Aランク任務、敵のいる道
今日もいつも通りの時間に起きた。水瀬といつも通りの朝食を済ませ、いつも通り地下2階の受付へ向かった。いつも通りの任務を受けるためだ。
と、ここまでは本当にいつも通り。だが、この日は違った。受付へ向かうと、ジェレミーが待っていた。
「柊、Aランク任務受けろ」
ジェレミーから突然、こんなことを言われた。もちろん突拍子もないから、瞬時に頭が回らなかった。
「はい?どういうことですか?」
「いや、お前はBランクまでこなしていると聞いたんで、もうそろそろAランクに進んでも大丈夫だと思っただけだ。Bランクとは比べものにならん。受けるなら気を抜くな」
ジェレミーから釘を刺されたが、それはあまりにも漠然としていて、どう気をつければいいか分からなかった。ジェレミーは、そんな柊からそそくさと去っていった。なにか腑に落ちないような表情をしながら・・・。
そして受付で。
「あの、柊さん」
「はい?」
受付の女性が、依頼が表示されたモニターと柊を交互に見ながら話し始めた。その様子はどこか困惑しているよう。
「実は・・・・・・柊さんにAランク任務を受けていただきたいのです」
「えっ。Aランクですか?」
「はい。内容は【洞窟の中からの救助】です。依頼主が洞窟の中で何者かに捕まったそうです。そこでこの任務が来たのですが、なぜか柊さんと水瀬さんに特定されているんです。受けていただけますか?」
上層部からの任務を除き、普通は誰かを指名して行うものではない。特定しないからこそ、他者との関わりや、生活のスケジュールが安定していけるのだ。その中で人物を特定するということは、ただ事ではないことを意味している。
「分かった・・・。受けるよ」
「ありがとうございます。それではしばらくお待ちください」
「レイ君、この任務、罠だと思うよ」
「・・・でも、僕は行くよ」
「・・・分かった。久しぶりに一緒に行きましょう」
「そういうところは昔から変わらないんだから」とでも言うかのように、水瀬は微笑み、小さくため息をついた。柊と水瀬はテレポーターで移動した。
「これで、いいのか?」
「それでいいッスよ。ご苦労様」
二人から離れたところで、ジェレミーは独り言を言った。否、もう一人、ジェレミーの後ろに人影が出現した。その人の左手はジェレミーの背中の中に消えている。ジェレミーは心臓を掴まれ、冷や汗を流していた。
「本当はこのまま、貴方の心臓を握りつぶしたいんスけどねぇ」
「・・・・・・」
「まぁ、貴方は生かしても生かさなくても、別に何も変わらないけど・・・」
「何か企んでいるのか?」
「その通りッスよ。だから、我々の邪魔をしないで下さい」
ここで、ジェレミーは心臓を掴まれている苦しさから解放された。もう人影はいない。ジェレミーは何も出来ないことに悔しさを覚え、ギリギリと歯軋りをした。
そこは洞窟の前。柊と水瀬は気配を感じた。誰かが洞窟の中にいる。二人はヒンヤリ冷たい洞窟の中に入った。そして、また一歩踏み出した途端・・・。
ガコン
「うわわっ!?」
なんと落とし穴があった。柊は考えるより先に、能力で自分と水瀬の体を浮かばせた。おそるおそる穴を見下ろすと、暗すぎて底が見えなかった。どれだけ深いのだろう。
穴の底は見えなかったが、気配はそこから感じている。どうやら穴の中に入らなければならないようだ。水瀬が持っていた懐中電灯の明かりをつけ、二人はゆっくりと穴の中を降下していく。
「まだ見えないな」
「でも、この先に誰かがいるのは間違いないと思う」
穴の底に着いたが、そこからまた一つの穴が続いていた。気配はこの向こうにある。柊は歩み出した。
そして、出会った。人ではなく、クリーチャーに。それも小型ではなく、ケルベロス型のHクリーチャー。頭が3つの狗。大きさは柊の身長の2倍くらい。
「「!」」
