『くだらない』くらいに愛して欲しいの……!
ボーッと高い位置にある、澄み渡った川のせせらぎを聞きながら天を仰いでいた。
私の名前はレミュス・プラーシバル・ガイユス。
貴族と王家の血を引くガイユス家の淑女、だった。
私は今、ただ独りで広い草原に座り込んでいる。身体中に走る赤の血液と、骨の悲鳴であちこちが痛い。
前述したことは前言撤回する。
私は貴族も王家の血も継いでいない。
元奴隷の少女だった私をガイユス家の当主が買取った。
でも、その当主が根っからの外道で、私の体を使って人体実験を繰り返した。
光も届かない真っ暗で、寂しい牢獄。
鞭の音と暴言が耳に入る度に体は傷つき、薬品の匂いが口いっぱいに広がる度に心が蝕まれた。
表向きは聖君を装っていた当主は裏で、国家転覆の計画を立てていた。一度で多くの人間を葬ることが出来るように、新しい薬を開発していた。
でも、こんなことが公になれば立場は無い。
そこで目をつけたのが奴隷、私。
約十年もの間、いいように使われて体はボロボロ。唯一の救いと言えば、まだ『純潔』であることだけ。
何とか女の子としての体裁は保てていた。
「うっ……お腹、空いた」
小さく猫のように丸くなった私。
いいなぁ、あんなに綺麗なドレスを着て。
いいなぁ、あんなに沢山食べられて。
いいなぁ……羨ましいなぁ。
誰か、私のこと愛してくれないかなぁ。
痛いなぁ。
風が吹き抜ける度に全身の傷が疼いて体が自然と硬直する。
ハラっと頬に熱いものが走った。
私を産んだお母さん何してるのかな。
私が素直じゃない、可愛くない子だったから棄てたのかな。
ごめんなさい、生まれてきて。ごめんなさい生きてて、何の役にも立てない不良品でごめんなさい。
でも、でも……お願いだから神様お願いします。
次は、私を愛してくれる人の元に産まれさせてください。
ずっと永遠に、私を見てくれる優しい人の元に産まれたい。
鞭で打たれることもなく、唾を吐きかけれることもなく、『大好き』の一言を言ってくれる人のところで生きたい。
くだらない、って言われるくらいに……愛されたい。
そう言って私は瞼を閉じた。
※※※
「お、目を覚ましたか」
「……?」
次に目を開けた時、私は知らない天井を見上げていた。
体全体に伝わる雲のように優しく包んでくれる柔らかいベッド。
全身にあった赤く、腫れぼったくなっていた鞭痕も綺麗になくなっていた。
死んじゃったんだ、そう思ったのだけど──、
「父さん、目を覚ましたよっ!」
私の傍にいた金髪の青年がいそいそと忙しなく、どこかに走っていった。
あれ、死んでない、の?
そう思った私は上体を起こして、ベッドから出る。
ボロボロの布を纏っていた体には一枚の綺麗な町民服に変わっている。
「私、死んでな──」
「おおっ、起きたか!」
自分の頬を触りながら現実に目を背けようとしていた時、後ろから誰かの声が聞こえてきた。
恐る恐ると言った感じで振り返れば先程の金髪の青年と共に、体格の良い顎髭を生やした男性が安堵の息を吐きながら立っていた。
瞬間、私は重々しく身構える。
いいように使われる。やっと開放されると思ったのに、私はまた道具として使われる。
戦闘武術を習ったわけじゃないけど、噛み付くことは知ってる。首の血管を噛みちぎることくらい、私にだってできる。
「身構えないで、僕は君を助けたんだ」
「……」
「レイン、今はゆっくりさせてやれ。心を落ち着かせることも必要なんだ」
青年の語りかけを聞いてより深く身構えたのを見た男性が赤褐色の瞳を閉じてそう言った。
その人はやれやれと言った感じで部屋を出ていったけれど、青年はそうしようとはしなかった。
「あ、あの」
「……」
私は青年の両手を何よりも警戒した。
人間の手は汚い。
話すふりをして、ポケットに手を入れと思いきや薬品を掛けてくる。
ご飯だといいながら出したと思えば地面にたたき落し、隠し持っていた鞭を取り出す。
笑顔で嬉しげにしていると思いきや、急に首を絞めてくる。
この青年もそうに違いない。顔は整ってイケメンだけど信用出来ない。
私を傷つけてくるに違いない。
「えぇと、名前は?」
「……」
「好きな食べ物はある? 何か持ってくるよ」
いらない。
薬品入の食事なんていらない。
「部屋着が気に入らないのかな……。そこに、替えがあるから好きなの選んでね」
いらない。
プレゼントのつもりを装って内側に皮膚を爛れさせる薬が塗られてるもん。
「名前を知りたいな」
いやだ。
聞いても直ぐに忘れる。一度も呼んでくれないくせに。
「好きなだけ寝ていいよ。好きなだけ、何してもいいよ」
寝てる隙に……いろんなことをするんでしょう?
