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2 忌み子の悪女


 リスノワール嬢は、この4ヶ月弱の間、冒険者として生活をしていたらしい。

 魔法で容姿を変えて見せて、正体を隠して冒険者ギルドに登録しているそうだ。

 住まいは宿泊施設を利用し続けている。

 冒険者ギルドを通して、リスノワール嬢に手紙を出した。僕とリスノワール嬢の婚姻が成立したことを説明して、今後について話をするために会いたいと書き伝えた。

 手紙を出した翌日には、こちらの要望に応じて会ってくれるという返事が来た。


 話し合いの場所には、個室のあるレストランを選んだ。

 約束の時間に現れた女性は、肩までの長さの栗色の髪に真っ黒な瞳の、ふわっとした印象の顔立ちをしていた。ダリア嬢とは全然違うけれど、魔力に覆われているから魔法で変装しているというのが分かる。

 仮面をつけている貴族として僕はある程度有名らしいけど、リスノワール嬢と思しき女性は僕を見ても平然としていた。やっぱり、リスノワール嬢が僕の本当の救いの女神なんだと思うと、喜びなのか緊張なのか分からないけど、心臓が痛くなる気がした。

 僕から正体は分かっているから、魔法で容姿を変えたりせずに向き合わせてほしいとお願いをした。リスノワール嬢は淡々と「分かりました」と言って魔法を解いてくれた。


 目の前に現れたのは、凛とした美しさと強さを併せ持った女性だった。

 長い髪の色は、人々の心を癒やすような柔らかな光を灯すプラチナピンク。

 瞳の色は、太陽の陽射しに劣らぬ心強さを与えてくれる輝きを持つ金色。

 纏う空気はまるで違うけれど、その顔立ちはダリア嬢とよく似ていて、双子ではないと言われる方が信じられないほどだった。

 この人が僕の本当の救いの女神。

 嗚呼、心臓が痛い。落ち着いて、落ち着いて話さなければ。この人に、情けない人間だと思われたくない。

「お久し振りです。フォール辺境伯家当主ドゥマン・プリエール・ドゥマンと申します」

「お久し振り…とは、私は社交界に出たことがない身ですが、どこかでお会いしたことあるのでしょうか?」

「はい。王太子の12歳と18歳の誕生日パーティーの2回だけですが、フラグメント嬢もそのパーティーにご出席されましたよね?」

「そのフラグメント令嬢というのは姉のダリアのことではありませんか?双子ですから、顔立ちはよく似ているのですよ」

「いえ、私が出席したその2回のパーティーには、ダリア嬢を私に会わせないためにリスノワール嬢がダリア嬢の名で参加した、とフラグメント侯爵から聞いております。その2回以外に僕も社交界に出たことはありません」

 リスノワール嬢はどこか驚いたようで、少しだけきょとんとしたようだった。可愛い。ドキドキする。

「そう…知っているの…。そう言えば、私は名乗ってなかったわね。私はフラグメント侯爵家の次女リスノワール・フラグメント、世間で聖女だと持て囃されてる双子の姉ダリアとは違って、悪女と呼ばれ、不吉な双子の忌むべき妹よ。社交界に合わせた対応は慣れていないから、取り繕うのはやめさせてもらうわ。あなたもどうぞご自由に」

「僕はこの話し方に慣れているので、このままでお話します」

「そう」

 取り繕わないと言ったリスノワール嬢が纏う空気は優しげなものだった。くだけた雰囲気にも感じられて、心を許してくれたのだろうかと期待したくなる。

 でも、世の中はそんなに甘くはないから、気を抜いたらいけないんだけど。幸せを手に入れることは簡単ではないから。でも、僕の女神様が今目の前にいて、気持ちが昂ぶらないはずがない。


「それで、私と卿が結婚したのは本当?」

「はい。国王陛下から賜った婚姻証明書を持ってきました」

 僕たちの結婚が嘘ではないと信じて貰うために持ってきた証拠をテーブルの上に置く。重要書類を無防備な状態にするようなものだけど、国王のサインが入った書類は、他者が容易に破棄できないように守護魔法がかけられているから、一応は安全だ。

「本当に結婚が成立してる」

「はい。…リスノワール嬢に何の断りもなく申し訳ございません」

「私の扱いなんてそんなものよ」

 リスノワール嬢は淡々とただ事実を受け入れるように言った。怒っていないのだろうか。リスノワール嬢は怒っていいはずだ。

 本人のいないところで婚姻が勝手に成立しているなんて酷い話でしかない。政略結婚だって、本人不在のまま婚姻まで済ませるなんて普通はしない。その普通ではないことを僕が引き起こしてしまった。

「卿は何で私と結婚したの?あなたが結婚したかったのは聖女と呼ばれる姉よね?」

「あ…いえ…それは、僕は、参加したパーティーで僕に優しい声をかけてくださった方と結婚したかったのです。パーティーの出席者はダリア嬢と伺ってたので、勘違いをしたまま婚約を申し込んでしまいました」

