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 瑤子がほぼ毎日のように病院へ通ううちに、看護師長の吉川志津とは歳も近く、シングルマザーであることや、雪絵と同い年の娘がいることなどで、二人を近づけた。自身の生い立ちはもちろん、日々の出来事や娘の様子を正直に打ち明け、そのなかで志津が狭心症に伴う急性心筋梗塞の既往歴を持っていることも、逆に知ることになった。瑤子と志津は互いに色々なことを話し合い、相談し合って、笑い、泣いて、瑤子は一つ年上の志津を姉のように慕い、志津はそれに応えて、2人とも親はすでに鬼籍に入っており、兄弟や親しくしている身寄りもなかったこともあって、お互いを実の姉妹のように思いはじめていた。その中心にはいつも志津の娘、美咲が笑顔を投げかけていた。

 吉川志津は高校卒業後、地元の病院が運営する看護専門学校へ進み、国家試験に合格して正看護師となった。国家試験の合格者ほとんどは、エスカレータ式にその病院に勤めることになり、志津も思い通りの人生が進んでいると確信していた。美咲を授かるそのときまでは...。

 志津が病院に勤務してから3年が経った頃、製薬会社の新薬説明会に来ていた小河原英二と知り合った。英二からの少々強引とも思えるアプローチで付き合い始め、交際期間は一年半ほどだったが、そのまま成り行きのように結婚した。当初は製薬会社のMRと病院という同業界のような場所にいることもあって、思った以上に楽しく、順調な結婚生活を送っていたが、志津が妊娠して、出産や育児のことで、自身の考えが否定されたり、それに伴って家庭内の出来事が滞ったりすると、英二は激怒した。

「おいっ!志津っ!それなんだよっ。俺が疲れて帰ってきているのに、今日の夕食は出前にしようってかっ」

英二は帰るなり大声を上げた。

「ごめんなさい。今日ね、つわりがひどくて、とてもお料理できる状態じゃなかったのよ」

志津は伏し目がちで英二を見る。

「つわりって、おまえ、そのために産前休暇もらってるんだろ?」

英二は食事ができていないことが我慢できないらしい。

「それと、これとは別の話じゃないっ」

志津も食い下がって言い返す。売り言葉に買い言葉を絵に描いた状態が続く。

「じゃあ、このあたり一面にゲロ吐いてやるから、その周りで食事すればっ」

「なんだよっ、その言い草は!」

さすがに手を上げることはなかったが、一事が万事この調子で、志津も我慢の限界に来ていた。とにかく、自分より子供のことが優先されることに我慢ができないようで、志津にしてみれば最後の捨て台詞を発するしかなかった。

「このお腹の子はいったい誰の子なのよ。あの日、あたし、今日は危険日だって確か言ったよねっ!」

そんな日々が続いて、挙句の果てに英二は外に女を作って帰ってこなくなった。結果、英二以外に身寄りのいない志津はたったひとりで出産することになってしまった。

 しかし志津の勤めていた病院の院長君島圭吾は畏敬すべき人物で、事情をくみ取り、志津がこの病院で、看護師の仕事を継続することを条件に、病院設備も使って、美咲を育てることを認めてくれた。美咲が歩き始めた頃、元々志津個人の持ち物であった衣類などを除き、その他の家財道具一切を残したまま、慰謝料や養育費など、何も要求せず、志津は正式に英二と離婚した。

 そんなある日、志津はナースセンターのデスクで小児科の勤務スケジュールを作成していると、急に胸に痛みを覚え、そのうち我慢できないような激痛が走った。

「うっ、うううーっ!」

志津は左手で胸を押さえて、そのままデスクに突っ伏した。

「ああっ、うーっ!」

「えっ?師長?どうしました?大丈夫ですか?」

側にいた看護師の島田佳苗が驚いて声を掛けた。

「うっ、ダメっ、これ。内科へ連れてって」

「えっ?はいっ。ちょっと待ってください」

佳苗がうろたえているところへ、医師の西岡信之が出力したカルテを見ながら、ナースセンターへ入ってきた。

「吉川君、これ、ちょっと訊きたいんだけどさあ、202号室の…。ん?どうした吉川?ええっ?どうしたんだっ!」

西岡はデスクに俯せのまま呻いている志津に駆け寄った。

「ううっ、西岡先生?胸が、ちょっと…。変です。おそらく心筋梗塞?かも?」

志津は西岡に向かって、頭だけ起こして顔をしかめた。

 志津はそのまま内科の検査室で心電図検査を受け、併せて採血検査の結果、志津の予想通り急性心筋梗塞と診断された。それから一週間ほど入院して、本人の希望で硝酸塩とアスピリンで薬物治療を継続していくことになった。


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