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1 勘違いした初恋(1)


 生まれてきた時、頭頂部から額にかけて頭部が闇夜のように黒く染まっていた。

 我が家に代々お伽噺のように伝えられてきた、一族の誰かに無作為に発動するという、遠い祖先が魔女にかけられたという呪いの特徴だった。

 呪いにかかって生まれてきた者が絶望に陥ると、黒色がどんどん身体を侵食していくという。自分の姿が醜いことに絶望するな、など無理な話だ。

 公爵家の嫡男という恵まれたはずの身の上に生まれても、何の意味もなかった。

 幸せな人生を歩むことなんでできるはずがない。僕は惨めな人生を受け入れるしか道はない。

 そのはずだった。




 10歳になる頃には、目元は黒で覆い尽くされていた。鼻も全て黒く染まりそうな状態で、僕は救いの女神に出会った。

 家族や使用人は一生懸命僕を愛そうとしてくれた。

 そうは言っても、家族としての愛情と貴族としての扱いは別だ。呪いによる顔の醜さから、僕は公的な場には出ないようにとずっと公爵領で過ごしていた。

 そんな中で、2つ歳上の王太子殿下の12歳の誕生日パーティーに出席した。生まれて初めての王都、生まれて初めての社交の場で、予想通り僕は皆に気味悪がられた。

 ただ一人、ダリア・フラグメント侯爵令嬢だけは違った。

 天使のように愛らしい彼女は、僕の顔を見ても一切表情を歪めることはなく、僕の呪いについていくつか質問をした後、笑顔で言った。

「健康に問題がないならよかった。顔が黒いだけなら、あなたは強く生きていけるわ」

 太陽の光のように輝く瞳は温かく、真っ直ぐに僕を見つめて照らしてくれた。

 自分の目に写るものを初めて心から美しいと思えた。


 あの日、あの時、僕の人生は変わった。

 僕はダリア嬢のその言葉を信じて、何事も投げやりにならずに一つ一つのことに誠実に励むことにした。

 そんな僕を明るくなったと家族や使用人達は喜んでいた。

 努力をするようになったことで、僕はそれなりの能力に恵まれていることが分かった。

 身体を鍛えて剣術を身につければ、ダリア嬢に危険が迫った時には僕が守ることができるかもしれない。

 魔法もたくさん覚えていれば、きっとその分力になる。

 勉強で身につけた知識は、ダリア嬢の生活を豊かにするための役に立つ。そうすればダリア嬢の笑顔が増えるはずだ。

 たとえ僕が将来公爵家を継げなかったとしても、努力することに、無駄なことは何一つないと思えた。


 僕が色々と力をつけていく間、ダリア嬢が聖女と呼ばれるようになっていた。

 あんなにも温かくて優しくて、それでいて愛らしい人なんだから、聖女と呼ばれるのも当然だ。

 ダリア嬢が聖女と呼ばれるに至るいろんな逸話を使用人たちが教えてくれた。会えない中でダリア嬢の話を聞けることがただただ嬉しかった。

 どれだけ努力をしても僕の顔が黒くて醜いのは変わらないから、公的な場には出られないままだったけど、いつかダリア嬢に再会できた時には、よく頑張ったねと褒めてもらうことを目標に日々を生きていた。




