納得できないのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第13弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「憶えていないのは、君のほう。」の後の話です。
「……………………」
ど、どうしよう。
オルガは足を止め、うかがった。
炊事場裏に、変な人がいる。
ノインの許可が出たので、再び騎士団の炊事場に臨時手伝いに来ているのだが……。
(不審者だ……!)
誰か呼びに行ったほうが…………。
ふいに、頭にズタ袋をかぶった人物がこちらを向いた。
「ひっ」
逃げようと思ったその時。
「オルガ」
えっ。
聞き覚えのある声によく見れば、身長といい、立ち姿といい……。
「なにやってるのノイン!?」
不審者なんだけどやってること!
「仕事中ですか?」
「それはノインもでしょ!? こんなところでなにやってるの?」
しかも。
(頭にそんな袋かぶって……)
指摘しないほうがいいだろうか……。
「いえ、仕事なんです」
……仕事?
「実は、いま近衛騎士団が来ていて――」
**
「親善試合?」
トールが冷めた目で「だから?」という態度で見ている。
「秋にあるでしょう?」
正式なものは、秋に開催される。
力試しというよりは、こちらになにかケチをつけるつもりなのは明らかだった。
「どうせ型通りの剣しか使えない奴らに、張り合うだけ無駄です」
いや、そもそも。
「おれの隊にまで来たということは、誰か出せってことですかねローア副団長」
「…………」
昼からの業務があるんですけどねえ、とトールが笑顔を引きつらせる。
「いいじゃないか! おまえの隊は午後から訓練もあるだろっ!」
「もう一人の副団長の許可は?」
「……も、もらっている。記録に残さないなら、と」
「当然でしょう。どうせ目当てはノインでしょう!?」
指摘され、トールの小隊の面々は「やっぱり」と、素知らぬ顔でいるノインを横目で見ている。
「駄目です。ノインは強過ぎるので向いていません」
「わかってるけど、あいつらに一泡吹かせたっていいだろ!
ちょくちょくノインを引き抜きたいとか、婿にしたいとかいらんことばっかしやがって!」
「あなたも言えたことではないはずですが」
「あいつらのほうがダメだろ! どうせ見栄えがいいとか、使いやすそうって思ってるんだ……!」
「だとしても、さらに目立たせるのは良くないはずです」
くるっとローアがノインのほうを見た。
瞼を閉じて直立しているノインは、どうでも良さそうである。
「うちの強い連中は、みんな型が正当じゃないだろ!?」
「ノインが最たるものじゃないですか! 近衛騎士が一番嫌がるものですが!」
とうとうトールが怒りを滲ませて声を荒げ始めた。
「三対三なんだ! 一人でも確実にあいつら全員を負かせるやつを入れたいんだ頼む!」
「…………ハァ……」
顔を引きつらせて、トールはノインを見る。
「だそうだが?」
「お断りします」
「だそうです」
「トール! なんでオレにはそんなに冷たいんだ!」
「命令だって言って、ノインが辞めそうになったの忘れたんですかね!?」
「オレの娘のなにが不満なんだ!」
「あなたの娘さんの事情なんて知りません! ノインは心に決めた相手がいるんです!
年下は範囲外だと本人が断ったでしょう! しつこいです!」
**
「前の二人が負けて、三人目の俺が出ないといけなくなったんです……」
「……………………」
「相手に知られないように変装しろと言われて……」
だとしても。
(ノインって、もしかして変装センス……ないの?)
かぶっただけじゃ、バレるでしょ。
「袋だけじゃバレちゃうよ?」
背も高いわけだし。
「…………バレますかね」
……これでいけると思ってるの? 嘘でしょ……。
かと言って、自分にもセンスがあるかと問われるとむずかしい。
そっとズタ袋を取ると、しょんぼりとしているのが目に入り「うっ」と言葉に詰まった。
(かわいい……!)
しかし、騎士の変装かぁ……。
「マントとかあったほうがいいよね」
なにかないかと探すが、当然ながらちょうどいいものはない。
これはどうかなと思って手に取った外套はかなり重い。
(雨具用かな)
油染みのついているかなり重いそれを持って、ノインに羽織らせた。
「これ、羽織ったら背中隠れると思う。マント代わりに」
「…………マント?」
「えっと、それで」
ほかにないかなと探し、それを手に取った。
「これかぶって」
竈当番などがかぶる、すす汚れ防止の厚布の頭巾だ。
素直に被ったノインに、その上からさらにズタ袋をかぶせる。
「よし、これで顔は隠れるし……」
うんうんと頷いていたが、首を傾げた。
やりすぎた……かも?
ノインの眼前で手を軽く振る。
「大丈夫? 見えてる?」
「見えてます」
ええ……?
自分だったら絶対に見えない。
「…………」
「投げキスしてくるなんて、挑発してるんですか? 外ではやめてください」
「っ!」
見えてる!
