7 心からの祝福を(2)
衣装は夫婦でお揃いのものを用意することができた。全身瑠璃色で仕立てたものに、小さなダイヤモンドをあしらっている。静かな森の奥で妖精の泉が煌めいているような神秘的なデザインになった。リスも一緒に考えてくれて出来上がったものだ。
仮面も今回の衣装に合わせたデザインのものを新調した。
さらに、僕の胸元にはパパラチアサファイアとゴールドで作られた花のブローチが、リスの胸元にはブラックパールとシルバーで作った花のブローチがある。
仲睦まじい夫婦としての演出としては申し分ないものができたと思う。お互いの着飾った姿を見て、リスも満足げな顔をしてくれた。
呪いの闇の色を僕の色としてリスが身に着けてくれる。呪いが解けたら時は瞳の色を纏うと言ってくれた。
愛しい。愛しい人。
社交界のパーティーには、辺境伯としては初めて参加する。恐怖されても嫌悪されても、ある程度の貴族には挨拶をしなければいけない。
リスにいたっては、リス本人として社交界に出ることが初めてだ。緊張するか聞いたら、「ずっと隣に居てね」と笑顔で言われた。僕もリスに隣に居てほしいと伝えた。
最低限挨拶をしなければいけない人。様子を見て挨拶をするかどうか、その場で決める人。対応をしなくていい人。と予め分けておいた。
会場入りした時、挨拶をするしないの前に、僕たちの姿を見るだけで人々はざわめいていた。
ざわめきにはいろんな感情が混ざっていたと思う。僕への恐怖や嫌悪、リスへの驚きや憧憬、衣装への感嘆など様々だった。
「フォール辺境伯夫妻が幸せそうで嬉しいわ。あの時、お二人の婚姻を後押ししたことが間違いではなかったと安心できました」
「私たちも王妃陛下並びに多くの方がこの素晴らしき縁をつないでくださったことを感謝しています」
最初に挨拶に伺った王家の方々は、快い雰囲気で対応してくれた。
王様は僕の辺境伯としての働きを褒めてくださった。王太子にも本心かは分からないけど、見習いたいと言われた。
王妃様は僕たちの夫婦仲を見て嬉しそうにしていた。そんな王妃様を見て、王様や王太子は少々驚いているように見える。
「フォール夫人、あなたともっとお話をしたいわ。偏見も多いこの国で無力な己に歯がゆい思いをしていたのだけれど、あなたのような方がいてくれて、私も救われる気持ちになれたの。王都にはいつまでいらっしゃる?お茶に招待してもよろしいかしら?」
「誠に光栄にございます、王妃陛下。もう1週間ほどは王都に滞在する予定です」
「まぁ!では急ぎ準備をしますわね!」
両親から、王妃様が僕たちのことを気にかけていたとは聞いていた。でも、こんなに僕たちのことを認めて肯定的に思ってくれているとは想像していなかった。
王妃様は他国から嫁いでこられた方だった。リスとの生活が安定してからようやく気づいたけど、この国は美醜へのこだわりが強い。
外交のために来国した貴族や販路を広げたい商人、各国を旅している冒険者など他国の人々の出入りが辺境伯領は多くて、異国の文化や価値観などを知る機会が少なくない。その違いに最近ようやく気付けるようになった。
異国の人々は、僕の呪いを聞いて怪訝な表情を浮かべることはなく、ただ心配そうにしていた。
『閣下がご安心できるのでしたら、どうぞ仮面はそのままおつけください』
この国では大変なことも多かったのではないかと気遣われた。美醜によって人の扱いが変わるという国と思われていたのかもしれない。
そういう価値観の違いがあるのなら、王妃様もまた生きづらさみたいなものを感じたことがあるのかもしれない。
失礼な話だけれど、少しだけ慰められた心地がした。
そう思うと本当に、リスは奇跡のような人だ。
僕たちの王家への挨拶は、パーティーの主役である王太子とよりも王妃様との話の方が盛り上がってしまった。
というか、王太子は僕たちを見て何故か少し気まずそうな顔をしていた気がする。仮面をつけているからかもしれないけど、僕のことを以前のように気味の悪い目で見てこなかっただけ状況としては十分だとは思う。留学先で色々と学びがあったのかもしれない。
両親ともお互い一貴族として挨拶をした。
