義弟を育てただけですのに
私は転生者らしい。
高熱を出したある日に前世を思い出したから。
(ここ、乙女ゲームの世界じゃん)
前世でたまに遊んでいたゲームのキャラクターと、義弟が同じ名前なことを気がつき青ざめる。
作中のフィリップは無口で陰のある美少年だった。
女性が苦手な性格だが、それは義弟をいびりまくった義姉のせいである。
(で、私がその意地悪な義姉のアレクサンドラ・ガーランドですって)
最初はヒロインにも距離を取りがちだった彼だが、ヒロインの純真さに心が浄化され惹かれるストーリー。
自分から離れることを許さない義姉はフィリップを支配しようとするが、それを振り払いヒロインと向かい合うのだ。
じゃまな義姉は辺境の修道院へと送られて、2人はハッピーエンド。
(そう、義姉は破滅するキャラ。でも今から路線を変更すれば大丈夫だよね?)
私はまだ幼い。
ゲームが始まるまで、かなり猶予はあるはずなのよ。
私は義弟の部屋を目指した。
「お、お、お姉サマ?」
オドオドと私を見つめるのはまだ5歳の男の子。
親戚に押しつけられたって、父親がこぼしていた。
跡継ぎにするかと言っていたので、教育係をつけていたはずだ。
でもまだ引き取ったばかりなので、言葉づかいがたどたどしい。
つまりそんな彼は‥かわいい。
ハッキリ言ってかわいい。
私の意識が9歳児のままだったら、彼をただのライバルと見てしまうだろう。
しかし前世で子供好きながら未婚で亡くなった私にとって、彼は神様から与えられた我が子のようだった。
「お姉ちゃんで十分よ、フィリップ。今まで意地悪していてごめんなさい」
この子とは出会ってまだひと月くらいだったので、そこまでやらかしてはいないはずだ。
「これからは一緒に遊びましょう。勉強も教えてあげるわ」
私にはアレクサンドラとして生きた数年分の記憶と、日本で生きた数十年分の記憶がある。
弟をかわいがるのに十分なほどの。
それから私たちは、一緒におもちゃを作っては遊び、一緒に本を読み、一緒に成長した。
両親は子育てに無関心だった。ぶっちゃけネグレクト。
私は社交界デビューもなく縁談もない。
親は何を考えているのだろうか? きっと何も考えていないんだろうな。
その代わり、フィリップを育てる障害はなかった。
困ったのは勉強である。
ダメ親が「女の子には教育なんて必要ない」って私には最低限しか家庭教師をつけなかったのよ。
この世界の学問はほぼ独学。
前世の知識と、読解力と、ちゃんとした書庫がなければできなかった。
豊富な蔵書を用意してくれたお爺様に感謝ね。
***
そして、フィリップが17歳になればゲームは始まる。
私が介入したことでゲームが変わることは覚悟していたの。
だけど、まさかこんなことになるなんて、想定外だったわ‥
「フィリップ、入学の準備は出来てるの?」
心配する私を、義弟はにらみつける。
「うっせえなぁ、くそ姉貴!」
そう、フィリップは反抗期に入ってしまったのよ! もう完全に!
(いや良いんだけどね。反抗期が来るのはちゃんと子育てした結果だってマンガで読んだし)
幸せに育った子供にしか反抗期は来ない。
だから今は、私が義弟を幸せにした結果なのだ。
でもさー、最近は目も合わせてくれないんだよね。
昔は「お姉ちゃーん」って、どこへ行くにもニコニコついて来たのに。
さみしいよ。
そして‥原作の影はどこに行った?
ちゃんと食べさせていたので体つきがしっかりしたのは良い。
しかしゲームイラストのほっそりした姿とはだいぶ変わってしまった。
筋肉はついているし、短い髪は無造作だし、よく笑うし。
かわいい女の子がいると、すぐ目で追いかけるし。
今じゃ少年漫画の登場人物じゃない、あなた。
「1人いなくなっただけで、静かね」
フィリップがいなくなった屋敷は静まりかえっている。
あーさみしい。
(子育てが終わった親って、こんな心境なんだ‥)
週末の帰宅が、今から待ち遠しいなんて‥
***
数か月後、義弟が学院になじんだらしく、友人を連れて帰ってきた。
しかも女の子だ!
フィリップの恋人?
