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1 勘違いした初恋(2)


 気が付いた時には公爵家のベッドの上だった。

 顔の闇は口元まで広がっている。鏡を見なくてもなんとなく分かった。

 憧れ続けてきた人に拒絶されて、生きる気力を失って、数日間動くことができなかった。

 両手の話によると、ダリア嬢とフラグメント侯爵夫妻は、僕の弟が屋敷に訪れると思って歓迎しようとしていたらしい。僕と顔を合わせるのは、天地がひっくり返ってもあり得ないと言っていたそうだ。


 ダリア嬢が生きる希望だった。その希望が砕け散ってしまった。

 ただベッドの上で横になっているだけ。目の周りが濡れているのを感じる。何もしていなくても涙は勝手に流れていくと分かった。

 時間の感覚はよく分からなかった。使用人がカーテンの開け閉めをするから、空の明るさだけはなんとなく分かった。もう、どうでもいいことなんだけど。

 飲食も拒んでいれば、このまま消えてなくなることができるのではないかと思った。

 でも、優しい両親はそれを望んでなくて、僕は医者の魔法によって生かされていた。


「ドゥマン、あなたに聞いてほしいことがあるの」

 ある日、父母がベッドの横に座って話しかけてきた。

 フラグメント侯爵家について、きちんと調べ直したとのことだった。


 フラグメント侯爵夫妻には双子の娘がいる。

 双子の姉の名前はダリア。

 心優しくて美しく、聖女と呼ばれている。

 陽の光を浴びて美しく輝くプラチナピンクの髪と太陽のように煌めく金色の瞳は、貴族令嬢達の憧れの的となり、ダリア嬢を想起させる宝飾品は流行の品となった。

 慈愛に溢れるその微笑みで、いつも皆の心を癒やしている人。


 双子の妹の名前はリスノワール。

 容姿は姉に劣り、傲慢で暴力的な悪女と呼ばれている。

 赤い髪を揺らして、下級貴族を怒鳴り、熱い紅茶を浴びせて火傷を負わせ、高笑いをしていた。

 ふくよかな掌で、粗相をしたメイドの頬をぶって、衣服をナイフで切り裂いた。

 長い黒髪と痩せ細った青白い身体という化物のような姿で、奴隷を引き摺り踏みつけていた。

 反抗した執事を、鋭い目つきで金切り声を上げながら鞭打って、傷だらけにして見せ物にした。

 豊満な躰で数多の男性貴族を誘惑しては、同時に何人もの紳士と枕を共にしていた。

 死人のような白髪と浅黒い唇の姿で、人々を恐怖で支配しながら騙し、金銭を奪いあげた。

 これら全てがリスノワール嬢のことを示した噂として、調査の中で挙げられた言葉だったらしい。どう聞いても1人の人物を指しているとは思えない。

 これだけの噂話が挙げられているのに、そのどれもが実際にリスノワール嬢の姿を目にして語ったものではなかった。フラグメント侯爵家の系譜の者を除いて、誰かからそう聞いたと語る人しかいなかったらしい。

 リスノワール嬢が人前に出たのは2回だけ。その2回は、僕が参加した王都のパーティーだった。醜い僕にダリア嬢を会わせないために、リスノワール嬢をダリア嬢としてパーティーに出席させた。侯爵夫妻がそう白状したとのことだ。


「ドゥマンが会ってお話したのはダリア嬢ではなくリスノワール嬢だったのだ」

「リスノワール嬢は悪女と呼ばれているけれど、悪女らしい振る舞いを直に見た人はいないわ。きっと本当は優しいお嬢さんよ」

 リスノワール嬢とダリア嬢は双子。リスノワール嬢の容貌はダリア嬢とよく似ている可能性が高い。リスノワール嬢の容姿は、噂のどれもが間違いで、あの日僕が見た姿が真実なのだろう。

 両親はリスノワール嬢との婚約を勧めた。

 元々勘違いで姉に婚約を求めて、あっさりと妹に鞍替えをするのだから、リスノワール嬢からは酷い男だと思われるかもしれない。けれど、リスノワール嬢はきっと優しい女性だから、話せば分かってくれるはずだ。

 両親はそう話した。

 僕の救いの女神が幻じゃないのなら、本物が居てくれるのなら、今度こそ会いたい。

 側に居てくれるという夢が叶うのなら叶えたい。

 頑張って生きようと思える。


 けれど、リスノワール嬢は現在行方不明らしい。

 僕からダリア嬢への婚約申し込みを受け入れられなかったフラグメント侯爵家は、3ヶ月前、ダリア嬢の代わりにリスノワール嬢を婚約者としてフォール辺境伯領へ送った。供も馬車も何もつけず、その身一つで送り出したのだと。

 リスノワール嬢が心配で堪らない。

 フラグメント侯爵家は、リスノワール嬢は無事であると言い切っている。

 何故無事だと分かるのかと問うたら、分かるものは分かるのだと言われたそうだ。

 本当に無事であってほしいと、心から願った。


 リスノワール嬢の安否調査を開始すると共に、リスノワール嬢との婚約申し込みをフラグメント侯爵家に送った。

 今度は二つ返事で了承の返信が届いた。

 王家にも申請を出し、一週間という速やかな日程で、婚約を超えて正式な婚姻を成立させることができた。当事者であるはずのリスノワール嬢は一切関与しないままに、僕たちの婚姻関係は結ばれた。この結婚は、当人たち以外の大勢の貴族たちの政治的思惑が働いたものとなった。

 なんでも、王太子と共に海外留学をしている公爵令息もリスノワール嬢との婚約を希望していて、公爵家との繋がりを欲している貴族達が後押しをしてくれたようだ。

 公爵令息は、ご令嬢方にとても人気がある人物でもあるらしい。公爵令息に望まれたら間違いなくリスノワール嬢は、公爵令息との結婚を望むから、先に僕が結婚しておかなければいけないと説得をされた。

 リスノワール嬢本人のいないところで、勝手に夫婦になるなんてよくないと分かっていたけれど、リスノワール嬢が他の人と結婚するなんて想像することだって耐えられなくて、僕はリスノワール嬢が不在のまま婚姻契約を成立することを了承してしまった。

 多くの人に都合のいいように利用される形で僕とリスノワール嬢の婚姻は成立した。

 両親からは、王妃様もこの婚姻を後押ししてくれたと説明された。事情を話したら、僕とリスノワール嬢を結婚させるべきだと強く賛同してくれたそうだ。

 長年の想い人との婚姻が成立したと言うのに、純粋に喜んでいいのか分からなかった。。

 婚姻が成立した後は、すぐにフォール辺境伯領に帰った。とにかく早くリスノワール嬢に会いたかった。

 一週間ほどして、リスノワール嬢の居場所を突き止めることができた。

 僕はすぐにリスノワール嬢に会いに行った。


 

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