「バフッ、ハフッ、グリュルルラララ」
ケルベロス型が襲いかかる。右前足の黒光りする鋭い爪を二人はとっさにかわした。すると真ん中の首が柊に向かう。柊はその首に向かって手をかざし、念動力で反発した。ケルベロス型は仰け反ったが倒れない。水瀬がケルベロスの後ろに回り込み、能力で柊に回復サポートを施していく。ケルベロス型はすぐさまバランスを整え、次の一撃を仕掛けてきた。柊は瞬間移動で後ろに回り込んで攻撃を回避した。再び念動力で反発し、間合いを開けた。
振り向いたケルベロス型が吠えたかと思うと、3つの口から火を噴いた。3本の火柱が螺旋を描くように襲いかかる。念動力のバリアを張ったが防ぎきれなかった。
「あぐぅっ!」
長時間苦戦したあげく、ケルベロスの攻撃が何度も決まってしまう。念動力でダメージを抑えていても、ケルベロス型のパワーはかなり強い。完全にダメージを防ぐことが出来ないのだ。水瀬も回復サポートを施すが、ケルベロスの連撃より遅い。
「グリュルルルルララララララララァッ!!!」
宙に吠えたその鳴き声は、耳をつんざくほどの大音量で、威圧感を与えるように周りの空気を振るわせた。思わず身をすくめそうなくらいに。
ケルベロス型が二人を見据える。その三つの大きな口が、唾液を垂らしながらゆっくりと開かれた。そこから剥かれる牙は、死神の鎌を思わせる。獣特有の生臭い息がかかる。柊は逃げ道を探した。すると、運の良いことにちょうど柊の真横に人が通れる大きさの穴があった。
ダッ
ケルベロスの一撃が来たが、間一髪穴の中に逃げ込めた。ケルベロス型は入れないので、悔しそうに唸っていた。
水瀬は穴の奥を見た。
「レイくん!光が見えるよ!」
その向こうには白い光が見える。二人は漏れてくる白い光へ進んでいった。
「!?」
穴から出た瞬間、二人は目を見張った。外ではなかった。目の前にあるのは何もない広い空間。柊の目の前に誰かがいた。見た目からして軽そうな男だ。その男が柊に手を振っている。それも親しげに。
「お二人さん、久しぶりッスね」
「あ、あなたは・・・!」
「クォーツ・アルカナート。元セヴンズ・ロードの一人。万物透過の能力者」
水瀬が一歩前に出た。柊をかばうように。
「手を・・・出さないで」
「安心していいッスよ。今日はイリス・ウラドに手を出しませんから」
何を言っているんだ?と、柊は訝しげにクォーツを見据える。
「カノンも大変ッスね。記憶を失ったイリスをかばうなんて」
「何も言わないで!レイ君は、あの時とは違うのよ!」
「だって。こんな女と一つになれてよかったッスね。ね、イリス?」
クォーツは水瀬が制止するのも聞かず、わざとらしく柊に聞く。柊は『カノン』という誰かの名前をどこかで聞いたような気がした。それにさっきからこの男は、柊に対して『イリス』と呼びかけている。
「イリ・・・ス・・・?」
「クォーツ!お願い!やめて!」
「そうッスよ。貴方の本当の名。それが、イリスです」
クォーツはなおもしつこく、柊の記憶を探るように話しかけていく。柊は頭痛を感じた。隠れた記憶の奥底を探ろうとするたびに、酷い頭痛に襲われる。それでも何とか意識を失わずに立っていられた。水瀬が近寄った水瀬がふるふると首を横に振り、哀願するような目を向けていた。
クォーツの後ろでカサッと音がした。そこにいたのは、ノア・ロード。
「クォーツ、何をやってる」
「貴方は?ああ、あのクローンですか。もうお外に出たんスね」
「久しぶりに会ったと言うのに、その言いぐさはないだろう」
「久しぶり?はて、誰ッスか」
「俺もイリスだ。『闇』のイリス。あんたの前にいるのは『光』のイリスだ」
「・・・?・・・どういうことですか?」
クォーツが訝しげにノア・ロードを見る。ノア・ロードは口を開けた。そこから発せられた言葉は、想像しがたいものだった。