紹介されるまでワクワクだった。
「あなたがお姉様ね!」
ピンク頭の美少女は、どう見てもヒロインちゃん。
ビシッと指をさされる。
「絶対に転生者でしょう!」
「あら、そう言うあなたも?」
私は目を丸くした。
同じような境遇の子がいるなんて。
「く、あなたのせいで、私の推しが激変しちゃったじゃない!」
彼女、フィリップが好きだったのね。悪いことをしたわ。
「それはごめんなさい。でも私も、小さい子をイジメる気にはならなくてね。破滅もしたくなかったし」
「それは分かるけど、あたしが好きなのは寡黙で落ち着いた人なの。何よこのやんちゃっ子!」
分かるわ~。そうなの、この子もう17歳なのに落ち着きがたりないのよね。
「え、リリアン? なんでクソ姉と話が合うんだ?」
私とヒロインちゃんで盛り上がってしまい、フィリップは蚊帳の外。
気にしないで女子トークを楽しむか。
「なんか、体を動かして遊ぶのにハマっちゃって」
ボール遊びを色々教えたのがダメだったようね。
「ま、ここはゲームの世界じゃなくて現実なのよ。そんなものと割り切って下さいな」
現実の男子は、いくら顔が良くてもこの程度だ。
「あなたには悪いけど、ヒロインなのでしょう? 他の方を当たっては?」
学院なら、王子とか騎士見習とか他にもいるはずだし。
義弟以外ならスパダリかもしれないし。
「‥そうなんだけど」
ヒロインちゃんはとたんにモジモジしだした。
「王子とかまつ毛バッサバサでキラキラしすぎてるし‥そんな人から面と向かって美しいって言われると、もう体がかゆくなっちゃって‥」
‥ああ、現実に超イケメンから甘い言葉で口説かれるのは、恥ずかしすぎて耐えられなかったのね。
「だから寡黙設定のフィリップを探したのに、見つかったのはこれで‥」
ヒロインちゃんは義弟を指さす。
「これって、ひ、ひでえな!」
フィリップは焦っていたが、私には分かる。
陰のある線の細い美少年のはずがが、普通の高校生男子だったのだものね。
顔はともかく。
「まあ、落としどころを探すしかありませんよ。それよりヒロインちゃん、ショタっ子とは仲いい? 伯爵家の‥リエル君だったっけ? 私に紹介して欲しいんですけど」
学院にはまだ12歳の少年が、飛び級で入学しているはず。
「え、お姉さん、あんな子供が好みなんですか?」
は、ヒロインちゃんは私をショタコンと見ているわ。
疑惑は払しょくしなければ。
「まさか~。その、私、転生前はアラフォーだったの。いくら何でも食指は動かなくてよ」
ヒロインちゃんの目が見開かれた。私の意図に気づいたようだ。
「ま、まさか義母になるつもり?」
「ピンポーン!」
ショタ君ルートでは、幼い頃に母を亡くした少年が、姉のようにヒロインを慕う話。
親密度が高まるにつれて姉ではなく1人の女性として意識されるストーリーだが、彼の家に遊びに行くイベントで登場するのだ。
リエル君の父親が。
これが、ちょっとくたびれた感じの良い男でね。
他のルートでもちょこっと登場し、1枚しかないビジュアルと少ないセリフだが興味はわいた。
ちなみに私、子供好きだけど乙女ゲームのガキになんて興味はない。
しかし伯爵様のルートを探すためだけに、ショタルートをプレイしたのよ。
「ゲームでは伯爵様の後妻ルートなんて無かったけど、今ここは現実ですわ。可能性はゼロじゃないんだから!」
決意した私の手を、ヒロインちゃんは包みこむ。
「お姉様、天才ですか? 分かりましたわ! 今度リエルを紹介します」
キラキラした目でほめられたけど、なぜ?
答えはすぐ教えてもらえた。
「今日はもう失礼するわね。あたしも、決められたルートにしばられない人生を進むから! 待っていて、ソールきゅん♡」
ヒロインちゃんは背景にバラをしょいながら我が家を後にする。
ソールは‥ああ、王子の従者でほとんどセリフがない脇役だ。
ゲームでは攻略対象にならないキャラだけど、今の彼女なら落とせることに気づいたらしい。
セリフが少ないキャラなら寡黙だろうし、デザインも落ち着いていたから彼女の好みなのだろう。
「なんだったんだ、あれ」
怒涛の展開にまったくついていけないフィリップは、あっけに取られている。
「とりあえず、あなたがふられたことは確定ね」
私は、義弟の肩をポンっとたたいた。




