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Aランク任務、敵のいる道(後編)

「クローンの貴方に、何が分かるというんスか」


 ノア・ロードはクォーツに微笑んでいる。冷たい微笑みだ。


「カノン、レイ。そこのヤツ、助けてやれ」


 そう言われて、ノア・ロードの顎をしゃくった先を見ると、黄緑色の髪をしたエルフの少女が横たわっていた。服がボロボロで、体のあちこちが怪我をしている。動こうとしているのか、腕を痙攣させていた。痛みに喘ぐ声が聞こえてくる。柊と水瀬は彼女のもとへ駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

「う・・・あ・・・・・・」

「応急処置をします。じっとしてください」


 水瀬の瞳が赤く光る。それまでの怪我が嘘のように、たちまち消えていく。少女はホッとしたのか、そのまま意識をなくしてしまった。


「さぁ、あんたらは戻れ。ほらっ」


 ノア・ロードの能力によって、柊と水瀬、そして少女は強制的に戻された。

 出現した場所はシェルター地下2階の受付。突然の出現に、受付の女性が体をびくっと震わせ、しばらく呆気にとられていた。状況をすぐに理解し、受付の女性は何かの機械に向かって話しかけた。


「負傷者が来ました。至急、地下2階受付までお越しください」


 こうして、この3人は無事に戻ることができた。



 3人がいなくなったことを見届けると、ノア・ロードがクォーツの方へ向く。クォーツの口が開く。


「そういうことだったんスか」


 クォーツは、先ほどのノア・ロードの台詞を頭の中で反芻していた。ノア・ロードが話題を変える。


「さて、先ほどの少女、傷ついていたな。何があった?」

「ああ、彼女、スパイだったんで、お仕置きしたんスよ、ボスが」

「キル・ヴィジルか?」

「ご名答ッス」


 クォーツがふふっとほくそ笑む。まるで楽しんでいるかのように。そして、この世のものではない言葉を操りだした。


「ユルーロ、レナーゼ_ロル_エダーウェン。ルシード(まさか、クローンの方に移るとはねぇ。ルシファー)」

「エラルセッロ_ウェアルデ_ラティネロ。ヴェルディーオ(この世界でその名を言うな。ベルフェゴール)」

「ユル_タ_キグシェゼッゾ(貴方も私の名を言ってるじゃないッスか)」

「アデレステロ_デェオ。エトゥル_ルネア_ユル_ア_ネモ_エランゼルデ(冗談に決まってるだろ。今は俺とお前の他に誰もいないからな」」

「イミテヴィーヌ(そうッスね)」


 ノア・ロードが空洞の中を見上げる。目には憂いの色が滲み出ていた。ここからは普通にこの世界の言葉で話し出した。


「サタンも変わってないみたいだな」

「そうなんスよ。相変わらず機嫌は斜め」

「あの女があんたら『CNW機関』のボスとはな。正直驚いた」

「貴方もッスよ。以前までの面影があまり感じられないッス」


 話は逸らされたが、クォーツは昔を懐かしむように目を細め、彼もまた空洞の中を見上げる。


「もしかしたら、この世界の人間等に感化されたのかもな」


 ノア・ロードはしみじみと柔らかく表情を緩ませた。その言葉には他人事のようなニュアンスがあったが、まんざらでもないというニュアンスも同時に含まれていた。クォーツがノア・ロードに視線を戻す。その視線にノア・ロードが気付いた。彼もクォーツの方へと向き直る。


「貴方らしくないッスね。あの傲慢な、貴方らしくも・・・・・・」

「変わらないものは何一つない」

「それはそれで」


 クォーツが目をそらし、残念そうに嘆息していた。それは仲間だったものがそうでなくなるような感覚だった。


「人間は貴方の目にどう映っているんスか?」

「俺等のような悪魔とは違い、複雑な『闇』を持っている。それなのに、『光』を追いかけようとする。だから、面白い。見ていて飽きないんだよ」

「たったそれだけのことッスか」


 ノア・ロードは楽しむように含み笑いをした。それは、背筋にゾッと悪寒を走らせるような、おぞましく冷たい笑い。しかし、そんなことを意に介さないクォーツもいつの間にか含み笑いをしていた。彼も同様に冷たい笑み。彼ら二人は人外の者を思わせるような雰囲気をその身にまとっている。クォーツがもう一度言った。


「たったそれだけッスか。確かにそうかもしれないッスね」

「だろ?人間は欲望の塊。そう言っても過言じゃない」

「死んだ人間を生き返らせたい、憎い誰かに復讐したい、この世界で誰も持っていないものを手に入れたい、頂点に返り咲きたい・・・・・・。ホント、そうッスね」

「中には、『光』を強く持つ者もいるが、それでも結局は欲望の塊。誰かを守りたい、悪を懲らしめたい、誰に対しても優しい人になりたい・・・・・・。まあ、欲望のない人間など、ただの生ける屍だな」

