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3 A《アー》 ―それは、始まり―

 噂が実しやかに流れていた。


 人間が生み出した多くの科学技術によって、突然変異の遺伝子を持つ超人が生まれる、と。


 それは最初、面白いネタとして世界中で漫画化、アニメ化、映画化され、多くの世界でもてはやされた。


 その内容も多種多様。化け物もあれば怪物もある。昆虫や動物に変身するものも。


 空想豊かな多くのクリエイターたちによって、エンターテイメント化されて世界を席巻していた。



――日本、遺伝子研究所。


「先生、さんとおっしゃる方からお電話ですが」


 事務員の森野が声をかけた。


 ――現在四十二歳。将来を嘱望されている遺伝子研究所のスタッフだ。


「あ、近藤ね。はいはい」


 手を止め、大崎は事務員の机に向かった。


「近藤? どうしたの? え? いいけど。じゃあ、今夜ね」


 そう短く答え、電話を切る。


「先生、お友達ですか?」


 その言葉に大崎は微笑んだ。


「大学時代の同僚でね。放射線治療の医者なんだ」

「へぇ」

「あいつも僕と一緒で行き遅れている独身だけど、モリちゃん紹介しようか?」


 森野は笑った。


「私、彼氏いるから」


 完璧な返事に大崎は頭をかきながら笑い返した。


「じゃあ、必要ないね」


 大崎はいそいそと仕事に戻ったのだった。


 居酒屋の一角。大崎は友人の近藤と相対した。


「珍しいね、近藤から電話くれるなんて。忙しいんじゃないの?」

「それはお互い様だろ?」


 何杯か酒を交わし、食べ物を胃に収めて落ち着くと、近藤は怖い顔をして切り出した。


「実は、イヤな話を聞いたんだ」

「イヤな話は僕もテレビからいっぱい聞くよ」

「真面目に聞け!」


 近藤は一喝すると、今度は顔を寄せ、声をひそめ、大崎の顔を下から覗きこむように見た。


「突然変異だ」

「……はい?」


「俺たち人間は、来るところまで来た。遺伝子の研究をしているお前ならわかるはずだ。俺たち人類は、神の領域に達した」

「…………」


「なにもないところから人間を造り出すことができるんだ」

「……だから?」


「俺は医者だが、研究者でもある。ある放射能の一部が生物の細胞――コアを破壊し、別の細胞を生み出す。そこから生まれた連中は、俺たちの常識である自然の摂理に関係なく生きることができる」

「それで?」


「自然淘汰が始まる」

「自然淘汰」


「そうだ、自然淘汰だ。新しい生物共が人知れず生まれ、増殖し、繁栄する。ある時を境に、新生物と旧生物に分かれ、新生物は旧生物を餌にして地球で繁栄するんだ」

「近藤、どうしたの?」


「人類に限っては、モラルも秩序もない人間の顔をした化け物に食われて、新たな人類の世界が生まれる」

「近藤――」


 近藤の眼は血走っていた。


「大崎、今の研究を全部やめて、突然変異の謎を解け。手遅れになる前に」


 大崎は近藤の顔をまじまじと見つめた。

 心地よかった酒の酔いも、いつの間にか吹っ飛んでいる。それだけ近藤の顔は異常だったのだ。


「近藤」

「俺、アメリカに留学してたろ。その時にある組織に入った」

「…………」

「政府直下の極秘組織だ。今朝、そこからあるデータがきた。見ろ」


 そう言って出してきた紙に視線を落とす。


 ぎっしりと書かれた英語の文字に、大崎は一瞬目まいがしたが、視線を走らせる程に悪寒が走り、気分が悪くなった。


 それはその組織が出した研究結果で、放射能汚染、遺伝子組み換え、化学薬品等々の影響を受けた生物が、次々と特殊な姿や能力を持って生まれてきたというものだった。それはまだプランクトンくらいまでのものではあったが、もっと複雑な組織構造を持つ生物に広がってくることが示唆されていた。


「これは」

「人間に至る前に、阻止しなければいけない」

「でも……」

「迷っている余裕はもうない。奴らの増殖のスピードは、おそらく想像を絶する。パニックにならないよう極秘に、早急に行わなければ」


 近藤に腕を掴まれ、大崎は言葉を失った。


――この報告書は本当なのか?


――この組織は信用に足るものなのか?


――この男を信用していいのか?


 近藤と別れても、大崎の頭には疑問の気持ちがついては離れなかった。


 何事も、最初は信じられないものだ。人間は、ファースト・インパクトに左右されるが、そのインパクトが大きければ大きいほど、疑う目を持ち、信じようとしない。それは脳が破壊を恐れて、一度すべてを否定するからだ。


 大崎も、その一人だった。


 ようやく頭が出てきた。


「もう少しよ、頑張って!」


 とある産婦人科。若い助産婦が叫ぶように声をかける。激痛と闘いながら、母になろうとしている女は汗まみれの顔をさらに歪めて頷いた。


「肩さえ出たら」


 医者が呟く。


 苦しげな女の呻き声が響く中、ゆっくりと赤ん坊の片方の肩が産道から出てきた。


「よし」


 医者はそう言い、次の作業に移るべく、顔を横に向けた。


 その時――


「!」


 医者の真横で作業を手伝っていた中年の助産婦は息を呑んだ。

 まだ頭と片肩しか出ていない状態で、赤ん坊が目を開けたのだ。


「――――」


 助産婦と赤ん坊の視線が絡み合った。助産婦がゾッと顔を青くし、息を詰める。


 そして――


 赤ん坊がニタリとんだ。


 その瞬間、助産婦は気を失い、そのまま後方に倒れ込んだ。


 それが、ファースト・インパクトだと、近藤なら確信しただろうか?


 さすがに大崎でも、信じただろうか?


 遺伝子は、あらゆるモノを吸収して、進化する。


 すべてが始まった。



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