「それで、真実を知って私に婚約の申込みをし直したのね」

「そうです!!」

 思わず前のめりに返事をしてしまった。僕の勢いにリスノワール嬢が一瞬目を見開いた。みっともなかったかもしれない。

「分かった。あの時会った人と結婚したいというのは、理由として不自然なわけでもないし、私と結婚したかったという話は受け止める。既に成立しているものは仕方ないしね」

「あっ、ありがとうございます!」

 よかった。僕のリスノワール嬢を好きな気持ちを受け止めてもらえた。よかった。本当によかった。

 やっぱり、僕の女神様は優しい人なんだ。


「その、僕からリスノワール嬢に質問してもいいですか?」

「いいわよ」

「リスノワール嬢はダリア嬢の代わりに僕の婚約者として、フラグメント侯爵家を出てフォール辺境伯家に向かったと聞きました。けど、実際に辺境伯邸に来なかったのは何故ですか?」

「聖女と謳われる姉と結婚したいと言ってるのに悪女として名を馳せている妹が来たら、普通はどう思う?私、好き好んで自ら憎悪の感情を向けられに行ったりはしないの」

「そんなっ……いえ、何でもありません」

 憎悪は言い過ぎだと思った。でも、フォール邸の皆は僕に優しくて、僕が想い人と結婚することでこれまでの苦労が報われると心から祝福してくれていた。だからこそ、期待と違うことが起きた時、言いようのない怒りに駆られることだってあり得る。

「私の登場に喜べるのは人違いを知った今だから。当時私が現れたところで、あなたの屋敷の誰一人として私を歓迎しなかったんじゃない?」

「……はい、否定できません」

「納得できた?」

「納得はしました。…それと、自ら行方不明になることを選ぶその胆力に驚きました」

「…純粋無垢で優しい姉にはないものよ」

 リスノワール嬢は不敵に言った。その笑顔に胸がくすぐったくなった。本物の好きな人を前にすると、こんな感覚になるのか。想像だけでは分からなかった。

 長い間、頭の中で思い描いてきた僕の女神の笑顔とは雰囲気が違うけど、幻滅とか落胆するような感覚は一切沸かない。本物のリスノワール嬢が僕の想像以上に魅力的な人だいうことだろう。

 きっと、これから先の僕は、数え切れないほど繰り返しリスノワール嬢に心惹かれるんだ。


「あなたこそ行方不明の人間と結婚だなんて、中々できることではないわ。それとも、本当は私の居場所がずっと分かってたのかしら?」

 気安い様子でリスノワール嬢が話しかけてくれる。嬉しい。少しでも気を許してくれたのだろうかと期待してしまう。

「いえ、調査をして、居場所が分かってすぐに手紙を送りました。ご令嬢の居場所を把握できたのは婚姻が成立した直後です。このような状況でも婚姻が早く成立したのは、僕達の結婚を王妃様や多くの貴族が後押ししてくれたからです」

「へぇ。そんなことってあるのね」

「王妃様は純粋に応援してくれたそうです。でも他の方は…、王太子殿下と共に留学をしているジョルジュ・プレヌ公爵令息が、帰国次第リスノワール嬢に正式な婚約申込をするという噂があって、この婚姻はプレヌ公爵家との繋がりを望む貴族達にとって都合がよかったのです」

 多くの令嬢が憧れる縁談の話がリスノワール嬢に本当は挙がっていたことを正直に話す。

 こういうことはきっと死ぬまで隠し通せることではない。早めに決着をつけていた方がいい。後から知ったリスノワール嬢に、プレヌ公爵令息と結婚したかったなんて言われたら、そんな反応を少しでも見せられたら、それで恨まれでもしたら、生きていける気がしない

「そう。…あなたとこの婚姻に協力してくれた方達に感謝するわ」

「え?」

「あなたが早くに私に結婚を申し込んでくれてよかった」

「!!ほっ、本当ですか!?リスノワール嬢はプレヌ公爵令息と結婚したいと思いませんか?」

「思わないわ。過去に会ったことはあるけど、もう二度と会いたくないと思ってる相手だから。そんな最悪な縁談の話を防いでくれたのなら、あなたとの結婚は本当にありがたい話よ」

 リスノワール嬢は真剣な面差しで、今日始めに顔を合わせた時よりもどこか暗い雰囲気を漂わせた後、もう一度笑顔を見せてくれた。

「そっか…それなら、よかったです」

 本当によかった。ご令嬢から大人気だと有名なプレヌ公爵令息を遠ざけたいと思っている人がいるなんて想像もしてなかった。なんだか、リスノワール嬢と僕は運命の人だったんじゃないかって、夢見がちなことを思いたくなる。



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