我ながら恥ずかしいことをしてしまった……。
「べっ、べつに投げキッスなんてしてないし」
「……はぁ、まあ俺にしかしないならべつにいいですけど」
なに言ってるのほんとに。
「見えてても、視界が狭くない? 負けるなって言われたんだよね?」
「……これくらいなら特に支障はないです」
ええ?
まあいいか。
「怪我しないでね、ノイン」
そもそも近衛騎士団って、あれでしょ?
(貴族ばっかりの騎士団で、護衛とかがおもな仕事だったよね)
ノインは毎日街の巡回とかしてるのに……!
騎士に憧れていたはずなのに、いざ本物の騎士がノインに喧嘩を売っているのかと考えるとイライラしてしまう。
どちらも本物ではあるが、防衛騎士団は王都全体の治安維持のために存在している。
きょとんとしていたノインがちょっと考えてからこちらに視線を戻した。
「勝ったほうがいいなら、確実に勝ちます」
「勝ち負けとかどうでもいいよ。怪我だけはしないでね!?」
「…………わかりました」
本当にわかってるのかな……。
*
どうしよう。
(思った以上に、ノインが不審者に見える……)
焦ってしまったこともあるけど、改めて見るとかなりまずい格好なのでは。
炊事場の人たちに、今ならいいと言われて見学に来たオルガは、こっそりと訓練場の隅から覗いていた。
まあでも。
(あれならたぶん……バレないかな)
たぶん……たぶん?
対峙している相手は近衛騎士団。制服が全然違う。
真っ白で、金の糸や装飾があしらわれているものだ。
(うわあああ、すごい! お話に出てくる騎士だ……!)
あれ?
でもマントとかないんだ……と、思ってしまった。
慌てて首を横に振る。
(ノインのほうがかっこい……)
突っ立っている怪しげな格好のノインを見て、無言になってしまった。
(か、かっこい、……い……?)
「構え」
声がした。
「始め!」
開始合図と共に、ノインが腕をすでに振っていた……ように見える。
構えもせずに右手に持った剣を、わずかな動きで踏み込んで動かして……相手の武器を弾き飛ばしていた。
(おおっ、やっぱりノインってすごいんじゃ……)
変な格好をしているのに、前に見た模擬戦と同じような動きだ。
重いはずの外套も、特に問題にしていないようで安心する。
「ちゃんと構えろ!」
突然、近衛騎士団で、オルガと同じように見ていた者たちが言い出した。
いや、え。
(た、確かに構えてはいなかったけど……)
勝負はついたわけだし、そもそもルールは武器を落としたかどうかじゃないの?
そこに構えが必ず必要とは聞いていない。
二人目が出てくると、ノインはちょっと考えているようだった。
「構え」
と。
(っ! ノインが構えた)
剣を正面に持ち上げた。
それは騎士なら教わる教本通りの型。左足をわずかに引いて、剣は中段に。
「始め!」
ノインより相手の方が動くのが速かった気がする。なのに。
踏み込んだノインが見えた。と、思う。
(?????)
相手の剣が、落ちてる。
(なんで!? また見えなかった!)
手首をおさえてノインを睨んでる相手の騎士を見て……まさか、と思ってしまった。
(手首狙ったってこと!?)
嘘でしょ!?
そんな器用なことできるとかおかしいでしょ!
(だって変装って言われて、袋を頭からかぶってるだけの姿で出ようとしてたんだよ!?)
初夏の市でも、紙袋をかぶってたし!
(確かに料理もできるし、色々と器用ではあるけど……あの変装センスを見た後で、こんな器用なことできるとか思えないって!)
混乱してしまったが、ハッとした。
「卑怯者!」
…………え?
卑怯? なにが?
(構えたでしょ? なんでまた文句言ってるの!?)
「ちゃんと打ち合え!」
えええ?
その言い分に、思わず近衛騎士団の面々を睨んでしまう。
(なんで!? 打ち合わないといけないの? だって、構えたのだって)
「構え」
声に慌てて視線をノインのいる方向に戻す。
非難を浴びてもたいして気にしていないようだったノインが、また少し思案してから剣を構えた。
さっきと少し違う。
重心を少しだけ落としている、というか。
「開始!」
さっきより早く踏み込んだ!
相手が慌てて剣を受けている。剣戟の音が鳴った――のに。
そのまま勢いを止めずにノインが踏み込んで二度、三度と打ち込んでいる。
速度、重さ、そして間合い。
連続の速度が上がる。
受け止めきれずに足をもつれさせ、尻もちをついた騎士が視線をノインに向けた瞬間には。
相手の持つ剣をさらに一歩踏み込んで、足先で蹴飛ばしていた。
剣を下ろして静かに一礼すると、ノインはさっさとそこからいなくなってしまった。
静寂がしばらく漂っていたけど、近衛騎士団がまた、怒りの声をあげる。
なにがだめなのか、わからない。
(足を使ったから怒ってるの……?)
