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5 穏やかな目覚め(2)


 その日の夜、リスノワールさんには自分の寝室のベッドで横になってもらって、僕はその隣に椅子を置いて座り、リスノワールさんを見守るつもりだった。

 リスノワールさんから、それはさすがにさせられない、一緒にベッドに横になろう、ベッドの大きさも踏まえて僕が嫌じゃなければ僕のベッドで寝ようと言われた。

 僕は思わず、嫌なわけがないと大声で答えてしまった。呪いがなければ、僕の顔は真っ赤だっただろう。

 寝顔を見てもいいかと尋ねた僕を、リスノワールさんは笑いながら見るだけならいいよと答えてくれた。

 横になったまま他愛のない話をしながら、リスノワールさんは静かに眠りに落ちた。

 リスノワールさんは僕が一晩中起き続けようとしていることをずっと心配してくれていたけど、実際同じベッドでリスノワールさんと並んで横になったらドキドキして眠るどころではなかった。

 寝顔まで見られるのだから、僕の心は大騒ぎだった。

 僕のそんな浮かれ心も、眠っているリスノワールさんの眉間にシワが寄る姿を見たら胡散した。

 僕が解呪の魔法をかければ、リスノワールさんの寝顔は穏やかなものにすぐ戻った。

 表情が歪み始めた時が悪夢を見始めている合図と認識して見つめていたら、その頻度の多さに心配になった。

 ただ、回数を重ねる毎に少しずつその間隔も広がっているようだったから、繰り返しかけている解呪の魔法にも意味があるようで安心した。


「ドゥマン?」

 寝返りをうって向こう側を向いていたはずのリスノワールさんと目が合った。

 僕は少しうとうとしていたのか。どうやら朝を迎えているようだ。

 リスノワールさんに優しく名前を呼ばれて目覚める朝だなんて幸せすぎる。

「おはようございます、リスノワールさん。目覚めの気分はどうですか?」

「おはよう。そうね…なんだか、不思議な気分なの。なんだか現実じゃないみたい。…ありがとう、ドゥマン」

「リスノワールさんのお役に立てたなら光栄です」

 リスノワールさんは少しだけボーッと僕のことを見た後、ゆっくりと身体を起こした。

 僕は、寝起きでどこかぼんやりしてる、いつもとは違うリスノワールさんの姿に、ドキドキしていた。リスノワールさんはふわふわした雰囲気をしていても可愛いんだ。

「ねぇ、ドゥマン」

「はい」

「抱きしめてもいい?」

「…ふぇっ!?あっ、はい!もちろんです」

 突然のことに混乱しながらも、急いでぼくも起き上がり両手を広げて待ち構える体勢を見せる。

 するするとリスノワールさんが近づいてきて、正面からしっかりと僕に抱きついた。

「ありがとう、ドゥマン」

「あ…お役に立てたなら嬉しいです…」

 抱きしめられてる。リスノワールさんに抱きしめられてる。ドキドキか喜びか、僕の心も身体も頭も沸騰するようで、起きている事実を反芻することに必死だ。

「あの」

「ん?」

 可愛い!今のすごく可愛かった…!ん?ってリスノワールさんも言うんだ…!

「抱きしめ返してもいいですか?」

「いいわよ」

 勢いで力が入りすぎてしまわないように、ゆっくりと僕はリスノワールさんの身体を抱きしめ返した。

 人の温もりを僕にも感じられる日が来るなんて。憧れるばかりで現実ではなかったことが、愛する人と叶った。

 リスノワールさんからもういいと終わりの合図がでないことをいいことに、使用人が朝食の知らせに来るまで、僕はリスノワールさんを抱きしめていた。その間、リスノワールさんもずっと僕を抱きしめてくれていた。




