アイ、それは儚く淡い道(後編)
サラの直感が、危険を告げる。
サラは沢渡を見据え、銃を構えた。そして、それに気付いた沢渡が頭を掻きながら振り向いた。サラは沢渡の変貌した左腕を見た。
ソレは少し黒いかと思う灰色で、金づちを生物化させて大きくしたかのような鉄槌。ソレはまるで、古代に滅んだはずの恐竜『アンキロサウルス』の尾の形をしていた。サラは今、とんでもないものを目にしているのでは・・・・・・と思えて仕方がなかった。
ジェレミーは沢渡がサラの方へ向いたのを好機と捉え、沢渡の背後に襲いかかった。
「お前も馬鹿だ。なにもしなければ死を・・・・・・」
沢渡が人間とは思えぬほど、素早く振り向いた。
「早めることなど無かったのにな!!」
沢渡はそう言い放つ。刹那、巨大な狼の頭部が消えた。なくなった首からおびただしいほどの血が吹き出した。ドス黒い血と色鮮やかな血が混じり合い、部屋の中が血の海と化した。
巨大な狼はその場に倒れ、人の姿に戻った。しかし頭はない。サラは愕然とした。
「クァハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
沢渡の嗤い声が部屋の中にこだまする。その嗤い声がサラの心に突き刺さる。
サラは構えていた銃を下ろし、腕を胸の前で交差させた。すると、サラの外観が変化した。耳はエルフのように少し長く尖り、瞳の色は真紅の色に染まって瞳孔が縦に細長くなった。指先の爪も尖り、唇からは2本の長くなった犬歯が見え隠れしている。これが、ヴァンパイア。
「いい!素晴らしい!お前もこの私の計画の、土台になってもらおう!」
サラは嗤う沢渡に向かって走り出した。こちらも人外の速度で。
サラの心の中で。
愛する人をなくした悲しみ。
愛する人を殺したヤツへの怒り。
動けなかった自分への悔しさ。
この組織から足を洗えなかった、自分への怒り。
そして、ともに生き、ともに死ぬと誓ったはずの・・・・・・。
そのすべてがごちゃ混ぜになっていた。様々な心の中の、思い、想い、オモイ。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
サラがヴァンパイア特有の攻撃で沢渡に襲いかかる。沢渡がニヤッと笑みを浮かべ、右腕をサラに向けた。瞬間、その右腕は巨大な怪獣のような頭部へと変化した。サラは間一髪急停止し、間合いを開けた。
「いい目をしている」
沢渡の右腕も少しは黒いかと思われる灰色で、ソレは何かの頭部のように、牙をもっていた。ソレは古代に滅んだはずの恐竜『ティラノサウルス』の頭部。巨大な口からは牙がずらりと並び、見る者を驚嘆させるほどの異形だった。
サラは知らず知らずに後ずさりしていた。
まともにやりあったら、確実にやられる。否、喰われる。
それでも。
「やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!!」
サラは飛びかかった。沢渡の口が不気味に笑む。
ゴシュッ
何かがちぎれた。沢渡の『ティラノサウルス』の口にくわえられていたのは・・・・・・足。
「ああぁぁあぁあっぁぁぁぁぁぁぁあああぁあぁぁぁぁっぁああっっ!!!」
沢渡を通り過ぎるように飛んでゆき、そのまま転がった。サラが耳をつんざくほどの悲鳴を上げていた。肩より上を除いて、サラの体左半分が消えていた。鮮血が広がる。
サラは死を悟ってしまった。やはりこの『狂った科学者』に敵わないのだ。それならせめて・・・・・・。
「ジェレ・・・ミ・・・・・・」
サラは残った右半分の体を動かし、横たわっているジェレミーへ這いずっていく。ズルズルと地を這う音が聞こえてくる。サラは一生懸命ジェレミーへ近づいていく。少しずつ、少しずつ。
「ジェレミー?私は、あなたが宿敵でも、これ以上ないってくらい、愛してる。愛してる。だから、私を、置いて行かないで」
サラは右腕を横たわっているジェレミーの右手に向けた。せめて死ぬ時は一緒に。最後に手を・・・・・・繋ぎたい。あと少しで、届きそう。
「愛してる・・・・・・だから、一緒に・・・・・・・・・」
サラの腕が力をなくし、その手は彼の手にギリギリで・・・・・・・・・・・・・・・届くことなく地に墜ちた。
そのギリギリの距離は。
最後の二人の。
心の。
距離のようだった。
最後の願いだった、手を繋ぐこと。
それは叶えられることなく。
二人は旅立った。
サラの閉じた両目から、一粒の涙が流れる。
だがしかし、沢渡はそれを嘲るように見つめ、冷たくて残酷で、非情な言葉を言い放った。やはり口元は不気味につり上がっている。
「宿敵同士で愛し合う?全く滑稽な話じゃないか。」
沢渡は自身の両腕を元に戻すと、押し殺すように嗤った。
「ハハハハハ。これで宿敵同士を融合させた、キメラが作れる。クァハハハッ。全く、この二人には感謝せねばな」
沢渡は左目の眼帯をさすると、横たわった二人の体を引きずるように、別の部屋へ運んでいった。
その姿を見ている人が一人。
「おじい様。変わられてしまったのですね・・・・・・」
マリアだった。彼が出て行き、しばらくは哀しそうな目をして俯いていた。
おじい様は大好き。それは本当のこと。だけど、それとこれは・・・・・・。
マリアはしばらく俯いた後、顔を上げた。その目には涙がうっすらと溜まっていたが、同時に強い意志の込められた光を放っていた。