でも。
(どの相手もノインは怪我らしいものは負わせていないし、ノイン自身も怪我をしてないのに)
さっきのやつを出せと怒鳴り声がする中、オルガはうまく言葉にできないまま、そこをあとにした。
***
「オルガ、大丈夫ですか?」
視線を動かすと、外套を壁にかけて剣帯をはずしながら、ノインが声をかけてきていた。
剣をいつもの定位置に置こうとしたのを目で追ってしまう。
(家に帰ってきたんだ……っけ)
「…………」
ノインが視線の先を確認してから、剣を壁に置いた。
「もしかして見てましたか?」
「……うん」
「怪我はしていませんよ」
優しく微笑まれて、オルガは困惑した。
そうだけど。そうじゃなくて。
「なんか、もやもやする」
「もやもや?」
「近衛騎士の人たち、ノインのこと…………卑怯だって、言ってて」
「………………」
「誰が見たって、ノインは勝ったし、ルールは武器を落としたほうが負けってことでしょ?」
「怖かったですか?」
「こわいとか、そんなんじゃなくて……なんであそこまで言われるのかなって……」
「……それは、俺の剣技がかなり邪道というか」
「でもルールは違うでしょ? 構えろって言われて、ノインはちゃんと構えたし、打ち合えって言われたから…………したんでしょ?」
要望通りにしたのに、結果的に……。
「あのあと大丈夫だった? 怒られなかった?」
「……………………」
きょとんとしていたノインが、ふふ、と小さく笑った。
「俺の剣は嫌われやすいんです」
「嫌う? どうして?」
「騎士は美しく戦うことが求められるというか……ああやって最短で終わらせるのは、好まれないんです」
それに、と続けられる。
「君が落ち込むことではないです」
「……落ち込む……」
この感情は、そうなのだろうか。
ノインは間違ったことはしていない。
「……くやしい」
そうか。
この感情の名前は、きっとそれだ。
だってあの人たちは、ノインが負けていても同じことを言ったはずだ。
「ノインは卑怯じゃないもん……」
「……………………」
そうなんだ、と納得できない。騎士のことはわからないし、剣のことはもっとわからない。
「……泣かないで」
そう言われて、視界が滲んでいることに気づいて慌てるが、ノインがぬぐってくれる。
「あんな剣は実戦では使えませんから、気にしなくていいんです」
あっさりとノインが言うので、思わず見上げてしまう。
「相手が丁寧に剣を打ち合ってくれるわけないですし、魔物はいちいち待ってくれませんしね」
「…………」
「前の二人も仕方なく、相手に合わせてたから惨敗したわけですし……でも、俺は絶対に負けるなと言われていたので」
きょとんとしてしまう。
「一度、魔物討伐に来てみれば思い知るんじゃないですか? 蟲に殺されておしまいでしょうけど」
「…………なぐさめてくれてる?」
「どうでしょう? 本当のことを言ってるだけですよ」
それにしたって。
つい、オルガは笑いがこみ上げる。いくらなんでも、はっきり言い過ぎだ。
「ふ、ふふっ、言い過ぎだよ」
「心配しなくても怒られていません。俺が変装を解いて立っていても、気づかれませんでしたし」
君がしてくれた変装のおかげです。
そう笑って言われて、オルガは思い出して吹き出す。
「あれ、すごい格好だった。ごめんね」
「いいえ。あれで良かったんです」
「ふふっ、重そうだったのに……ノイン、気にせず動いてたね。すごい速かった」
「あれが俺の強みなので」
なにそれ。
「でも足で剣を蹴飛ばしたの、びっくりした」
「一番手っ取り早かったので、つい。あれが敵なら、急所を狙って制圧しました」
いとも簡単に言うので「またまたそんな」と言いかけるが。
さー、っとオルガの顔色が悪くなる。
(ノインなら、やりそう……)
制圧? 言い方おかしくない?
「でもあんなに野次飛ばさなくていいのにね?」
はい、とノインが微笑む。
「うるさいなって思ってました」
「……………………」
そ、そっか。
*****
――あの奇妙な、卑怯な騎士はどこだ?
「いえ、うちにはそんな騎士はいませんね。え? これですか? 胃薬ですがなにか」
小隊長・トール談。
「あんな妙ちくりんな格好の騎士がいるわけないだろ。負けたからって変な言いがかりはよせ」
ローア副団長談。
「さあ? 記録に残らない模擬戦なので、私は存じ上げません」
エリオ副団長談。
――全員で知らばっくれるつもりか!?
防衛騎士団の面々は全員、知らぬ存ぜぬで通したのである。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
対、近衛騎士団の回です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
もしなにか感じるところがあれば、そっと教えてもらえたらさらに嬉しいです。




