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十一
「ただいま~」
「美咲、どこ行ってたの?ほら、座って、ちょっと話があるから」
「ん?どうしたの?いきなり」
美咲は不思議そうな顔で瑤子を見た。
「うん、ちょっと大事な話があるの。早くここへきて座って」
瑤子は伸一の写真立てを手に取った。美咲は訝しそうにダイニングのテーブルに瑤子と向き合った。
「美咲、なんでこんな弁当屋に生まれたのかなんて、きっと思ってるよね」
瑤子は美咲を見て笑い掛けた。美咲はちょっと苦笑いを見せる。
「お父さんはね、有名なお店で働いていた和食の料理人でね、あ、それは云ったことがあるわね」
美咲も頷いているのを見て瑤子が続ける。
「でね、お母さんと結婚して、お金を貯めたら、自分の店を持つんだって。弁当屋じゃないわよ。ちゃんとしたお店よ」
瑤子は〈やまヰ〉を思い浮かべて、微笑みながらさらに続ける。
「店の名前は【ますヰ】に決めてあるんだって。増井の(増)はひらがなにして、(井)はお父さんが修行させてもらった〈やまヰ〉さんの大将から(ヰ)をもらうんだって。何となく良さそうな料理屋みたいだろって。いまのこのお店の名前はそこから始まっているのよ」
瑤子はひとつずつ思い出しながら、今まで辛くて誰にも話せなかったこともぽつぽつと綴るように伝えた。
「美咲、驚かないでねって云っても無理かもしれないけれど…」
瑤子は美咲の目を見つめた。
「な、なに、やだなあ…。お母さん変だよ。どうかしたの?」
美咲は訝しそうにしながら、テーブルの上で組まれていた瑤子の手を自身の両手で上からかぶせるように包み込んだ。
「あなたの本当のお母さんは吉川志津さん。あたしが産んだ子はね、雪絵って云うの。雪絵は1年ほど眠ったままだったけど、クリスマスの日に、一瞬目を覚ました後、お父さんのもとへ旅立ったわ」
瑤子は美咲の驚きを無視するかのように続ける。
「あなたのお母さん、吉川志津さんはね、看護師さんだったんだけど…。でもね、身体を悪くして、10年ほど前、既に亡くなっているのよ」
瑤子は見つめていた美咲の顔から視線を外して、美咲の掌で包まれていた自身の手を広げてから、逆に美咲の手を取って包み込んだ。
「あたしは志津さんから美咲、あなたを預かったのよ。このまま黙っていようかとも考えたんだけどね…。でも、いつか美咲がこのことを知る日が必ずくるし、起きたことは変えることも、時間を戻すこともできないしね…」
瑤子は顔を上げて、また美咲を見つめた。その眼にはうっすらと涙が滲んでいた。
「だから、そんなに、ここが嫌なんだったら、高校卒業して大学行くのか、就職するのか、わかんないけど、とにかく20歳になるまで待ってほしいの。そのあとは出ていっても構わないから。それまでお母さんに美咲の面倒を見させてほしい。美咲が成人するまでに見放したら、あたしたちをずっと見守ってくれていたもうひとりのあなたのお母さん、吉川志津さんに申し訳が立たないからね…。でも成人してからだったら、美咲が何をしようと分かってもらえると思うから…」
瑤子は『美咲さま』と書かれた封筒と増井家全部事項記載の戸籍謄本をテーブルに上に差し出した。美咲は母の顔と差し出された手紙と謄本を交互に見ながら、恐る恐る手元に引き寄せた。美咲は戸籍謄本と云うものを始めてみた。
「これはね、戸籍謄本って云うの。家族全員の出生やその関係が書かれてあって、国が管理している国民の個人情報みたいなもの…。かな…。うん、そうね。そういうこと」
瑤子は真剣な顔で美咲を見てから続けた。
「だから、美咲がいつ何処で生まれて、お父さんとお母さんは誰なのか、とかが書いてあるのよ」
美咲は瑤子の説明を聞きながら、謄本を手元にしてその内容を目で追った。それには【次女美咲】の横の欄には上から✕印が付けられ死亡とされた【長女雪絵】の名があった。また、美咲の父母の欄に初めて聞く2人の名前が記載されていた。父小河原英二。母吉川志津。
「これが…。あたし?なの?」
美咲は謄本用紙を両手で持ったまま、テーブルに両肘をついたポーズで、それを目の前に持っていって、何度も確認しながら見つめた。「結局、あたしって…。誰なの?」
美咲はぽつんと呟いた。まさに茫然自失だった。
「美咲?大丈夫?ごめんね、突然こんな話をして…」
瑤子は美咲の肘を両手で抱えるようにして掴んだ。瑤子が目に浮かべていた涙は、そのまま零れ落ち頬を濡らしていた。