「全くッス。それらの欲望が渦巻きせめぎ合っているから『人間』なんス」


 ここで話が一旦止まった。誰かが二人のもとに来たのだ。来たのは・・・・・・金の装飾が施されている黒フードを着た女性。フードを頭に被せてないため、顔は見えた。驚くほどの美貌で、きめ細かな白いやわ肌に、緑色の綺麗な瞳、豊かな胸。化粧はしなくとも、『妖艶さ』と『あどけなさ』と『しなやかさ』が入り混じったような姿かたち。その姿は絶世の美女といわれても頷けるほど。


「お前たち、そこで何をしてる」

「やだなー、ボス。ここでクローンと話をしていただけッスよ~」


 ボスに対する部下の態度とは思えない態度で、軽々しく話し出すクォーツ。それに対して、女性は忌々しそうに顔をしかめる。

 実はこのボス、男性ではなく女性だったのだ。声が低いせいか、フードを被っていると男と間違えても不思議ではない。その女性がクォーツを一瞥し、ノア・ロードに顔を向ける。


「そこのクローン。名を何という?」

「ノア・ロードだ」

「そうか。吾輩はキル・ヴィジル。男みたいな名だが、これでも女だ」

「よろしく」


 二人は握手を交わした。キル・ヴィジルは柔らかに微笑んだ。ノア・ロードの瞳をじっと見つめながら。


「なぜかは分からんが、お前とこうしていると、身体が火照ってくるのだが・・・・・・」


 クォーツが横やりを入れてきた。またもやボスに対する態度とは思えないような行動で・・・・・・。


「それは『好き』という感情ッスよ」

「そうかもしれんな。吾輩はルシファーが好きだった。こやつは、あやつによく似ている」


 思いの外、素直に返答されてしまったので、クォーツは唖然として声を発せられなかった。キルはノア・ロードの握手したままの手を、もう一方の手で包んだ。それはまるで、大切なものを離さないかのように・・・・・・。


 「だが、こやつには、あやつのような冷たさが感じられない。むしろ、その逆だ」


 うっとりと目を細め、キルは包んだノア・ロードの手を愛おしそうに見つめる。数秒後、彼女は手を離した。そして俯き、かすかな声で呟いた。


「お前がルシファーだったら良かったのに・・・・・・」


 それだけ言うと彼女は、研究所の方へ歩いて戻っていった。それを哀れむような目で見届けたクォーツが話しかける。視線は彼女が去った場所に向けられたままだ。


「彼女には言わなくていいんスか?」

「・・・・・・」


 ノア・ロードは何も答えなかった。その代わりに、背中から少し離れて翼が出現した。それは真っ黒ではあるが、悪魔特有のコウモリのような翼ではなく、鳥の翼の形をしていた。まるでカラスの翼だ。伸ばすと片翼3メートルはあるかと思われる巨大な黒翼。

 クォーツがノア・ロードの翼を見るや否や、さも興味深そうに触ろうとした。が、それはノア・ロードに制された。


「この翼が何を意味するか、分かるだろう?」

「もちろん、知ってるッスよ。天使になろうとした悪魔の末路。要するに天使のなりそこないッスね。どうりで同族のにおいがしないわけッス」

「そうだ」

「なぜ天使になろうとしたのか聞きたいけど、伏せておくッス」

「・・・・・・ありがとう」

「お礼を言うとは・・・・・・ますます悪魔らしくないッスね」

「人間に近いと?」

「そうッス」


 軽蔑の視線を送った後、クォーツは鼻で笑う。彼からしてみれば、悪魔がお礼を言うことはあり得ない。ましてや、彼らの獲物は『人間』の他ならないのだ。つまり、この時点でノア・ロードという、人間に近づいた『悪魔ルシファー』は、獲物として見なされたのだ。

 だが、その意味を知らないノア・ロードではなかった。クォーツが不気味な笑みを浮かべたのを見ると、釘を刺すように言い放った。


「やめておけ。確かに俺は人間に近づいた。だが見た目だけだ」


 そういうと、ノア・ロードは瞬間移動で姿を消した。一人残ったクォーツ・アルカナートは深いため息をついた。そして右手を頭に当てると目を閉じ、洞窟の中の風をその身に受けた。


「さてと・・・」


 クォーツも、その場を去った。

 誰もいなくなった空間で、1つの旋風が舞った。

 どこからか、かすかに声が聞こえてきた。

 「ぎゃああぁぁぁ・・・・・・」と。






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