 王太子の18歳の誕生日パーティーに出席することになった。久し振りの公的な場だった。

 気味悪がられて傷付かないわけではないけど、ダリア嬢に会えるなら構わないと思えた。

 念願叶って再会できたダリア嬢は愛らしさもさながら、初めて出会ったあの時から成長して、さらに神秘的な美しさを纏うようになっていた。

 ダリア嬢は今回もパーティー会場で僕が話しかけても嫌な顔をしない唯一の人だった。この人に会うために、この時まで生きてきたと思った。

 ダリア嬢と少しお話ができて、嬉しくて舞い上がってしまったのか、人の目が怖い時があると情けないことを言ってしまった。

「人の目が煩わしいなら仮面をつけるのもいいんじゃない?おしゃれとして楽しめるくらいがかっこいいと思うわ」

 ダリア嬢は僕を馬鹿にしたり見下したりなんてするこなく、変わらぬ笑顔で助言をしてくれた。


 翌日、早速仮面を買いに行った。

 鏡を見ながら、こういうのも悪くないと素直に思えた。ダリア嬢が言ってくれたからだろうか。

 仮面をつけた僕を見て、家族や使用人たちはどこかホッとしているように見えた。




 18歳になった時、フォール辺境伯の爵位を継いだ。曾祖父が亡くなって以降は空席になっていた位だった。

 辺境伯領は国内の中でも魔物の発生が多く、領主には領地経営の手腕だけではなく武の才にも恵まれている者が望ましいとのことだった。

 辺境伯領に移る時、僕のことを支えたいと、数名の使用人は公爵家からついてきてくれた。

 僕の努力は確かに認められるものへとなったのだと思えた。


 ダリア嬢を恋い慕う気持ちは、月日を経る毎に強く大きくなっていった。

 爵位を継いだ後改めて人生の目標を立てた。20歳までに領地を安定させて、少しでもダリア嬢に相応しい人間になれたという自信をつけて、ダリア嬢に結婚を申し込む。

 普通は20歳前に結婚するらしいけど、僕たちの世代は多くの令息令嬢が未婚のままでいるだろうと予想されているから、きっと僕の求婚は間に合う。

 僕たちの世代には王太子殿下がいる。その王太子の婚姻について、王家お抱えの占い師が、王太子は22歳を迎えるまで婚約もしてはいけないと進言しているらしい。占い師を信頼する王家は、その言葉に従っている。

 王太子と同世代の伯爵位以上の令嬢は、王太子妃の座を夢見て婚姻を避けている。そのため同世代の令息も相手がいなくなり未婚のままにならざるを得なくなっている。

 諜報部からそういう報告を聞いた。ダリア嬢もその流れに乗っているらしい。

 婚約もまだなら僕にもチャンスはあるはずだ。今は王太子に心が向いているかもしれないけど、告白をしたら僕にも少しは気をかけてくれるかもしれない。


 フォール辺境伯領の人々は、呪いにかかっている僕のことを気味悪がったりしなかった。

 魔物の発生が多いが故に魔物による被害も多く、身体の欠損や痣がある人が珍しくなかった。だからか、容姿の歪さを理由に蔑んだりはしないようだった。

 魔物の被害に負けず、皆で協力し合って生きていて、よりよい生活を送るための努力を惜しまない人達だった。

 僕の顔が黒いことも辺境伯領の人々にとっては異様なものとしては映らないらしい。

 馴染みのない呪いに対しても、土地柄外の人間に恨まれることがあるかもしれない、いい機会だと対策を学ぼうという姿勢だった。

 仮面を外すことはしなかったけれど、フォール領に来れてよかったと安らぎを覚えることができた。

 フォール辺境伯になって、努力が報われる経験ができて、努力するきっかけをくれたダリア嬢により一層想いが募った。




 20歳になって、フラグメント侯爵家にダリア嬢への婚約の申込の手紙を送った。

 両親も僕が明るくなったきっかけのご令嬢だからと、婚約に賛成してくれた。

 けれど、3ヶ月を過ぎてもフラグメント侯爵家からはなんの音沙汰もなかった。

 実家の公爵家からも手紙を送ってもらい、王都にあるフラグメント侯爵邸を訪問することにした。

 4年ぶりのダリア嬢。より一層美しくなられているのだろうと、期待に胸を膨らませた。


 馬車から降りた僕を出迎えてくれたダリア嬢は、僕を見た途端悲鳴を上げて泣き出した。

「どうしてその恐ろしい姿を私に見せるだなんて酷いことをなさるのですか?」

 俯きながら両手で顔を塞いで、悲痛な声で責められた。それがダリア嬢の第一声だった。

「貴様には妹をやっただろ!!醜い化物の分際で清らかなダリアに恋をするなど身の程を知れ!!」

 ダリア嬢を支えながら、憎しみに満ちた目でフラグメント侯爵が僕を罵倒した。

 少し遅れてフラグメント侯爵邸に到着した両親は、状況を理解すると同時に激怒した。

 僕は何が起きているのか分からず、ただ茫然と立ち尽くしていた。

 素顔だって見せてないのに、ダリア嬢が言ってくれた通りに仮面をつけていたのに、恐ろしいと言われた。会いに来たことが酷いと言われた。

 ダリア嬢はこんな人ではなかった。あの日出会った僕の救いの女神は、何処かに消えてしまっていた。

 目の前が、真っ暗になった。



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