあったはずの研究所は外にも繋がっていた。そこから見えるのは噴水のある広場。その横に吹き抜けの外通路があり、近くの噴水は水を噴き出している。その噴水の滴が光に照らされてキラキラ輝いて見えた。二人はその噴水に見とれていた。
「綺麗・・・・・・」
廊下にはドアが間隔をあけて並んでいた。二人から一番近いドアが勝手に開いた。
「レイ君、ドアが・・・・・・」
「入れってことかな、行こう」
「うん」
部屋に入ると、広間のような場所に出た。天井にシャンデリアが並んでいて、大理石の柱がいくつもの横にズラッ並んでいた。壁には天使や悪魔の絵画が描かれていて、ところどころ浮き彫りになっている。そこはまるで豪奢な宮殿の内部のようだった。
「すごい・・・・・・」
「あんたたちが私の相手?」
周りに見とれているところへ、声が聞こえてきた。相手は女。二人が女を見るや否や、いきなり自己紹介をした。なんていうかキャラの濃い人物だ。
「あたいはレイチェル・ハーミット。このCNW機関の4幹部の一人だ。ボスに認められるために、あんたたちを倒す!」
レイチェルが装備している武器は、メイス。金属製の合成棍棒である。その武器は重たいが、彼女はまるで短剣でも扱うかのようにふるっていた。ただ、普通のメイスとは違い、彼女のメイスは柄の端に鎖が付いている。
レイチェルが鎖を柊に向けて投げつけた。能力はまだ使えない。攻撃をかわす以外に方法がなかった。柊は何とかかわしながら銃を撃った。レイチェルは右肩を打ち抜かれ、あっけなくその場に倒れてしまった。勝負が終わってしまった。あまりにもあっけない。水瀬が回復能力をレイチェルに使おうとした。
しかし、能力を使うことができない。まるで二人とも何かの結界の中に入ってしまったかのように・・・・・・。
「能力が使えないなんて・・・・・・」
「これじゃあ、結界の中にいるみたいね」
部屋の奥のほうでドアが開いた。どうやら進むほかにないみたいだ。
「行こう」
次の部屋は廃墟。見るに耐えないほど崩壊していて、外からの光が全くなく、電球の光だけがその部屋を照らしていた。そこにいたのは男。黒髪は長く、そのせいで片目が見えない。服はホタルのようにやんわりと光っていた。それが動くたびに残像を作りだし、わずかに目がチカチカする。
「我らCNW機関の計画を妨げているのは貴様らか」
それからは黙って水瀬に向かっていく。水瀬は両剣を構えた。が、その両剣は勢いよく宙に弾かれた。暗くて彼の武器が分からない。柊は男の後ろから攻撃しにかかった。
「レイ君!」
水瀬の声が聞こえた途端、悪寒が走った。瞬間、何かが腹にめり込む。分かった。この男の武器は・・・・・・戦斧。柊の裂けた腹から血が流れ出てくる。
「あああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁあああ!!!!!」
それは化け物の雄叫びに近かった。水瀬が身体を強張らせるのが分かった。男も目を見開いた。なぜなら、柊レイだった者はそこにはおらず、代わりに新種らしきクリーチャーがいたからだ。ソレはかろうじて人の形をとどめているだけの生物兵器だった。
右腕は刀の形をしていて、鋭い鉤爪のような左腕は悪魔のようだった。顔はかろうじて人の顔をしており、全身が真っ黒で、眼は青色に煌めいている。鳩尾には円形の大きな水晶らしきモノが出現し、背中からは8本の蠍の尾を思わせるモノが生えてきた。槍をおもわせる細い尻尾も尾骨から飛び出ている。
それは柊自身が自分で出したものではない。彼の中の何かが防衛本能を働かせたのだ。
「ああぁぁぁぁあああぁぁあぁあぁあぁあぁぁぁぁあああっ!!!!!」
凄まじいまでの咆哮が響き渡る。気がついたらクリーチャーは、男を裂いていた。男は悲鳴を上げる事もなく、なすすべもなく、ただただ裂かれ、その命を消されてしまった。ところが、クリーチャーは水瀬を襲うこともなく、その場でじっとしていたかと思うと元の姿に戻り、その場に倒れこんでしまった。水瀬が駆け寄る。
「レイ君!大丈夫!?」
意識を失った柊は返事することもなく、水瀬に身体を預けていた。水瀬の脳裏にあの時、あの学校で起きたことを思い出していた。あの時も、生物兵器としての力を使い、その後に意識を失くしていた。それと同じことなんだろうか。
「お兄ちゃん?」
突然聞こえた可愛らしい少年の声に、水瀬は振り向いた。