いやだ。もういやだ。どうしてなの、どうして道具みたいに扱おうとするの?
やめてって言ってるじゃん……いやだって言ってるじゃん。
普通の子として扱って欲しい。私だって……同じ人間だよ?
「えぇっ!? どうしたの?!」
「……ぐすっ」
気が付けばその場にへたれこんで膝を抱えていた。自然と涙が頬を伝う。既に枯れきって出てこないと思われた涙が再び頬を迸った。
「……ぐすっ、」
「こ、こういう時は──」
突然少年の体が私を包み込んだ。
いけない、逃げないと。首筋にナイフが──そう思って拒否したが青年の拘束から抜け出せず私は身動きが取れなかった。
でも、どうしてだろう。
とても暖かい。とても安心する。
別の人に同じことをされたら、冷たくて、恐ろしかったのに……。
気が付けば抵抗をやめて、青年の体にしがみつくようになっていた。
この胸の温かみを離したくない。離せば二度と貰えない気がして、藁にもすがる思いでギュッと宝物を握りしめるように抱きついた。
人ってこんなにも暖かいひとがいるんだね……。
※※※
そのまま眠ってしまった私。
目を覚ませば青年が丁度夕食を運んできてくれていた。
とてもマメなひと、なんだね。
そんなことを思いつつ、私は運ばれた食事に意識を集中させる。
「フー、フーッ。はい、あーん」
「……」
スープを掬い、冷ましてくれる名前も知らない青年。
私はまず匂いを確認する。薬品特有のツンっとするような香りが漂ってこないかの確認だ。
中には毒が入っている可能性もある。警戒もせずに食べられるはずがない。
眉根を寄せていた私の意図に気がついたのか彼はまず自分が一口食べて見せた。スプーンの先端から吸い込むようにしてスープを飲む。
赤褐色の瞳にほんの僅かな幸せが見えたような気がした。美味しいの、かな。
「フー、フーッ。大丈夫だよ。ほら」
私はゆっくりと、勇気を出して青年が掬ってくれたスープに口を近づける。
その様子を見た青年は口元が綻び、ゆっくりとスプーンを差し出してくれた。
ズズッとスプーン上にあるスープを飲み干すと口いっぱいに初めての味が広がった。
カチカチで腐ったものしか与えられなかった私はこの味をなんて言えばいいのか分からない。でも、これだけは言える。
とても美味しい──。
「はい。どうぞー」
「ズズッ」
その後はあれよあれよと言う間にスープを飲み干してしまった。
青年も特にそれを咎めてくる様子は無くただ嬉しそうに、親のように見守ってくれた。
空になった容器を見たその瞬間、私はえも言えぬ罪悪感と過去の記憶が溢れ出た。
容器にあった全ての食べ物を完食した時、あの冷たい獄門の中では蔑んだ視線と「まだ食べるの?」という言葉が私に送られた。
小刻みに体が震える。
ごめんなさい、と頭を下げようとした時──、
「よーし。よく食べたな。偉いぞ」
「……え」
「うん? まだ食べる? 持ってくるよ」
「で、でも……それは、私が食べていいモノじゃあ……」
「そんな訳ないだろ。むしろもっと食べて欲しいよ。持ってくるから待っててね」
見たことのない、純粋無垢な笑顔を私に送り頭を摩ってくれた。
邪視と、下等生物を見るような眼差しには覚えがあるけれどあんな笑顔は初めて貰った。
私、生きてて良いんだ。
初めてそう思えた気がした。
「カリスー! 例の件で情報が入ったぞー」
「あ、はい! 父さん、今行きます! 待っててね」
※※※
数ヶ月後、私は色々な『初めて』を体験した。
まず、人の名前を知った。
私をずっと面倒見てくれた青年の名前はカリス・ミレイヴ・リーズ。公爵家の長男坊だった。
