9 願ったいつか(1)
リスの希望で、あの日はそのままダリア嬢をフォール家の王都邸に連れ帰って、予定よりも早くフォール領へ戻った。
侯爵家からダリア嬢を連れ出すにあたって、ダリア嬢自身の意志はきちんとは確認できていない。ダリア嬢は気力とか諸々を失ってしまったように茫然としていて、何かを判断するなんてことはできる状態ではなかった。
フラグメント邸では、痣ができたダリア嬢を使用人たちが気味悪がって、おざなりな奉仕になっていたようだから、健康面等を考えたらそれがよかったのだろう。
フラグメント侯爵夫妻に一言断りを入れたかったけど、2人とも領地に居るためすぐには確認できなかった。代わりに、執事に確認をとったら、侯爵夫妻はダリア嬢が出ていっても気に留めないだろうから大丈夫だと思うという返答だった。
領地に戻る際、王都に残ると言ったダリア嬢に対して、侯爵夫妻は『お前のような醜い娘はいらない。好きにしろ』という告げていたらしい。どこまで本心で言ったのかは分からない。
事後報告になってしまうけど、手紙を送って知らせることにした。
ちなみに、プリエール公爵家の後継についての返事は、保留にして領地へ帰った。
フォール領に戻ってからは、ダリア嬢には、数代前の領主が休日を楽しむ用にと建てた別邸で暮らしてもらっている。本邸に住むというのは使用人たちが猛反対した。僕もダリア嬢と同じ屋敷で暮らすことにあまり気は進まなかったから、多数決ということでそう決定させた。
リスはあれからダリア嬢につきっきりになった。
つきっきりとは言っても、夜には僕のところに帰ってくる。でも、寝る以外のほとんどの時間をリスはダリア嬢と過ごしている。元々、僕も執務や訓練があるからリスと常に一緒に居られるわけじゃなかった。それは分かっているんだけど、なんだか最近はあまり一緒に居られていないという気分になってる。
ダリア嬢の看病で疲れているリスに無理をさせられないから、ただ抱きしめて眠る夜が続いている。眠る時に抱き締めることを許されているのだから、夫婦仲はどう考えても良好だ。これだけなんて考えるのは、僕が欲深いからだ。
僕たちの間で、悪いことは何も起きていない。
リスと僕とでは、ダリア嬢の価値が全然違うのも仕方ない。
血を分けたきょうだいを大切にするというのは、ごく自然なことだ。
何も悪いことなんてないのに、リスがダリア嬢にとられてしまったようなそんな想いが何故か僕の中に手沸き上がってくる。
リスにダリア嬢の所へ行かないでほしいなんて言ってはいけない。リスがダリア嬢の元に行ってしまうのが嫌だなんて思ってはいけない。
醜い感情なんて持っていいはずがない。
*
領内で魔物の群が発生したという報告が上がった。調査兼討伐のために、隊を編成して赴くことになった。
少なくとも1週間は僕は屋敷を離れることになる。
再会してから毎日共に暮らしていたから、こんなにリスと離れることになるのは初めてだ。落ち着かない気持ちは不安だろうか。
出発の時、リスがお見送りをしてくれた。気をつけてと僕のことを案じてくれた。無事に帰ってきたいとこれまでの討伐でもいつも思っていたけれど、今回はより強く思った。
魔物討伐は特別大変なことはなかった。領民の安全対策も上手くいっているようで、被害も少なく、討伐も滞りなく進んだ。
屋敷に帰った時、リスの出迎えはなかった。ダリア嬢の元で疲れて眠ってしまっているらしい。
早馬で知らせはしたけど、予定より早く帰ってくることになったから、リスへの伝達が間に合わなかったのかもしれない。知っていたら、きっと出迎えようとしてくれたはずだ。
使用人たちも毎日ダリア嬢のお世話で大変なリスを労ってくれたのだろう。討伐隊の無事の帰還はよい知らせであって、火急の事態ではない。
誰も悪いことなんてしていない。帰ってすぐリスに会えなかったのは仕方がない。何が優先されたとか、誰を優先しているとか、そういうことを気にする必要はない。討伐も大変なことなんてなかった。
僕も他の仕事は今日はせずに、すぐに汚れや汗を洗い流して、早めに寝ることにした。
ふと鏡に映る自分の姿が目に入った。順調に消えていた顔の黒い靄が、目の下まで留まっていて減っていない。
いつから停滞していたのだろう。いや、リスと夫婦になれてからが順調すぎたんだ。公爵に何代も渡ってかかり続けている強力な呪いがそんな簡単に解けるなんて都合がよすぎる。上手くいかないことがあるのが当然だ。
何もかも投げ出したい気持ちでベッドに横たわった。
キスをした。




