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10 守護者の巡廻(??視点)(2)


 第二の目的地は見るも無残な姿という言葉がよく似合っていた。

「平民街を見て回ってきたが、領主邸が領地の中で最も荒れた場所になったのではないか?」

 ある日突然、土地を統べる一族の者たちが一斉に屋敷に籠もって社交界はおろか人前にすら姿を見せなくなったフラグメント侯爵家。

 主人が引き籠もって半年ほど経ったとは言え、少なくない数の使用人は変わらず居るというのに、屋敷の整備清掃が追いついていない。門の外から見ても荒れ果てているのがよく分かる。侯爵邸とは到底思えない無残な様だ。

 雑草に覆われているのではない。門の外からあれやこれやと投げられたようだ。侯爵の身分の者がこのような仕打ちを受けることはそうそうない。人々の怒りがありありと伝わってくる。それだけの罪をフラグメント侯爵家一族は犯してきた。

「君たちが門番だな。このような状況でも職務を全うする姿勢は好ましい」

「?あ、ありがとうございます…」

「当主に占い師が来たと伝え、俺の入場の許可を得て来てくれないか?」

「っ!!占い師様!!かしこまりました!!」

 門番の一人が急いで邸内に駆けていった。残った者は俺に頭を下げて続けている。そういうのはいらないと言っておいた。


 フラグメント家の屋敷の中は一応掃除はされているようだ。十分に行き届いているとは言えないのは、広い屋敷に見合うだけの人手が足りていないのだろう。

 痣のある使用人がちらほら目に入る。奴らもか。

 接待の場所として侯爵夫妻は応接室で待っているらしい。執事に案内をされた。部屋に入って目に写った姿は客人を迎える姿勢とは思えないものだったが。

「やぁ、フラグメント侯爵夫妻。久しいね。令嬢が生まれて以来だから、20年は経っているか」

「占い師様!!あの女を!!リスノワールを呪い殺してくれ!!」

「あれのせいで私たちはこんな醜い姿になったのよ!!やっぱりあれは忌み子だったのよ!!」

 全身青黒くなり、一目では人間だと把握し難い者が2人、俺の足に縋りつき懇願の声を上げる。顔の肌も青黒いから、どんな表情をしているのかは分からない。見えたところで、どうせ気分のよいものでもない。

「君たちの現状は君たちの責任だ。人のせいにしてはいけない」

「忌み子が俺たちを呪ったんだ!!」

「呪い返しの話はきちんとしただろ。忘れたのか?フォール辺境伯夫人は俺がかけた呪いを解いたんだ。だから、夫人に呪いを願った君たちに呪いが返ってきた。ただそれだけのことだ」

 俺の説明を聞いて、侯爵夫妻はわなわなと震える。

「あれの呪いを解くには愛が必要と仰っていたじゃない!!呪いが解けるなどあり得ないわ!!」

「あんな呪われたやつを愛する馬鹿などいるものか!!それに、占い師様は呪い返しを受けてないではないですか!!」

「フォール辺境伯夫妻は仲睦まじい夫婦と有名だよ。その睦まじさは偽りではない。2人がきちんと愛し合えるように、夫人には申し訳ないけど重めの呪いにしていたのだ」

 赤ん坊の呪いを依頼された時はどうしたものかと思ったが、視れば素晴らしい可能性を持っている子だったと解り、内心高揚していた日が懐かしい。侯爵夫妻が赤子をすぐに殺さず、呪いをかけることを企んだことを褒めてやりたくなったほどだ。

「?どういう…?」

「それに、呪い返しなら僕も受けている。まったく、フォール夫人の精神力には感服するな」

 わけも分からず、苦しいばかりだったはずなのに、よく耐えてくれた。おかげで国の掃除ができる。

「君たちは生まれたばかりの赤子に呪いをかけるよう俺に依頼してきたね。俺は依頼通り赤子に呪いをかけた。もちろん今世の内に呪いが解けるように調整した上でだ」

「なっ、なぜ…なぜ、呪いが解けるようにしたのですか!?」

「女王陛下が愛するこの国を私利私欲で腐らせていくお前たち一族を排除するためだよ」

 フォール夫人が背負わされた悪評の数々は、若い娘が1人で罪を犯すには到底無理な質量だった。下位の者への暴力を始め、人身売買、麻薬密売、詐欺等と、一族がかりで罪の限りを尽くしやがった。

「喜びな。お前たちの悪行はようやく白日の元にさらされる。残りの人生はその報いを受けるために身を捧げるのだ。しかし、重ねてきたその罪の重さは、とうてい今世で償い切れるものではない。魂が擦り切れるまで贖い続けるといい。輪廻はもう出来上がってる」

 ちょっと声に力が籠もってしまった。いけない、いけない。咳払いをして誤魔化し切り替える。

「安心しろ、死刑にはさせない。生きて贖うんだ。残りの人生、その先も存分に楽しむといい」

 俺の言葉を理解するのに時間がかかったのか、しばらく呆けていた侯爵夫妻は、俺が応接室を離れてから再び騒ぎ始めた。

 フラグメントには恨み言を言いに来ただけだ。用は済んだから、さっさと御暇しよう。


 