 お試しの1週間はあっという間に過ぎて、解呪の魔法を続けたいという僕の希望をリスノワールさんは受け入れてくれた。

 それから、リスノワールさんが僕を見る瞳に少しずつ甘さが加わっていくのを感じた。

 少しでも寝た方がいいと言われて、朝を迎えてから少し仮眠をとろうかと考えたら、リスノワールさんから膝枕を提案されて、その、甘えている。

 ドキドキしてたまらないんだけど、リスノワールさんが僕の身体が休めるように魔法をほんのりかけてくれたりして、少しずつ眠れるようになっていった。

 夜の就寝時も、リスノワールさんが魘される頻度が少しずつ減っている。


 ふと夢を見た。

 リスノワールさんが僕に身体を預けて眠っていた。

 気づいた時には身体が沸騰するかと思ったけど、これは夢だ、と唐突に気づいた。

 その瞬間、どこから現れたのかも分からない無数の茨が、僕の腕の中からリスノワールさんを攫っていった。

 僕はリスノワールさんを助けなければと、どこから取り出したのか分からない剣を持ってリスノワールさんを追った。

 茨を切り落とそうと剣を振り上げた瞬間、何故かこれは呪いだと気づいた。

 剣を降ろして、茨に向けて解呪の魔法をかけると、茨は少しずつ姿を消していった。

 僕の解呪に抗うように、新たな茨も次々と現れてきて、リスノワールさんを縛る茨を全て消し去るには時間がかかった。

 茨からリスノワールさんを取り返す前に、僕は眠りから冷めてしまった。

 すぐに確かめたリスノワールさんの寝顔が穏やかだったから、ホッとした。

 それから、僕は度々同じような夢を繰り返し見るようになった。


「私もね、ドゥマンが好きよ」

 寝る前にリスノワールさんがハグを希望するようになって、僕は今日も変わらず至福の時間を味わっていた。

 そんな中で、突然、前触れなく告げられた言葉に反応が遅れた。

「あの」

「愛しているわ」

 いや、前触れはあったのだろう。この時間だってそうだ。好意のない相手と寝る前にハグをして何になるんだ。リスノワールさんはそんなことをする人ではない。

 何よりリスノワールさんの呪いの解呪を進めることができている。茨の夢は恐らくそれだ。愛し合うことが必要条件だったリスノワールさんの呪いの解呪は不意に始まった。

「愛っていうのは気づいたら芽生えているものなのね」

「そうみたいですね」

「誰かを愛するなんて初めてだから、初めて知ったわ」

「はい…僕もです」

「じゃあ、初めて同士で、もう既に夫婦になっているから、私たちのペースで愛を深めていけばいいわね。急かす人がいたら無視をしてあげるわ」

 僕の胸を顔をうずめながら、リスノワールさんが楽しそうに言った。

 愛を深める。僕とリスノワールさんが、リスノワールさんと僕が、愛を深めていく。

 きっと、永い年月をかけて、お互い生涯をかけてやっていくんだ。

 その過程できっと家族も増える。愛する人が増えて、幸福も増えていくんだ。

 その頃には僕の呪いも解けているかもしれない。

 そんな未来を信じられる。

「僕も、愛しています、リスノワールさん」

 あなたに出逢えた人生に感謝します。




 何度見たか分からない茨の夢。

 愛する人が攫われ囚われる体験を繰り返すのは中々堪えるものがある。

 これは夢だと言い聞かせて解呪の魔法で茨を消す作業を何度もしてきた。

 リスノワールさんを取り戻す前に目が覚めてしまい、だけど現実ではリスノワールさんを抱きしめていることに気づき安堵する。

 呪いの状態を確認するために、僕のその夜の状況をリスノワールさんにも話している。

 僕の話を聞く度に、リスノワールさんは「ありがとう」と言って、僕をたくさん甘やかしてくれる。

 甘やかすというのは、夫婦的な触れ合いをして甘い時間を過ごすのが主だ。手を繋いだり、身体を寄せ合ったり、抱きしめ合ったり、少し刺激的な触れ合いをしたりと、ドキドキしながらもまったりと2人の時間を味わった。

 リスノワールさんが黒い肌に触れることを厭わずに僕の頬にキスをしてくれた時は、涙が零れてしまった。リスノワールさんは愛おしそうな瞳で僕を見てくれていた。

 毎日毎日幸せだ。生きる歓びをリスノワールさんが教えてくれている。

 気づけば僕の顔の闇が少し減っていた。僕の呪いも少しずつ解け始めている。


 ふと、次の夢で呪いが解けるとそんな予感がした。

 予感は的中して、リスノワールさんを捕えていた茨は美しい花々に変わり、リスノワールさんの身体から離れて、辺り一面を花畑に変えた。

 眠る身体を支えていた茨が消えて、そのまま倒れ込みそうになるリスノワールさんの身体を、僕は急いで抱えた。

 ようやく、夢の中のリスノワールさんを取り戻すことができた。

 安堵共に目が覚めた。

 いつもなら眠っているリスノワールさんも目を覚ましていた。

「呪いが…解けた…?」

「そうみたいです」

「っ…!!」

 リスノワールさんの目が潤んでいく。喜びだったり安堵だったり、悲しい涙ではないことがなんとなく分かる。

「ありがとう、ドゥマン」

「リスノワールさんが苦痛から開放されたなら、僕も嬉しいです」

 僕の方こそ感謝している。この解呪はぼくたちが愛し合っている証明にもなった。

 リスノワールさんの眼差しは僕の勘違いではない。

 生きる歓びを感じることで僕の呪いは少しずつゆっくりと解けていく。

 リスノワールさんと再会する前に口元まで届いていた顔の闇は、鼻の下辺りまでに減った。


 

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