そう、私は今国の中でも高位の人達と一緒にいて暮らしている。
カリスの両親はとっても優しくてこんな私を受け入れてくれている。どうしようもなくて、人に恐れを成している部分はまだあるけれど、カリスのお陰で全部乗り越えられている。
「レミュス、おいで」
「はーい」
私は自分の年齢を知らない。
多分、十四歳くらいだと思う。
カリスは今年成人を迎えたばかりの十五歳。
「今日は歴史をやるよ」
「うん」
家の中にある大図書館の真ん中。大きなテーブルを二人で占領し、カリスは大きな本を広げてくれた。何も知らない私を学が無いと嘲ることはせず、カリスは一つ一つ丁寧に教えてくれた。
いつも私は彼の隣に座って、勉強をするのがルーティーンとなっている。
「ガイユス家はこの国でも上位に入るほどの権力を持っていて僕たちのリーズ家は……こら、レミュス」
「はっ……! ご、ごめんなさい」
でも私には分からないことだらけで、眠くなってしまう時がある。
隣のカリスの肩を枕にして眠ってしまうのが多い。
そんな私をこら、と軽く叱って再び勉強を再開する──ここまでがセットなのだ。
「レミュス、部屋にあるドレスは着た?」
「ドレス……? ううん、着てない」
「え? 一着も?」
この家に来てより私はずっとカリスが与えてくれる衣服しか着ていない。
着々と過去と決別出来てはいるものの、まだ克服できていない事が多いのだ。
いい加減しっかりしなきゃ。カリスを心配させたくない。私のために何から何までしてくれてるのに、心配まで掛けたら……。
自然と顔が俯き、負のオーラが溢れ出る。
するとカリスはギュッと私を抱き寄せた。
「ごめんな。まだ嫌な記憶があるもんな、無理させてごめん」
「ううん、大丈夫。私の方がごめんだよ……」
「自分のペースでいいからな。ゆっくりと、レミュスの気の向くままに」
「うん」
「レミュス、愛してるよ」
「え……?」
「僕ができることなら力になる。だから君も僕の力になって欲しい」
そう言ってカリスは椅子から立ち上がり、片膝をつく。
胸に手を当てて恭しく私の手を取ると、神妙な顔つきに変貌させて言う。
「三日後の舞踏会、僕と踊って欲しい」
「……ッ」
この国での舞踏会は国際行事以上の価値がある。
そこで一緒にダンスを踊る男女は婚約を約束したようなものだとカリスから習った。
つまり……そういうことだ。
「私、踊れないよ?」
「知ってる。でも、君がいい」
「どうして、どうしてなの? もっと良い女の子はいるよ? 私なんかよりも、ずっと……」
「そう、かもしれない。でもレミュスが良い。君ならダンスが苦手な僕と踊ってくれる、そう思ったんだ」
「……あははっ、なにそれ、『くだらない』理由だねっ」
「うん、とてもくだらない。それでも君と踊りたい。君を、好きになったから──」
「ほんとっ、くだらないっ!」
気が付けばまた目から溢れ出るものがあった。
でも、あの時と同じように苦しく、胸が引き締められるようなものではなく、幸せで、嬉しくて、光に満ちた涙だった。
すると、図書館にカリスの父が入ってきた。彼は少し気まずそうにしていたが、すぐに切り替えて何事も無かったように振る舞う。
「カリス、ついに手に入れたぞ!」
「え、あ、あぁ! 今行くよ父さん!」
何を集めてるんだろう。
遠ざかる彼の背中を見て、私は愛おしさと疑問を抱いた。
※※※
舞踏会当日、私は結局ダンスを覚え切ることなく本番を迎えた。