 

 その呪術師は、フードを目深に被り、教会で身体を丸くして必死に神に祈りを捧げていた。

 司祭に依頼して、今は祈りの間には他の者を遠ざけさせている。こいつの罪を大勢に知らしめたいが、それをすれば混乱が生じる。誰かが幸福になれるわけでもない。

「歴史的呪いがとうとう解けるようだな」

 俺の声かけに、その呪術師はビクリと身体が跳ねる。恐る恐ると振り返って見えた表情は、怯えがあった。

「何の…ことでしょうか…?」

「今世の名はコンプター・サー、初代プリエール公爵に呪いをかけた呪術師よ」

 呪術師は顔を青くして震え出した。己の正体を知っている誰かが居るなど、想像もしなかったのだろう。

「叶わぬ恋心に狂った令嬢がかけた呪いによって、初代公爵はプリエール家の人間として生きる輪廻に縛られた。何度繰り返しても、呪いを纏って生まれ、人生に絶望する少年は本当に哀れだった。呪術の制約は俺にも干渉できないからな」

 魂が唯一愛する相手に再会することも叶わず、いつの世も若くして儚くなっていた。俺が唯一、何もしてやれないと歯痒さを感じていた魂。

「呪いをかけてすぐお前は投獄されていたな。そして牢獄の中で、自分と愛し合えば呪いは解けると繰り返し訴えていた。自分に呪いをかけた相手を愛する人間などいるわけもないだろ。現に、お前は今世で初代公爵の転生者であるフォール辺境伯に見向きもされなかった」

「なんで…そんなに…知って…」

「フォール辺境伯夫人は、かつて初代公爵が生涯唯一愛した人だ。ようやく再会し結ばれたのは本当にめでたい」

 一途な魂は嫌いじゃない。フォール卿の魂の呪縛はもうすぐ解かれる。あの2つの魂は、生まれる場所を変えながら、この先もお互いを愛し続けるだろう。

「呪い返しは『死』。お前はフォール卿の呪いが完全に解ける日が近づいていて脅えている。信心深さの欠片もなかったにもかかわらず、毎日教会に足を運んで祈りをささげるほどにな」

 自身と愛し合った末の幸福ならば、呪い返しを免れるという制約。どれだけの自信があったら、こんな呪いを行使しようと思えるんだか。

「前世の罪によりお前はようやく転生できた身だが、フォール卿はその間に呪いに縛られた生を繰り返している。魂が擦り減り傷ついてきた業は、きちんと罪としてお前の魂に還る。その罪の大きさは今世の死では到底贖いきれるものではない。お前はしばらく人間として生まれてくることはない」

 呪術師が恐ろしいものを前にしているかのように、俺を見て震えている。多少口調が強くなっていたかもしれん。いや、こいつは元々死に脅えていたか。

「な、なぜ、そんなに怒っているのですか?他人の恋なんて、占い師様にはどうでもいいことですよね?」

「フォール卿はいつも優れた能力を持って生まれてきた。この国に変化をもたらす可能性のある人間だった。だが常に、呪いの影響で絶望に陥り、その才が発揮されることはなかった。お前がかけた呪いのせいで永い間、国益が損なわれ続けてきたんだよ」

 初代プリエール公爵は、傷だらけのシェリーの姿を見て、心からの畏敬の念を損なわなかった希少な人物だった。愛する者と共に神殿に足を運び、シェリーや俺の話に楽しげに耳を傾ける姿は微笑ましかった。

 このふたりなら、国の忌まわしき文化を変える一助になってくれるかもしれないと期待した。しかし、それは叶わなかった。

 シェリーを蔑んだこの国の人間どもを変える機会が失われ続けてきた。悔しいという言葉では足りないほど、怒りが積もっている。俺が輪廻を巡っている間にとんでもないことをしでかしてくれたものだ

 俺の手で何かしてやりたいが、それは私的な報復にしかならない。俺の魂がシェリーの元に還れなくなる。本当に、この世は腹立たしいことばかりだ。

「私は、あの方と結ばれたかっただけなのに。私が一番誰よりもあの方を愛しているのに」

「因果応報だ」

 こいつの前世の死の間際に、来世で好き勝手できないように縛りをかけたのは正解だった。辺境伯夫妻が結ばれるまでに、余計な時間がかからずに済んだ。

「占い師様は何故私に会いに来られたのですか?私を救ってくださるのですか?」

 自棄になった様子で呪術師が質問をしてきた。厚かましいことを言う。これまで言葉で、俺が好意的感情を抱いていないことなど分かっているだろうに。

「お前の死体を回収しに来た」

「っ!?」

「世話になった相手が亡くなったと聞けば、フォール卿はお前を丁寧に埋葬するだろう。俺はフォール卿にそれをさせないために来た」

 未熟な呪術師が泣き喚いて暴れようとしたが、縛りが効いて、身体を地面から離すことができずもがいている。

 早ければ明日にでも、俺はシェリーの元へ戻り始めることができるだろう。



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