新たな仲間、交差する道(後編)
またどこかの研究所の明るい一室の中。窓から赤い光が斜めに差し込んでくる。
誰かが言った。沢渡コウスケだ。
「さぁ、外に出してやろう。周りの環境にも慣れておかなくてはな」
そう言って、黄色い液体のカプセルの中から、ヒトらしきものを取り出した。沢渡の視線はいつにもなく冷めていた。カプセルの中に入っていた人らしきものは、このとき、はじめてカプセル外に出た。はじめての空気は少し肺に重く、ケホケホと咳をした。沢渡コウスケが言った。
「ははっ、慣れれば平気だ。・・・・・・さて、世に出たんだ。ナンバー666、お前の名を考えなければな」
沢渡はどんな名前にしようか、考えていた。その目は冷めていて、微塵にも愛情を感じさせないものだった。
「クラウド・・・・・・セミシア・・・・・・オルフェンス・・・・・・エドワード・・・・・・名前っていってもなかなか決まらんな。他には・・・ミロク・・・・・・ジョーセフ・・・・・・アラン・・・・・・ポーカー・・・・・・メローネ・・・・・・微妙だ」
「ノア・・・・・・『ノア・ロード』で、いい」
ヒトらしきものが言った。沢渡が好奇の目を向ける。
「『ノア・ロード』・・・か。いいだろう。好きにするがいい」
ノア・ロードは少しだけ笑みを浮かべた。
「驚いた。表情も変えられるのか。」
ノア・ロードが問いかける。沢渡は片眉を上げた。
「あんたの名は、何だ?」
沢渡は無言だが、その表情からは驚きが読み取れた。
「驚いた。知恵もついているのか。」
「はぐらかすなよ。俺はあんたの名を聞いてるんだよ?」
「沢渡コウスケ。お前の親だ」
律儀に答える沢渡は、よほど真面目なのだろう。ノア・ロードはそれだけ聞くと、満足したように目を細めた。だが、そんなことを気に留めもしない沢渡は続けた。
「今日から、ここがお前の家だ。好きなように動いていい」
それだけ言うと、沢渡はどこかへ行った。一人残されたノア・ロードは辺りをきょろきょろと見回した。そして一言。
「俺の家は、柊レイ本人の『心』なのにな。・・・・・・まぁいいか。会えるし」
そう言うノア・ロードの表情はとても柔らかかった。そして床を見る。そこに何があるかを知っているかのように、付け加えた。
「短いけど、あんたにも」
その赤い瞳が、さらに赤い光を帯びた。瞬間、ノア・ロードの姿は消えた。
その研究所の地下では、隔離されたフロアがあった。その中の何もない一室で、中学生くらいの少年がひざを抱えてうずくまっていた。その目には生気が感じられない。服もボロボロである。何があったのだろうか。何かブツブツ言うのだが、声は小さすぎて聞き取れない。
コッコッ
ノックが聞こえた。誰かが来たのだ。しかし、何の反応も示さない少年。ドアが開いたと思ったら、警備員らしき人が顔を出した。その人は畏怖の念を感じながら、パンとオレンジジュースだけの食事を持ってきた。
「や、やめてくれよ・・・・・・。お、俺は、ま、まだ死にたくないんだ」
急ぐようにそう言うと、食事を床に置いた。警備員が出て行き、ドアが閉まる。少年は出された食事をチマチマながらも食べ始めた。
「よう、あんたが出月 リョウジだな」
ドアを開けていないのに、少年の前に人影が現れた。ノア・ロードだ。出月と呼ばれた少年からは、なんの反応もなかった。ノア・ロードはそんな少年を見ると、つまらなさそうな顔をした。ノア・ロードの目が赤く、淡く光る。ノア・ロードが出月の左側にしゃがむ。そして質問・・・・・・・・・。
「あんたは何故ここにいる?」
「・・・・・・わ、分からない」
出月がはじめて喋った。その声色は何かを恐れているかのよう。
「分からない。だけど、僕は悪い子だ。悪い子だ・・・・・・。だって、だって・・・・・・だって・・・・・・・・・」
よほど恐れているのだろう。出月の瞳が怯えの色に変わっていく。体も震えだした。
「僕は・・・僕は・・・僕は・・・僕は・・・僕はッ・・・・・・」
「大丈夫、落ち着けよ」
「落ち着けるもんか!」
出月が顔を上げ、一瞬だけ目を赤く光らせた。ノア・ロードの左肩のあたりで爆発が起こる。
ズドォォォォォォン
一室の中に煙が立ち込めた。が、その煙は一瞬にして晴れた。大きな音に気づいた警備員がこの部屋に走ってくるのを感じると、ノア・ロードはチラッとドアを見る。すると警備員はピタッと止まり、何事もなかったかのように去って行った。
ノア・ロードは左腕が先ほどの爆発で失ったにもかかわらず、血が噴き出しているのにもかかわらず、ただ微笑んでいた。どこからか、腕のあったところに光が集まり、一瞬にして腕を復活させた。出月はうつむいている。
「なぜあんたは、自分が悪い子だって思う?」
「僕が大切な家族を、友達を・・・・・・父さんを・・・母さんを・・・姉ちゃんを・・・皆を・・・・・・爆発させて殺しちゃったんだよッ・・・だから皆・・・ッ・・・僕のことを『化け物』だ・・・って・・・・・・」
出月の頬を涙が伝う。それでも彼は、ゆっくりと口を開く。
「だから・・・僕は・・・・・・感情を・・・ッ・・・感情を出しちゃいけないんだ」
「そんなことねぇと思うけどな」
「・・・えっ」
出月は目を真っ赤に泣き腫らしながら顔を上げた。ノア・ロードが微笑んでいる。予想外の言葉に、出月は唖然として何もいえなかった。
「それはあんたの個性。化け物でもなんでもない。あんたはただ、そういう能力を持ってしまっただけだ。」
「こんな能力、いらない」
出月がキッと睨みつける。
「その前に、君は誰なんだ?僕に何の用なんだ?」
出月が問いかけた。その問いかけを待っていたかのように、ノア・ロードは答えた。
「ノア・ロード。あんたの友達になろうとしている、『最強の能力者』のクローンだ。よろしく」
『友達になろうとしている』という言葉を聞いた途端、出月は嬉しさのあまり、また大粒の涙を流した。
「ほ、本当に・・・?本当に友・・・ッ・・・・」
出月は、自分の能力を制御できなかったために家族を失い、周りの人から『化け物』扱いされ、中傷、非難されてきた。しまいには『化け物を野放しにしてはいけない』と隔離され、感情を殺して、ずっと寂しく隔離部屋の中で生活をしてきた。そんな彼にとって、ノア・ロードの言葉は彼の心に優しく響いたのだ。張りつめていた糸が切れたように、彼は泣いた。彼は心の中から溢れてくる、様々な想いを抑えることが出来なかった。
ノア・ロードは手を差し伸べた。出月は真っ赤に泣きはらした顔を上げながらも、ノア・ロードの掌に掌を重ねた。そして互いに手を握り締めた。
柊や水瀬たちが、新たな『友達』と出会った一方で、ノア・ロードも出月と出会ったのだ。