初めてタンスの中にしまってあった、色鮮やかな、雪のように白いドレスに身を包んだ。花嫁衣装のようなそれは、カリスの母が結婚式に着ていたものなんだって。
大勢のひとが一箇所に集まるこの会場で、私は一足先にたどり着いていた。
カリスは衣装に時間が掛かるようで、少し遅れるみたい。
私は大人しく待っていようかと思ったけれど、ダンスの練習がしたくなって会場の裏手で一人、ダンスをしていた。
「あれ? 生きてたのね」
優美に踊る私に声を掛ける人物が突如現れた。
闇夜を切り裂き現れた人物は、深紅の絹が幾重にも折り重ねられたドレスを纏う……女性。
その顔つきと髪色は暗闇ながらも私は一度見ただけで腰が抜けたようにその場に膝を着いた。
「ていうかどういうつもり? アンタがそんなドレスを着てるなんて。男を捕まえるために身体まで売ったのかしら?」
「え、ぁぅ……」
「こらっ! 誰が喋っていいと言ったのかしら? また、『調教』してあげてもいいのよ?」
「うっ……」
これまで積み重ねてきていた私の日常がヒシヒシと音を立て崩れかかっているのが聞こえた。
この人は、十年もの間食事を運び、薬品を投与してきたガイユス家の当主夫人。
顔を見るだけで思い出したくもない記憶が溢れ出てくる。
「あらぁ、高そうなドレスねぇ。何してるのよ、脱ぎなさい?」
「……え」
「聞こえなかったの? 脱・ぎ・な・さ・い」
語尾を強調した言葉に私は何も出来なくなった。あの時に戻ったように、自分が惨めで、奴隷としてしか生きられない気がした。
逆らえばまた鞭が飛んでくる。
ううん、もっと酷いかもしれない。
本当に殺されるかもしれない。
そうしたらカリスとはもう……。
いやだ、いやだいやだいやだ。
「あら、あなた」
「全く、何して──おや?」
最悪な人まで登場してきた。
声を聞いただけで分かる。
足を見ただけでわかる。
雰囲気を感じ取っただけで判別できる。
私を買取り、牢獄に閉じ込め、鞭を振るい、薬品を掛けてきた男が……いる。
「おやおや、いいドレスじゃないか。というより、良い体つきをしている」
「……っ!」
露出した肩を擦るその手に、私は嫌悪感を抱いた。そして、勇気をだしてその手を払いのけようとした瞬間──バチン! と乾いた音が夜闇に響いた。
私はジリジリと痛む頬を擦りながら顔を上げると、もう一回、今度は反対の頬に平手打ちを食らった。
「監獄の中じゃあ、よく見えなかったけど……お前案外綺麗だな。俺の記憶が正しければ、一度もお前の裸体を見てないなぁ」
「ちょっと、こんな小汚い人間を抱くつもり? やめてよね、あなたまで汚れちゃうわ」
「それもそうか。学者たちに普段の褒美として送るとするか、おい、着いてこい」
何も出来ずに震えることしか出来なかった私を無理やり立たせると、手首を握り潰すような強さで私を引っ張る。
慣れていないヒールも相まって私は転んでしまった。
すると、その反動で手を引いていた男も仰向けに転倒。
「お前っ!」
「ぐぅっ!」
今度は拳が飛んできた。
ドレスのことも忘れて地面に倒れ、ぎゅっと目を閉じる。
痛い、痛い痛い痛い!
どうして、どうしてまた私はここに……ここに戻ってきたの?
冷たい地面の感触をあの監獄の中と履き違えながら私は自分の置かれた状況を恨む。
目の前には柵に隔てられたとはいえ、ニチャアと汚い笑みを浮かべる大人がいる。
白衣を纏って注射器を手にして、私に近づいて来ようとしている。
やめて、やめてよ! やっと抜け出せたのに、やっと、やっと私のことを愛してくれる人と出逢えたのに、何で、何で──!
