こんばんはは夜に輝く
おはよう町に店を構える「ホテルこんばんは」と「旅館こんにちは」の抗争は、留まるところをしらず激しさを増していた。
このままでは町の発展に影響がでてしまう……事態を憂慮した町長は双方に料理勝負を提案した。
ホテルや旅館で出される食事はお客様にとって最大の楽しみ。
料理を競う事で、どちらが本当に優れているのかを明らかにする。
ここに宿泊施設としてのプライドをかけた勝負が始まった。
「ふう……」
ホテルこんばんはの料理長、紺屋は厨房で最後のチェックにいそしんでいた。
「どうかね? 調子は」
紺屋の背後から、オーナーの落ち着いた声がする。
「ええ、材料、器具、そして僕の腕……負ける要素はありませんよ」
「そうか、期待しているぞ」
「任せてください」
紺屋は力強く自分の胸を叩いてむせる。
オーナーには先日、消費期限が去年だった缶詰をおごってもらった恩がある。紺屋はその恩を返すため、力を尽くそうと決意していた。
「それでは料理勝負を開始する!」
町長の声に会場の空気が熱を帯びる。
会場の紺屋とオーナーの視線の先には、一人の女性がいた。
どこか妖艶な雰囲気をまとう着物姿の女性……旅館こんにちはの女将、真昼。
オーナーの顔に不安の影がさす。
「あいつの奇抜なアイデアは侮れない……大丈夫かね?」
「何が来ても問題ありませんよ」
紺屋の表情にはみじんの迷いもない。
「それでは! まず旅館こんにちはの料理を出してもらおう!」
町長の声に、真昼が一歩前に出る。
「料理をここに!」
鋭い声に旅館こんにちはの従業員が動き出す。
統率の取れた一糸乱れぬ動き。日ごろの過酷な訓練を想像させる。
「真昼よ、いったい何を出すつもりなのだ」
「ふふ……」
町長の問いに、真昼は薄く笑った。
「女体盛りですわ」
「なんだと……?」
真昼の言葉に、紺屋の表情が陰る。
「ど、どうしたのかね?」
オーナーが不安そうに尋ねた。
「先を越されました。こちらはオーナーの男体盛りだったのです」
「えっ? 聞いてないよ?」
「裸のオーナーの股間には生きたザリガニを添える予定だったのに……」
「はさむつもりだったの?」
「金玉の前には生きたシャコ」
「シャコパンチを玉に?」
よくわからない未来予想図に動揺するオーナーを置き去りにして、料理勝負は進行していく。
旅館こんにちはの女将、真昼は精力的に指示を下す。従業員はそれに忠実に従い、料理を完成へと導いていた。
「ふむ、真昼よ。てっきりお前が女体盛りの器になると思ったのだが」
町長の問いに、真昼は振り返ることなく答える。
「私のような若輩者では器たりえません」
「ほう……ならば器は誰なのだ」
「この旅館の創始者……初代女将ですわ」
真昼の言葉に町長は首をかしげる。
「創業何年だっけ」
「120年ですわ」
審査員の前になんか文字が彫ってある大理石が運び込まれて、料理が盛り付けられていく。
「あれ何?」
「初代女将の墓石ですわ」
つづいて骨壺にスープが入ってるのが出てきて、審査員全員逃げた。
「とりあえず営業停止ね」
「なんで!」
一方そのころ、紺屋は食中毒の恨みを晴らすため、勝負とは関係なくオーナーをひんむこうとして警察に連れ去られた。