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穢れた追求、外れた道

 研究所内。実験室のような部屋に、沢渡コウスケがいた。部屋の中は、植物の液体のような臭いが充満していた。あちこちには三角フラスコ、蒸留器、いくつもの並んだ試験管、赤い点が浮かぶ得体の知れない群青色の液体の入ったビーカー。その山のような数の実験器具の中に沢渡はいた。そのほかに女性の人影が三人。


「まったく、これは凄いものだ」


 感心するようにそう言うが、言葉とは裏腹にボタン一つだけの小さなリモコンを机の上に放り出した。その反動で、乾いた軽い音が部屋に響く。


「それだけの姿になっても、電気信号を送れば能力を発せられるとは」


 その沢渡の目の前にあるのは、黄色い液体の入った太い円柱形のカプセル。カプセルの上には4本の細いチューブが繋がれている。そしてカプセルの中に浮かんでいるのは・・・・・・。


「いかんな。能力者に多大な興味が湧いてきた」


 誰かの脳と、中枢神経から繋がっている二つの眼球。


「新世界再建計画。そのためには元『ロゼッタ・ディ・ワイズール』のお前の力が必要不可欠だ」


 大事なものに触れるように、カプセルに右手を添える沢渡。人影の一人が話しかける。


「オジイチャン、サイケン ト イウコトハ イチド セカイヲ カエタノ?」


 機械のような話し方をする女性。だが、彼女はマリアではない。髪は金髪で短めのツインテールにしている。薄い緑色の大きな瞳は幼い子供のようにパッチリとしている。動きやすい軽装を身にまとったその姿は、活発な美少女そのものだった。

 振り向いた沢渡の声が、愛情の溢れた優しげな声色になる。


「そうだよ、アリス。私はクリーチャーを作り出した。そして世界を変えようとしたんだよ」

「・・・・・・デモ、シッパイ シタ」


 また別の女性も機械のような話し方をした。沢渡が短く嘆息をついた。


「まったくその通りだ、オリビア。クリーチャーは親である私の言うことも聞かん。それどころか、ちょっと知恵をつけたかと思うとすぐ繁殖していった。」


 オリビアと呼ばれた彼女は、腰まで伸びているロングストレートの長い黒髪に巫女服を着ている。陰鬱そうな黒い瞳は少しつりあがっていて、鋭くも感じる。寡黙でクールな性格らしく、口数は少ない。表情をあまり変えることはないが、それでいてどこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。その姿はまさしく巫女そのものである。


「オジイサマ、コンドノ ケイカクハ ドノヨウナコトヲ スルノデショウカ? ソレニ、ソノ ノウ ハ ダレノモノナノデスカ?」

「マリア、今は聞かなくていい」


 マリアはそう言われてしぶしぶ引き下がった。オリビアとアリスも興味を持っていたようだった。そんな3人を愛おしそうに見つめる沢渡。


「それよりも、お前たちにプレゼントがある。3人とも手を出しなさい」

「「「ハイ」」」


 彼女らはそれぞれの声で答えた。3人とも右手を出す。途端に、手の甲に正方形の線が入り、ドアのようにカパッと外側へ開いた。その中は電子機器が組み込まれているだけでなく、血管や筋肉細胞、細い骨も並の人のように繋がって見えた。ただし、それは表面だけ。内側のほうは黒っぽい機械らしきものが見え隠れしている。

 沢渡はピンセットで、取り出したばかりの新しいICチップを電子機器に取り付けた。一人ずつ、一人ずつ・・・・・・。取り付けた後に手の甲を元に戻し、沢渡は3人に話しかけた。


「これでよし。それじゃあ、何か話してごらん」


 最初にマリアが口をあける。


「私は――」


 マリアは咄嗟に両手で口を覆う。機械のような話し方ではなかった。とても綺麗な声で、普通の人のように話せる。それに驚いたのだ。オリビアとアリスが感心する。


「・・・・・・すごい」

「あー、あー。わぁ~い!きれーな声だ。おじいちゃん、ありがとー!」


 アリスは沸きあがる嬉しさを抑えられず、たまらず沢渡に抱きついた。沢渡も嬉しそうに抱き返した。


「おじい様、私達のために?」

「そうだよ。いつまでもあんな声ではかわいそうだからな」

「おじい様、ありがとうございます」

「・・・・・・ありがと」


 アリスは沢渡に抱きついたまま、彼の頬に軽くキスをした。


「アリスね、アリスね。おじいちゃんのこと、だぁ~い好き!」

「そう言ってくれると、頑張ったかいがあるものだ」


 そして、それから3時間の雑談をしていた。沢渡が部屋の中の掛け時計を見る。


「おおっと、もうこんな時間か。それじゃあ、続きはまた今度にしようか」

「はい。分かりました。おじい様、それではおやすみなさい」

「・・・・・・おやすみ」

「おじいちゃん、またね!」


 口々に言うと、彼女らは部屋から出て行った。部屋のドアが閉まった途端、沢渡の顔は先ほどまでの優しい表情から一変して無表情になる。


「さてと、お前の目を貰うとしようか」


 沢渡がカプセルの方へ向き直る。何を思ったのか、左の人差し指と中指を左まぶたに向けて立てた。そのまま・・・・・・。


グジュプッ ニヂチュッ チュポッ ブヂチチチッ


 嫌な音が部屋の中に響いた。沢渡の左手が顔から離れる。その掌には、血にまみれた眼球。沢渡の閉じられた左目からとめどなく赤い液体が流れてくる。血にしてはあまりにも薄すぎる色の体液は、頬を伝って床に3滴、4滴と滴る。しかし、沢渡は痛みに呻くこともなく、平然と立っていた。

 左手に眼球を持ったまま、空いてる右手を使ってカプセルのチューブが繋がっている蓋を開けた。左手の眼球をカプセルの横に置く。カプセルの中で脳と眼球を無理やり引き離し、眼球だけをカプセルから取り出した。そして蓋を閉じると、その眼球を左目に押し付ける。


ジュップッ


 彼は左手で左目を押さえながら、右手で白衣のポケットの中を探る。そこから取り出したのは、何の装飾もない真っ黒な眼帯だった。それを左目に取り付ける。


「後は、慣れるまで待つとしよう。適応力を測定するいい機会だ」


 沢渡はカプセルの横に置いた自分の眼球を確認すると、机の横にあったゴミ箱に放り込んだ。不意に沢渡の口元に笑みが浮かぶ。


「さてと、天使型人造人間(ホムンクルス)の様子でも見に行くとするか」


 そう言って、沢渡は部屋を出た。実験器具だらけの部屋が、無機質さと寂しさを残していた。カプセルの黄色い液体だけがその中で目立っていた。






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