「あ……」
夢、だったんだ。
私は冷たい石の上で夢を見てたんだ。
自分が自由になって、好きになってくれる素敵な王子様と出逢って、幸せになる。
そんな淡い幻想を見てたんだ。
なれるはずもないのに、出られるわけがないのに。
「じゃあ、遠慮なく」
いつの間にか私に迫ってきていた白衣を着た大人たち複数の手が私に伸びてくる。
それぞれが嫌らしい目つきで、己の欲望を満たさんと私を道具にする。
こうなるしか、道は無かったんだね……。
「そこまでだ──」
暗闇にいた私に救いの手を差し伸べ、それらが夢でないと告げる金色の青年が現れるまで私は夢だと思っていた。
※※※
「そこまでだ──」
「なっ……お前は、カリス?!」
「か、カリウスって確か……俺たちよりも階級が上の、公爵家だよ、な?」
私を嬲っていた男と女が現れた金色の青年に注目する。
カリス・ミレイヴ・リーズ。
私は歴史の授業を寝てばかりでガイユス家とリーズ家について何も知らなかった。
両家は共にいがみ合っていて、犬猿の仲だ。
しかし、当代のリーズ家当主、つまりはカリスのお父さんが竜討伐という功績を立てたことによってガイユス家を追い抜き、いつの間にか天と地ほどの差まで広がっていた。
カリスの父は王様に特に気に入られており、息子のカリスを時期王様になんていう話も出ているくらいだ。
つまり、リーズ家と戦うことは王様と戦うことを意味する。故に、誰もがリーズ家と敵対するのを辞めてゴマすりをして取り入ろうとする。
しかし嫉妬深いガイユス家はそうせず、国家転覆を企てていた。
私を使って──。
「こんな暗がりで一人の少女に暴行なんて、貴族として恥ずかしくないんですか?」
「ご、誤解だ! この子、いやこいつは私が買った奴隷でして……!」
「ほう。面白い冗談ですね。では、彼女の名前を聞きましょう」
すると男は慌て出す。
私は一度だけ、この男に名前を呼ばれたことがある。本当に最初、初めて会った時だ。
だがそれ以降呼ばれることはなく、十年という月日が流れた。
「れ、レミース、そうレミースだ!」
思い出せなかったのか、適当な名前で私を呼ぶ。こちらを見て頷けと言わんばかりの眼光を見せる。しかも、カリスから見えないように注射器を手に持っている。
だが、私はもうあの時の私じゃない。
この人達の言いなりになっている私じゃない。
夢だと思っていた現実をそうじゃない、事実だと教えてくれた彼に報いるためにも、私はいい加減立ち上がらないといけない。
「違う、私はレミュス! レミュス・ミレイヴ・リーズ! カリスの……許嫁よ!」
「り、リーズ、ですって!?」
「と言っているようですが?」
「そ、そんなはずは。お、おい! お前、嘘をつくな! また調教を──!」
「う、嘘じゃない! 私はカリスと結婚するの! それに、あんた達の言いなりになんてならない! 私は、私も人間だもんっ!!」
一度も、私を対等に見てくれなかった人達に向けてそう言い放つ。
それを聞いた二人はみるみる眉がつり上がって襲いかかろうとしていたけれど、私は負けない、退いちゃだめ! 今は絶対にだめなの! そう言い聞かせて自分の足を鞭打つ。
「貴方二人には幼女暴行と違法薬物の精製の疑惑が掛けられています」
「は、はぁ?! 言いがかりもいい所だ!」
「そうよ! 証拠は、証拠はあるの?!」
そう言われたカリスは一瞬、痛いところをつかれたという顔をした。
いけない、カリスが押し負けちゃう。
そう思った私は立ち上がってカリスの元へと歩み寄る。
彼の前に立つと、自分の腕を見せる。
「これは……!」
「な、何してんだ! お前戻ってこい!」
私の腕は誰にも見せたことがない。というより見せる機会が無かった。
