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6 愛を知る(リスノワール視点)(2)


 貴族のお茶会やパーティーに頻繁に出席している姉と違って、屋敷に閉じ込められて生活をしていた私は、11歳の時、生まれて初めて屋敷の外に出た。

 行く先は王太子の12歳の誕生日パーティー。姉のふりをして出席しろと命令された。

 理由は、普段は社交界に出てこない呪われた公爵令息がパーティーに出席するから。そんな恐ろしい人間に姉を会わせるわけにはいかないとほざいていた。

 呪いの内容を確認すれば、顔が黒い以外に確かなことは何もなかった。実際に何もない可能性もある。顔が黒いだけの子どもの何がそんなに恐ろしいというのか。不必要に怯える情けない姿に呆れる他なかった。

 姉は結婚の約束をするほどに王太子と親しくしているらしい。けれど、王家の事情で婚約も当分はできないのだと。

 顔が似てるおかげで王太子に優しくされても、己の立場を決して勘違いしてはならないと注意された。他の貴族令息たちも同様だとも付け足して。

 言われなくても、姉を慕う人間など願い下げだ。


 パーティーで隣にいる時間の長かった王太子とその友人である公爵令息は、顔を合わせてすぐ私が姉ではないことを見抜いたようだった。姉という人間をちゃんと見ているらしい。

 身代わりの理由を簡単に説明すると、2人ともあっさりと納得をした。こいつらも警戒対象だと分かった。

 侯爵令嬢として、私もいろんな貴族と挨拶をした。その中にはもちろん、件の呪われた令息を連れている公爵夫妻もいた。

 令息の名は、ドゥマン・プリエール。幼い令息の顔には、痣とも模様とも言えない黒い何かが頭頂部から鼻を隠そうとするまで覆っていた。目がどこにあるのか分からないほど顔が真っ黒に染まることがあるのかと感心した。髪の毛も頭頂部から顔と同じ深さまで黒く染まっていた。顎から下の煌めく銀色が、令息の本来の髪色なのだろう。

 冷たい視線が多い中でも、令息は顔を上げてできる限り胸を張って立っていた。自身の親に脅えている様子はない。

 令息の家族や同じ屋敷で過ごす人間は、令息に優しくあろうと努めているのだろうと、なんとなく分かった。世間風当たりが厳しい中でも、周りの人のその想いを令息は受け止めているのだろう。健気な子だ。

 鏡を見ても自分の顔が分からない状態で、ここまで心が折れてしまうことなく生きてこれたのも奇跡ではないか。

 どうか令息が、この先幸せに生きていくことができたらと願った。




 14歳で姉は正式に社交デビューをした。

 邸内の人間たちが騒いでいる話によると、姉は社交界で非常に人気らしい。

 清らかで美しく、その上優しいのだから当然だと使用人たちが嬉しそうに話していた。

 そのうち、聖女と囃し立てられるようになったらしい。癒やしの魔法が得意な美姫として名を馳せているのだとか。両親は大喜びだった。

 当の姉は、社交デビュー以降、自慢の笑顔が陰ることもあった。社交とは楽なものではないのだろう。


 私の方と言えば、害意を向ければ己が酷い目に合うという認識がようやく邸内で定着し、生活が比較的穏やかなものになった。

 触らぬ神に祟りなし、と余計なことはしないように皆努めている。それでいい。

 とは言え、万が一のためにも、魔法の訓練は怠らなかった。

 何より年々酷くなる悪夢を対処する術を身につける必要があった。




 私は17歳で再び王太子の誕生パーティーに出席することになった。人生2回目の外出は、前回と同じ理由によるもの。今回も王太子とその友人の公爵令息は正体を見破っていた。

