11 明日も晴れの日
「すごい。占い師様から手紙が届いた」
「占い師様って、あの王族お抱えの?」
「そう、王族お抱えの」
夫婦のベッドで横になったままのリスが不思議そうな顔をしている。そんな無防備なリスのシーツから覗く美しい肌に吸い寄せられそうになるのをひっそりと自制する。リスが甘やかしてくれたとは言え、僕のせいでベッドから起き上がれなくなってるのは確かなんだから。今夜まで我慢だ。
僕が弱音を吐いて以降、リスはダリア嬢に会いに行く頻度をグッと減らした。痣のない自分と同じ顔を見るのは、ダリア嬢の価値観では苦痛かもしれないと薄々気づいていたけれど、引き際を見つけられなくなっていたとリスは話した。
今は、諸事情で引退した元冒険者の女性を護衛として雇って、ダリア嬢の話役になってもらっている。お世話係りには、子育てが一段落して働き口を探していた女性を数名雇った。ダリア嬢の事情はリスから話している。みな同情して、新たな命と共によくしてくれている。気力も少しずつ回復しているらしい。僕個人の感情としては複雑だけれど、新たな領民と捉えて対応することにした。何より、リスが安堵できていることが重要だ。
「手紙は何が書いてあるの?」
「えっと…結婚と解呪のお祝いがあって、神殿に来て女王陛下に会ってほしいって…!」
世界戦争の英雄、建国者シェリル女王陛下。神殿に眠り、盟友アムール様の魔力によって、霊体となって国を見守り続けている偉人。拝顔を許されているのは、極一部の人間だけだ。
盟友アムール様は、歴代最強の魔法使いで、何度も生まれ変わっては“占い師”の呼び名で神殿やこの国を護ってくださっている生きる伝説だ。ただ、政治には極力関わらないよう、女王陛下から制限はされているらしい。
「…それと、僕たちに神殿で結婚式を挙げてほしいとも書いてある…」
「…すごいわね。私たちって占い師様にそんなに認められてるんだ。女王陛下が未婚だったからって、神殿での挙式は王族でも認められてないでしょ?」
「うん、そう聞いてる。どうして占い師様はこんなことを…」
「私たちって言うか、魔物被害を減らしてるドゥマンへの感謝とお祝いかもね。呪いのこともあって私たちは風当たりが強いけど、神殿が受け入れてる御仁なら誰も邪険にはできないから、ありがたい話ね」
リスと結婚して1年を待たずに僕の呪いは解けた。僕の瞳の色が父親と同じ淡いブルーだったと確認できた時、そして髪や肌から闇深い黒が消えた時、歓びや感動で涙が溢れた。
僕たちの呪いのことは元々公表はしていない。僕の呪いは、プリエール公爵家に代々続いていて事実が歪みながら有名になったもので、今更正しい理解を促すことも難しかったし、解呪できたことも態々大勢に知らせることはしないことにした。リスの呪いは、そもそも世間に知られていないし、悪評も呪いが原因で広まっていたものだけど、それも態々訂正しないことをリスは選んだ。
だから、僕たちの世間的評価はよくないまま。でも、フォール領で暮らす限りはそれでもかまわないと考えていた。王妃様という心強い味方がいることも分かっていて、いざという時は頼れる人も居るから。そんな中で、ここに神殿が味方となってくれるなら、安心感が増すのは確かだ。
結婚式を挙げることはちょうど計画を立て始めるところではあった。領地で挙げるつもりだったけど、この国で最も神聖で特別な場所である神殿で、リスと僕の結婚を祝福してもらえるのは純粋に嬉しい。
「占い師様がこう言ってくれてるし、僕としては話を受けて神殿で結婚式を挙げたいと思うんだけど、リスはどう?」
「いいわよ。一生の思い出にしたいものに特別な要素が加わるのはわくわくするから」
「じゃあ返事にはそう書いておくね」
前回の王都滞在が予定より短かったから、また改めて行く予定ではあったけど、結婚式をあちらで挙げることを考えると、長期滞在を計画した方がいいな。
プリエール公爵家にも行かないといけない。跡取りの件について、僕自身は断ることを伝える必要がある。受けるとしたら、リスと僕の子どもに継いでもらう。これから産まれてくる子どもたちの将来の行き先の候補が多いに越したことはない。それまでに弟が公爵家当主の器を持つことができたなら、弟が継げばいい。
「そうだ、王都でも仮面を被ってていいかな」
「いいんじゃない」
「結婚式も?」
「衣装に合わせて新調しなきゃね」
呪いが解けた後しばらくは、顔の不気味さがなくなったからと僕は仮面を外して過ごしていた。
そうすると、僕の顔に見惚れているだろう人がちらほらと現れた。頬を染めて近づいてくる人もいる。
そんな人々の様子に早々に嫌悪感が沸き上がってくるようになった。容姿で態度が変わる人がいることは分かってはいたけれど、その現実を実感させられて人間不信になりそうな重い気分になった。
結局僕は、呪いが解けてもリスの前以外では以前と変わらず仮面を着けて過ごすことにした。どうせ解呪を公表するわけでもない。解呪できてないと思われてもかまわない気がする。
辺境伯領で過ごしていてこれなんだから、王都ではもっと酷いことになるんだろう。社交というものが、またしばらく耐え難いものになるのは避けたかった。
「ドレスも王都で作った方がいいかしら。私が頼むだけでは受けてくれなくても、占い師様や王妃様に頼んで一言添えてもらったら国中どこのデザイナーでも引き受けてくれそうね」
「あの、僕としては王都と領地の両方で結婚式を挙げたいなぁって思うんだけど」
「じゃあ、領地で挙げる式のドレスは領地で作ったらいいわね。…あ、私たちの衣装がたくさんになってもいい?」
「うん。リスの綺麗な姿たくさん見たい」
「ドゥマンのかっこいい姿も楽しみにしてるわ」
愛する人が僕を見て微笑んでくれる。共に在る未来を穏やかな気持ちで話し合える。この幸せを忘れずに居続けたい。呪いが解けた今は何でもできるような気さえしてくる。
永い間夢に見ていたたくさんの幸せな景色に、この先何度でも出会えるという確信があった。
今回のお話の登場人物の名前は主にフランス語から引用しています。
主人公の名前は“ドゥマン”は、生まれてきた子が呪いを受けていると分かった公爵夫妻が、事前に考えていた候補をやめて『いつまでも素敵な“明日”が訪れるように』『“明日”を待ち望む日々を送れるように』という願いを込めてつけました。
主人公が辺境伯位を継ぐ時、公爵夫妻は『大切な人の幸せを“祈る”』の意で得た“プリエール”公爵の名を、その意味通りの想いで引き続き名乗らせました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