見せたらまた、誰かが遠くに言ってしまう気がして……気持ち悪い、そんなことを言われてまた棄てられるのなら隠すしか、なかった。
様々な薬品を投与する方法は沢山あるが、ガイユス家はこだわりがあるのか分からないけれど、注射器をずっと使っていた。
そう。
私の両腕には数え切れないほどの、夥しい量の注射痕がある。
痕を見たカリスに嫌われてしまう。それでも、彼が窮地に立たされてこんな二人に追い詰められるのは見たくなかった。
嫌われる覚悟を持って私は見せた。
カリスの目が、顔が青ざめていく──。
やっぱり、ね。
全てを諦めかけた時、
「お前らっ!」
カリスの拳が唸りをあげた。
二人の頬が鈍い音を立てて打ちのめされる。
モノのように吹き飛んだ二人にカリスは追い打ちをかけて、馬乗りになって容赦なく殴る殴る。
その姿は鬼神そのもので、穏便な彼の姿からは想像できずもちろん、見たことがなかった。
私の気持ちを代弁してくれるかのようにずっと殴っていた。
やがて顔をパンパンに腫れさせた男が叫ぶ。
「お、お前は! そんな奴がいいのか!」
「そんな奴? お前らにレミュスの何が分かるんだよ!」
「ぐぼぉっ!? あ、あの子を選んだ理由はなんだ……王に好かれているお主が、王の息子にならなかったお主が、何故心を動かされたのだ」
「レミュスはな、普段笑うんだよ! レミュスは僕が与えるスープが好きなんだ! レミュスは僕と一緒に勉強するのが好きなんだよ!」
言葉を紡ぎながら男をボコボコにするカリス。
聞いている私は自然と胸が熱くなり、自分で自分の手を握っていた。
「そ、そんな……くだらない理由で……お前は──ごぉっ!」
「ああそうさ。くだらない、本当にくだらないと僕も思う。でも、それが一番、そんな毎日が幸せだって言えるくらい僕には大事なんだよ!」
「がぁっ!」
「『くだらない愛』を並べられるほどに好きなんだよ!!」
カリスはそこからもずっと男を殴り続けた。
やがて動かなくなった男と、まだ息のある女を兵士たちに護送させた。
後にガイユス家は私への暴行と違法薬物精製の容疑が事実となり、歴史の表舞台から抹消された。
つまり、私はこれで本当の意味でカリスの元へと戻ったのだ。
その後、何事も無かったように私の手を引いて、乱れていた衣服を直してくれた。
ソッと優しく暖かい手を握って、いつも、ううん。いつも以上の笑顔を見せながら会場へと入った。
ついに舞踏会も大詰めとなり、本番の時間が来た。
会場の中心へと立った私たちに皆の注目が一瞬にして集まる。
緊張する。
とても。
こんなの初めて。
「ねぇカリス」
「なんだい?」
「これからも……私のこと、好きでいてくれる?」
「当たり前だ。嫌いになんてならないよ」
「食べ物を食べさせるのに、大変じゃない?」
実は私、スープの時はいつもカリスに飲ませてもらっている。
それだけじゃない。
勉強も、遊ぶ時も、どんなに些細なことでもカリスはそばにいてくれる。
手を繋ぐ時は誰よりも優しくて、笑う時は屈託なく笑う。
夢の中で冷たい牢屋に戻ったと伝えた時は抱きしめて一緒に眠ってくれた。
普通なら嫌気がさすのに、彼はずっとそばに居てくれた。
「くだらないくらいに私を愛してくれる?」
「言うまでもない。──幸せにすると誓うよ」
その後舞踏会は大盛り上がり。
決して上手なダンスではなかったのに、盛り上がったのはどうしてだろう。
あの日、あの時、貴方と出会ったことが全ての始まりだった。
暗く閉ざされた牢屋にいた少女が自ら出てくるのを待って、暖かく迎え入れてくれた。
好きで、大好きで……愛してやまないよ。カリス。