 件の令息は年齢相応に成長をしているようだった。悪意に打ちのめされることなく生きてこられたのならよかった。

 そうは言っても、令息に向ける周りの人間の蔑むような冷たい視線は酷いものだった。

 少しでも生きやすくなればいいと思いつくままに話してしまった。余計なお世話かもしれない。けれど、令息は笑って受け止めてくれていた。


 数日後から、王太子の友人の公爵令息がフラグメント侯爵家を訪ねるようになった。

 姉に会いに来たのだろう。王太子との三角関係なのではないか、などとメイドたちは盛り上がっていた。

 面倒ごとを避けるため、公爵令息が来訪している間、いつも私は自室で過ごしていた。そう命令もされていた。

「やっと見つけた」

 ある日、応接室でもてなされているはずの公爵令息ジョルジュ・プレヌが何故か私の部屋に入ってきた。

「ダリア嬢の妹だろう?リスノワールという名だと聞いた。嗚呼…いい…。俺を見ても一切媚びようとしないお前が、全て俺のものになっていくのが楽しみだ」

 何を言ってるのか。ほんの2回会っただけの令嬢の物珍しさに好奇心でも刺激されたのか。

 公爵令息の笑顔は気味悪く、ゆっくりと近づいてくる光景に、身体が恐怖に襲われていた。

「では、まずは既成事実を作るところから始めようか」

 腕を捕まれた瞬間あの日の恐怖が蘇った。力がなくて抵抗しても呆気なく殺されてしまったあの日。

 でも、今の私は、あの時の私とは持っている力が違う。

 自分の身を護るため、公爵令息を攻撃する魔法を何でもいいからと放った。

 気づけば、公爵令息の全身が炎に包まれていた。

 公爵令息の叫び声で、人が集まり、水魔法で消火、全身の火傷は姉が魔法で治しきった。聖女と呼ばれるだけの実力が姉には確かにあった。

 何があったのかと糾弾され、私は誤ってぶつかってしまった途端公爵令息が炎に包まれたと怖がる素振りを見せながら答えた。

「忌々しい呪い子めっ!!」

 父親は怒鳴って、それからすぐに顔が恐怖に染まった。私を怒鳴ったら何か痛い目に合うかもしれないと瞬時に思い立ったのだろう。

 期待にはきちんと答えてあげた。怒鳴っている内容に正当性などないのだから。これで報いを受けなければ、怒鳴るくらいなら赦されると勘違いする者が現れる。

 私は間違いなく自分の身を護る力を手に入れることができている。

 あとはただ、この公爵令息が私に近づこうとしないことを、周りの人間が近寄らせないようにすることを願うしかない。


 信じられないことに、公爵令息は自分を傷つけた責任を取れと私に結婚を迫ろうとしているらしい。

 火傷は全て姉が治したことを複数の医者に確認させて、周りの人間が傷などないのだから責任など考える必要はないと公爵令息に何度説明しても聞く耳を持とうとしないそうだ。

 恐ろしいやつだ。あんな目に合ったのだから、私のことがトラウマになって怯える方が正常な反応だろう。

 支配してやろうと思っていた相手に痛い目を見せられたことが、そんなに気に入らないか?深くプライドが傷つけられたのか?

 幸いなことに、私と公爵令息の婚姻はやつ以外は誰も望んでいなかった。

 距離と時間を置けば冷静になるはずだと、プレヌ公爵家は公爵令息を王太子と共に4年弱の海外留学に行かせた。

 公爵夫妻が、公爵令息が出発した後にフラグメント侯爵邸を訪問して説明していた。




 それからは、悪夢でうなされてのたうち回るようになったこと以外は比較的穏やかに時が過ぎていった。

 使用人たちの噂で、社交界では、人々の願いを全て叶える姉は清廉な聖女様だとか慈愛の女神様だとかと呼ばれ、私は醜悪な悪女だと呼ばれていることを知った。

 どうせ会うことも関わることもない人間たちが好き勝手妄想しているにすぎないからと、気にかけないことにした。

 報いを与えることも考えたが、邸内の人間たちも直接害を与えない限りは赦してやってきた。陰口も基準が難しい。どこまでを対象にするかを考えることに頭を使う気にはならなかった。

 姉が人々の願いの全てを叶えるというのは、あながち嘘でもないのだろうと想像できる。優しい子であるようにと育てられた姉は、持てるものこそ与えなければという精神を植えつけられている。それで聖女と呼ばれるようになったのだから、両親はそれはもう喜んでいた。

 名声が広がる一方で、姉は顔色を悪くする日が見え始めた。大事にしていると言う割に、両親は気づかない。

 社交パーティー後に表情が暗くなっていて、何かを求められては与えることを繰り返してるのだろうと、私は姉に断ることもした方がいいと伝えた。そんな酷いことはできないと姉は答えた。

 姉が誰かに優しくする度に両親は素晴らしい娘だと姉を褒め称えている。両親がそんな調子なのだから、自分の行いが正しいのだと思うのも仕方ない。何も持たない妹の意見なんて聞く耳を持つはずもない。

 これが両親の作りたかった存在か。娘の幸せを本気で考えることはできないのか。



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