後継の件がモヤモヤとするけど、表面上は穏やかに対応できていたはずだ。
プレヌ公爵家との挨拶の順番になった。
リスと結婚したいと思っていたジョルジュ令息もいるから、少し不安になる。
リスから過去にプレヌ令息と何があったのかは聞いた。今後もプレヌ令息に接触されることが嫌で、このパーティーでは片時も離れないでほしいと頼まれた。本当なら顔を見ることさえ嫌なんだ。魔法で返り討ちにできるだけの力を持っているとは言え、襲われたという事実が恐怖を感じさせてしまうのはどうしようもない。リスが恐い思いをしていることは苦しいのに、僕を頼ってくれて嬉しいなんて酷いことを思ってしまった。
王都に来てから確認した情報も合わせると、プレヌ令息は傲慢な人のようだ。ただその容姿が優れているために、令嬢からの人気が高い。留学先での経験が令息の人柄にいい影響を与えてくれていたらいいのだけど、なんて期待のようなものをしてしまう。たぶん期待は砕けるのだけど。
「王妃殿下もお認めになられる方を逃してしまったのは惜しいが、だからこそお二人の婚姻は正しかったのだと後押ししたことに私どもも溜飲が下がります」
公爵夫妻は美しいリスを見て本当に惜しいと思っていそうだ。目が感情を隠しきれていない。けれどここは王家主催のパーティーの場で、僕たち夫婦は王妃様に祝福されたばかりだ。否定につながるようなことは間違っても言えないのだろう。
「どういうことですか、父上?」
「静かにしていなさい、ジョルジュ」
「俺がリスノワールと結婚したいと言っていたのに、何故他の人間と、よりにもよって化物との結婚を協力したのですか!?」
「静かにしろ!!」
僕と腕を組んでいるリスの手に力が入った。令息が声を荒げて、脅えが生じたのかと思ったけれど、表情からは怒りも見えた。リスだってこの場が苦痛なのに、きっと僕が化物と呼ばれたことにまた怒ってくれている。おかげで心が救われる。
王都邸の使用人たちから、プレヌ令息が王太子の側近候補から外されたとは聞いていたけど、今の短いやりとりだけでもその理由がありありと分かる。王太子と共に行った留学は、残念ながらプレヌ令息にはよい影響を与えることはできなかったのだろう。きっと悪い影響を受けたわけでもなく、何も変化をもたらすことができなかったのだと想像する。
「その仮面を外せば、化けの皮も剥がれるだろ!!」
憎悪の籠もった目で僕を睨んだまま令息が僕の顔へと飛び出すように手を伸ばしてきた。
反射的に僕は、令息の手を捻ってその身体を床に押さえつけてしまった。
「何をする!?」
「申し訳ありません。攻撃をされると思ってつい」
「ふざけるな!!」
「ふざけているのはお前だ!!留学中何をしていた!!物の分別もつかなくなったのか!!」
激怒した公爵が衛兵を呼び、プレヌ公爵令息は強制退場させられた。令息は取り押さえられながらも必死に暴れて抵抗していたけど、あまり衛兵たちには効いてないようだった。僕も簡単に組み伏せることができたし、武にはあまり秀でてないみたいだ。
公爵は僕たちに謝罪した後、王家にも再び挨拶に行っていた。祝いの席で騒ぎを起こしたことを謝罪するのだろう。
「リスは大丈夫だった?」
「ドゥマンがいてくれてとても心強かったわ。鮮やかな所作に惚れ惚れしたくらいよ」
「惚れ直してくれたってこと?」
「そうね、さらに惚れたわ」
リスが笑ってハグをしてくれる。嬉しくて抱きしめ返そうとしたら、人々の視線に今更ながらに気付いた。社交の場ですべきことではないかもしれない。でも、はしたないかもしれないけど、今ならそれも少しだけ許される気がした。
家同士の挨拶が一通り終わった頃、アンリ王太子の婚約者が発表された。王太子にエスコートされて人々の前に現れたのは、ダリア嬢ではなかった。
貴族たちは納得している人や悔しそうにしている人、驚いている人もいて、反応は様々だった。
ダリア嬢は王太子の婚約者に選ばれなかった。王都邸の使用人たちが言った通りだった。
今回のパーティーには、フラグメント侯爵家や侯爵家に連なる家は一切参加していなかった。
王太子と婚約者に選ばれた侯爵令嬢は、お互いを気遣うように目を合わせ、微笑んでいるように見えた。




