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8 呪いの跡地(1)


 王太子の誕生日パーティーの翌日、王妃様からリスにお茶会の招待状が届いた。2人だけの気安いお茶会をしましょうと書いてあった。お茶会の日程はさらにその翌日と記されていた。

 こんな急な誘いはさすがに普通ならあり得ない。僕たちが王都に滞在している内に、王妃様は是が非でもリスと話がしたいらしい。

 リスと王妃様がお茶をする同時刻に僕には王太子と話をしてほしいという旨も書き記されていた。

 意図も目的も分からなかったけれど、王妃様のあの様子から悪いようにされることはないだろうからと、お誘いを受けることにした。


 お誘い通りに王城へ行くと、リスは庭園に、僕は客間に案内された。

 貴い場所に自分が招かれる日が来るなんて想像していなかった。王太子に丁寧に対応される日が来ることも想像したことがなかった。

 王太子の表情はどこか困っているようにも見える。この席は、ご自身は望んでいないのに王妃様に押し切られて設けられたのだろうか。

「フォール卿が私との茶の席に応じてくれたこと、感謝する」

「こちらこそ、王太子殿下の貴重なお時間を私のために割いてくださり誠に光栄です」

「フォール卿は私より素晴らしい人間だ。少なくとも、母上はそう思われている」

 急にまさかの持ち上げられ方をして、肯定する返事はさすがにできなかった。国のために諸外国で経験を積んできた方が本気でそのように考えるだろうか。とは言え、目を伏せながら言われると、本当のことのようで気まずさを感じてしまう。

「私には王妃殿下が私たち夫婦を快く思ってくださっている以上のことは分からないのですが、なぜ殿下はそのように思われるのですか?」

 そもそも社交界での評判は天と地との差がある相手に、あまり気後れする必要はないのではないだろうか。

「この国の者にも納得させられる理由ならば、私はまだ留学から戻ってきたばかりで政務にもあまり関わったことのない王子でしかないが、フォール卿は既に一領主として土地を治め民を導いているという違いがあるだろう?」

「それはあくまで必要に迫られた立場の違いですし、殿下が政においてご活躍されるのはこれからではありませんか?」

 王太子は困ったように笑った。失言をしてしまったのだろうかと不安になる。

「…この国は美醜で善悪が決まるかのような考えをしている。私はそれに疑問を抱いたことがなかった。それが当然のことであったから、それがあくまで価値観の一つであると認識することもできていなかった」

「それは…私もフォール領を治めるようになってから分かりました」

「留学の初めの頃、我々は酷い人間だと見倣されてしまったのだ。閉鎖的だった我が国が外交を始めようとした矢先で、王太子が忌避される存在になりかけた。自国では誠実な人間だと持て囃されていたが、国外では非道な人間だと白い目で見られた」

 王太子が深い深い溜め息をついた。辛かった日々を思い出してしまったようだ。

 確かに外国の貴族や商人は、フォール領にはそれなりに足を運んでも、そこから更に国の中央へは向かおうとする人はかなり少なかった。やっぱり、国としてはあまり好かれてなかったのかもしれない。

「私の何がいけなかったのか繰り返し必死に尋ねてようやく教えてもらえれば、これまで常識だと思ってきたことが非常識だと指摘された。足元が崩れ落ちていくようなそんな感覚だったよ」

 確か、王太子を含め留学をしたのは5名だった。王太子と同じように自身を省みようとしたのは何名だったのだろうか。プレヌ令息がそのような行動をとれたとは想像し難い。

「私は他国の人々の考えを繰り返し聞かせてもらって、数ヶ月かけてようやく美醜に囚われて人を判断することが理不尽なことだと理解できた」

 王太子は恥じるように話した。僕は純粋に感心した。理解し難い他者の考え方を理解できるようになるまで、向き合うことを止めないというのは、きっと容易にはできないことだ。

 誠実な王子と呼ばれてきた王太子殿下は、確かに誠実な人なんだろう。

「フォール卿、すまなかった」

「…私は殿下から非道な言葉を浴びさせられたことはありませんよ」

「態度には出ていただろう?人々を導く立場の者として、してはいけないことだった。フォール卿が受けている呪いは貴殿には何の否もない。にもかかわらず、我々はフォール卿を悪人かのように冷遇した。赦されていいことではない」

