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八
瑤子にもまた冬がやってきた。あれから一年。夫伸一の夢を継ぐべく、この1年間少しずつ準備をしてきた。事故加害者がきちんと任意保険にも加入していたことと、〈やまヰ〉の顧問弁護士山形佳織の手腕もあって、それなりの賠償金が拠出された。それによって伸一が望んだような1階が店舗仕様で2階が住居の住宅を購入することもできた。飲食店を開店するには、さまざまな手続きが必要なことも初めて知ることになったが、それもすべて山形佳織が準備や手配をしてくれた。
「増井さんっ、こんにちは~」
1階を改装中の店舗に山形弁護士が来てくれたようだ。下から大声で叫んでいるのが聞こえた。2階につながるインターホンを先に付けたほうがよさそうだ。
「は~い、横の階段上がってくださ~いっ」
瑤子も2階から、同じように大声で声を掛けた。
「りょうか~い」
山形佳織の声が聞こえた。
「はい、こんにちは~」
佳織が階段を上がって、居間にしているキッチン付きの8帖間に入ってきた。
「わざわざ、すみません。佳織先生」
瑤子は丁寧に頭を下げて、キッチン横のダイニングテーブルに腰掛けるよう促した。
「いいえ、大したことやってませんから大丈夫ですよ」
佳織は右手を左右に振りながら応えた。
「今日、先日いただいたお店の図面で、保健所に営業許可の申請しておきましたので、問題ないと思いますけど、もうしばらく待ってください。」
「ありがとうございます。何から何まで」
「それとね、これは増井さんに行ってもらわないとダメなんですけど、食品衛生責任者の講習会って云うのがあります。これ資料ですので目を通して、都合のいい日に申し込んで受講してください」
「あらっ、そんなの必要なんですか?」
「ええ、この資料に今月の開催について詳しく書いてありますし、ネットで調べればすぐわかりますので。でも講習会自体は丸一日かかりますからご注意くださいね」
「は~い。了解しましたぁ」
瑤子は子供が面倒臭さそうにするような顔つきで応えながら、すぐに笑顔になった。
「あはははっ、みんな佳織先生に任せっぱなしにしておいて、そんな顔するなって?」
「いいえっ、大丈夫ですっ。これも仕事ですからっ」
佳織も瑤子をちょっと睨んでから笑い返した。
「ほんと、佳織先生には足向けて寝れないです。何にも知らない世間知らずのあたしなんかを相手にして、感謝しています」
瑤子は改めて頭を下げて礼をいった。
「ま、そんなのどうでもいいですから、いま1階見たら改装工事も順調みたいだし、これからが本番ですよ。頑張らなきゃね!私も応援していますのでっ!」




