6 愛を知る(リスノワール視点)(1)
私の両親であるフラグメント侯爵夫妻は、恐らく“呪いの子”という意味で私にリスノワールという名前をつけた。
本当にろくでもない奴らだ。
物心ついた時には、全く別の世界で生きた記憶を持っていた。いわゆる前世の記憶というもの。
魔法がなく、科学技術というものが進んだ世界で、私は平民として30代前半くらいまで生きていた。
人通りの多い場所を歩いていたはずが急に路地裏に連れ込まれて襲われた。知らない男が刃物で脅してきた。恐怖で竦みそうになる心と身体を必死に奮い立たせて、蹂躙されることを拒否して抵抗した。結果、殺された。
ある程度成熟した人間の思考に幼いながらも馴染みだした頃、今世の私は生まれた家で冷遇されていることを理解した。
それが5歳頃の話。
聞こえてくる邸内の人間の会話から、高位貴族である両親が私を疎ましく思っている理由は、私が不吉な双子の片割れだからということも分かった。
両親は、双子の姉は愛し可愛がる一方で、双子の妹の私は忌まわしい存在だと忌み嫌っていた。私は生まれてきたから恨まれている。とてもシンプルだった。
前世の記憶のおかげで、双子は不吉だという馬鹿げた迷信を信じている人々が愚かなのだと分かった。私が生まれてきた事実には何の否もない。
屋敷の主人が行っている、親から子への差別を従者たちも見倣って行っていた。蔑む目も下卑た目も幼き子どもに向けるに相応しくないものだった。
あの屋敷に、成熟した倫理観を持ったまともな人間など誰一人としていなかった。
虐げられる側になるなど耐えられない。力がないために、蹂躙される人生を歩むしかないなんて赦せない。私に圧倒的な力さえあれば、あの日殺されることもなかったのだ。
まだまだ身体は子どもで、その上女性として生まれたとあれば、腕力に期待などできなかった。
私は前世の世界になかった魔法に希望を託すことにした。
屋敷の図書館を利用して、誰にも知られないように独学で必死に学び、私は着実に魔法という力を手に入れていった。
目には目を、歯には歯を。
力をつけながら私は、私を傷つけた人間に報いを受けさせることを誓った。二度と私を虐げようとは思えないやうになることを、報いを与える際の最低基準とした。
相手の非道に私が怒り暴力を奮ったと思われては、しつけと言って相手を助長させてしまう。それなりに力を持っていると思われることも避けたい。両親が私を呪い子だと言っていることを知り、利用する他ないと考えた。
その日その日で私に害を与えた人間のみが確実に報いを受けられるようにするために、屋敷全ての状況の把握ができるように魔法を鍛えた。
私が目の前にいるだけ不幸に合うとなれば、私が何かしていると疑われる可能性がある。遠隔で魔法を行使できるようにもした。
私を護るために必要な力は必ず手に入れた。
7歳になった頃には、屋敷の人間たちに私に手を出してはいけないと共通認識を持たせることができていた。
私を気味が悪いと言ったメイドには、頬に青黒い痣のような紋様をあげた。己の容貌の変化に嘆いていた。1ヶ月程度で消えるのだから少しの間辛抱すればいいだけたというのに。
私に馬をけしかけて脅そうとした厩舎番には、可愛がっている馬に肩を噛まれるという戯れをあげた。肩を動かせなくなったと嘆いていた。生活が全くできなくなるわけでもないのだから絶望する必要なんてないというのに。
私の部屋を綺麗にするどころか汚そうとした掃除番には、1週間ほど自室を埋め尽くすほどのホコリをあげた。己の部屋を見ては顔に恐怖を浮かべていた。掃除をすれば済むだけのことなのに、何をそんなに怖がっているのか。
お茶会で思うような成果を得られなかった腹いせに私を鞭で打った母親には、上半身に鞭の跡のような火傷の模様をあげた。痛いと言って泣いていた。鞭で打たれる感覚をちゃんと味わわせてあげられなかったことが残念だった。
屋敷内で起こる不幸は全て私のせいだと私の髪を引っ張り床に打ちつけた父親には、溶けて髪がなくなった綺麗な頭と赤黒く染まった鼻をあげた。鏡で己の顔を見て発狂したかの如く叫んでいた。髪を引っ張られるという屈辱を味わわせてあげられなかったことが悔やまれた。
そうやって、私にした仕打ちがちゃんと彼らに返っていくように、いくつもの報いを受けさせた。
私自身は静かに大人しい子どもであるように見せた。
害を与えてくる人間への怒りは必死に抑えて過ごし続けた。
私に何かをすれば不幸な目に合うのだと思わせるには、思いの外時間がかかった。
皆もしかしてと思いつつも、そうだと断定することができなかったようだった。あの顔は、信じたくないと思っているようにも見えた。
現実と信じることが耐えられないほど、恐ろしいようなことだったか?人間が愚かで恐ろしい存在だということは、お前たちが体現しているだろ。
それとも、そんなに私を痛めつけたかったか?幼い子どもをストレスの捌け口にするのはそんなに楽しかったか?
報いを与えるにつれて悪夢に魘されるようになることも腹立たしい。まるで私が自分の行いを後ろめたく思い悩んでいるみたいではないか。
あらゆることに怒りは溢れてくるけれども、最低限のまともな生活を手に入れることができたからよしとすることにした。
双子の姉は何もしてこなかった。だから私も何もしなかった。姉は何もしないどころか、事ある毎に私に何かを与えてきた。
「持てるものこそ与え給えと言うのよ。だから私は皆にいろんなものをあげなくてはいけないけれど、リスノワールは持ってない人だから誰かに何かをあげたりしなくていいの」
この言葉を聞いて屋敷中の人間が、姉はなんて優しい子だと感動していた。馬鹿しかいないのか?双子の妹を当たり前に見下している人間が優しい?神経を疑う。
屋敷の人間たちは、姉は清らかで可憐で愛らしい令嬢に育っているともてはやしてた。
実際、姉は私に対して悪意は抱いていなかった。多くのものを持っている自分が何も持たない妹に与えることは当然のことだと信じて疑っていないのだから。
優しさというものへの価値観が違う。話が通じる人間は少なくとも邸内には存在しないのだろうと認識した。
両親が掲げた理想の娘は、従順で純粋無垢な美姫であり、それを姉で着実に実現させていることが心底気色悪かった。