 王太子の瞳は真剣だった。僕が王城に呼ばれたのは、単に話をするのではなく、王太子の謝罪の場を設けるためだったのかもしれない。

「ゆえに、私の謝罪の言葉を貴殿が聞き入れ赦しを与える必要もない。考えを改めた者もいるのだとただ聞いてもらえればそれでよい」

 たくましい人だ。赦しを請わない意志に偽りは感じない。自分の考えをしっかりと持ちつつ、相手の心を尊重できる人は強い人だと思う。

 こういった割り切った潔い姿勢も人々に好感を与えるのだろう。

「母上は外遊で来国した際に、その美貌を父上に見初められて、我が国の根深い部分を知らぬまま異国から嫁いでこられた。価値観の違いにずっと苦しんでいたらしい。一昨日フォール夫人に会って喜ぶ母上を見るまで、家族も誰も気付かなった」

 少しばかり悲しそうな表情を王太子が見せる。今話を聞いた中での王太子の印象から想像するに、身近な人の苦しみに気づけなかったことをふがいなく思っているのだろうか。

「フォール夫人が素晴らしい人だということは今の私は理解できる。この国の醜い価値観に染まっていない貴重な人物だ。幼き頃からフォール夫人とフラグメント令嬢は人柄が大きく異なるな。容姿はよく似ているが、別の人間だとすぐに分かる。私はフラグメント侯爵令嬢は誰よりも優しく清らかで最も素晴らしい女性だと思っていた。けれどそれはあくまで我が国での価値観においての話に過ぎなかった」

 王太子の突然の他者への非難的な態度に面食らう。しかも相手はダリア嬢だ。ずっと親しくしていた相手なのに。

「殿下とフラグメント令嬢は愛し合っていると伺っていたのですが、噂に相違ないのですか?」

「そうだね。間違いはなかったはずだよ」

「今のフラグメント侯爵家はいい話がないと聞き及んでいますが、それでも私は殿下の婚約者はフラグメント侯爵令嬢が選ばれるのではないかと思っていました」

「…本来ならあまり広めてはいけない話ではあるのだが、その件でフォール夫妻には先に知っていてもらいたいことがあるんだ。フラグメント令嬢は私が留学している間に妊娠していた。フラグメント侯爵家がどうであろうと、私たちがどのような想いを抱えていようと、フラグメント侯爵令嬢が私の婚約者になることはあり得ない」

 王太子は淡々と話した。ただ事実だけを羅列するかのようだった。憎しみに駆られたり、絶望に襲われたりするようなことだったはずだ。取り乱さないように自身をしっかりと統制されているのだろうか。

 僕は驚き過ぎるというくらい驚いた。聖女と呼ばれるほど優しく清廉な令嬢が浮気をしていたという事実があまりにも衝撃だった。リスは本気でダリア嬢を優しい人物だと話していたように思う。

「…妻から令嬢は心から殿下をお慕いしていたと伺っております」

「私もそうだと思っていたのだが、現実がこれだ。…フラグメント令嬢はありえないと言うのに腹の子は私の子だと言い張るんだ。自身が愛し合っているのは私しかいないと書かれた手紙が何度も届いている。見え透いた嘘を主張し続けるほど、愚かな人だったのかと悔やみもしたが、どうにも本気でそうだと思い込んでいるようで、もしかすると、魔法で私が相手だと思い込まされていたということも考えられる。そうだとすればあまりにもやるせない結果になってしまった」

 ダリア嬢のお腹の子の実際の父親は分からないらしい。名乗り出てくる者もおらず、だからと言って王家が態々調査することでもないのだと。元々婚約者ではないのだからと。

「この話は今日母上からフォール夫人にもされる。優しいフォール夫人はひどく傷つくかもしれないと母上が心配していた」

「そうですね。妻は私が側で支えますので、殿下はどうか婚約者の方へ御心をお配りください」

「…それがいいだろうな。そうさせてもらおう」

 自分以外の人と想い合っていると有名だった人の婚約者になったのだ。王太子の婚約者になれる可能性に賭け続けて、それが叶ったとしても、不安を抱えている可能性は大いにある。


 城の騎士に案内されて王妃様とお茶をしているリスを迎えに行くと、リスは顔を真っ青にしていた。ダリア嬢の話を聞いてから顔色が悪くなったらしい。

 王妃様が狼狽えるほどにリスを心配してくださっている。

 立つのもままならないほどだったから、僕が抱えて帰路についた。

 王妃様たちが予想していたよりもリスはダリア嬢の話にショックを受けたようだった。

 あまりにもショックを受けているものだから、僕も心配になる。



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