夏25:夢の続き
「事前の割り当て通り、生徒会は正門を出て153号線沿いの歩道で清掃を行います。ボランティア部の一年は東門周辺から産業文化会館まで、ボランティア部二年となんでも部は西門を出て三軒町内のエリアをお願いします。ではよろしく!」
早朝のまだ薄暗い空のもと、生徒会長の小柳先輩がそう告げると、学校の正面玄関前に集まったわたしたち二十名ほどの生徒は各々の受け持ちの場所に散らばっていった。
「ふぁあ……ゴミ拾いするにしたって、何もこんな朝早くにしなくてもいいだろ。みんな早起きなんて嫌じゃないの? 昼くらいにやろうぜ」
央士くんが口を大きく開いてあくびをする。伸びをする央士くんの手にはそれぞれゴミ拾いに使う長い金属製のトングとゴミ袋がある。
「やるなら央士だけにしてよ。真っ昼間に蒸し焼きにされながらゴミ拾いとか、アタシはマジでゴメンだからね」
央士くんの隣で一緒に西門に向かって歩きながら、央士くんと同じようにトングとゴミ袋を持ったなっちゃんがそう返す。
とはいえなっちゃんのほうも、実際のところ瞼がいつもに比べて下がりがちになっていて、眠たそうな顔をしている。ふたり揃って朝には弱いみたいだ。
湿気を含んだ、この時期の夜明け前後のほんの一時間か二時間しか味わえないしっとりとした冷たい空気が首もとに当たる。
「やっぱりなっちゃんと央士くんが来なくても、わたしだけが来れば良かったんじゃないかな。奉仕活動に従事するように言われたのはわたしだけなんだから」
わたしがなっちゃんと央士くんに向かってそう言うと、ふたりは睡眠不足のせいかどこか気の抜けたような顔でお互いに顔を見合わせると、同じ表情のままわたしの顔を見た。
「凛音ひとりだけをアウェーの場所に行かせるのはイヤだったからさ」
「それにいまさら言われたところで、凛さん残してノコノコ帰る気にもなんないし」
ふたりはあっけらかんとした口調でわたしにそう言った。
港さんが来た学校見学の日、胡桃と腹を割って話し終わったあと、わたしはなっちゃんと央士くんになんでも部に戻りたいと携帯のメッセージアプリで申し出た。
「して、その心は?」
物理準備室にいるふたりのもとに戻って直接顔を合わせると、なっちゃんは腕を組みながらわたしに訊いた。
「きょう、午前中に特別講習を受けて、その休み時間の時に一緒に講習を受けてた蓮くんに言われたことを思い出したんだ」
「雅臣が?」
そう尋ねる央士くんに、わたしは頷き返した。
「わたしはなんでも部をやめて、それで文化祭で起こしたことの責任を取ったつもりでいた。でも蓮くんはそれは違う、ただ逃げて責任を取ったつもりになってるだけだってわたしに言った」
わたしは思わず目を伏せて、ため息をついた。
「その通りだった。なんでも部から出て、けじめをつけた気になってただけだった。だから本当の意味で落とし前をつけるために胡桃と話し合って、それからもう一度なんでも部に戻るべきなのか、考えてみた」
わたしはまぶたを閉じて、図書室で胡桃と話したことと、さっきこの部屋で生徒会の先輩たちに取引を持ちかけた央士くんの姿を思い返した。
「胡桃は文化祭であんな散々振り回したのに、わたしを許してくれた。そして央士くんもわたしが退部するしないで散々振り回したのに、わたしを部に戻そうとしてくれてる。だから……その好意には素直に甘えようと思う。断たれた繋がりにいつまでもしがみついているんじゃなくて、今ある繋がりを留めるために」
まぶたを開くと、わたしは改めて顔を上げた。そして、央士くんとなっちゃんの顔をそれぞれ見た。
「こんなわたしでも良いのなら……もう一度ふたりの仲間にさせてくれないかな?」
わたしがそう問いかけると、央士くんとなっちゃんはお互いに目線を合わせた。
そしてふたりともわたしにちらりと目をやって、にやりと笑った。
「だから、ずっとそう言ってただろ? 凛音がいなくなるコトないって」
央士くんがわたしに言う。
「凛さんが戻ってくれれば、アタシもやりたくない部長の仕事をやらずに済むでしょ? だからさ、さっさと戻っておいでよ、部長」
わたしから部長職を引き継いだはずのなっちゃんが言う。
こうしてわたしはなんでも部に舞い戻り、元の鞘におさまる……とは、当然だけどすんなりとは行かなかった。
わたしが文化祭で起こした騒ぎの一端を作ったのは確かだし、それに一度退部を申し出してしまった以上、そうやすやすとわたしがなんでも部に戻ることは許されなかった。
央士くんは港さんが用意したあの映像を使って、学校に交渉を持ちかけようとしたみたいだけど、そんなの完全に脅迫でしかないからわたしが止めた。脅迫は犯罪だ。
でも最後は胡桃がわたしたちと先生や生徒会の人たちの間に立って、わたしが部に戻れるように説得をしたことで、わたしはなんでも部に戻ることが認められた。
だけどそれには条件があった。文化祭で蔑めそうになった学校の名誉を回復するため、学校で行う奉仕活動に参加し、従事すること──それがわたしがなんでも部に戻るための条件だった。
「そういやハルさんは? ハルさんはゴミ拾い来ないの?」
掃除道具を手に持って西門のほうへ向かいながら、央士くんが疑問を口にする。
英会話部からなんでも部に転部した占い同好会の一年生、黒井川ハルさん。
わたしが部に戻ったことで、部員の数を埋めるために入ってきた彼女の役割は完全に消失したのだけれど、またもう一度転部の手続きをするのが面倒だという理由で、今も彼女はなんでも部に籍を置いている。
「うーん、いちおうラインで誘ってはみたんだけどね」
なっちゃんが腰に手を当てながら天を仰いだ。
「『私は幽霊部員。そして幽霊は、朝早くに外に出たりしない』──だって」
わたしたちは全員、黒井川さんの言葉に納得するしかなかった。
学校の西門まで出ると、門の外で誰かがわたしたちを待ち伏せていたかのように立っているのが見えた。
八尾乃月港さんだった。
「おはようございます! 八尾乃月港、センパイのお掃除のお手伝いに参りました!」
わたしたちの前に姿を現した港さんはショートパンツにシャツと動きやすい姿をしていて、そんな彼女の手にはほうきが握られていた。
「わざわざ地域のボランティアをために来てくれたわけ? 朝早くからご苦労なこったね」
なっちゃんが腕を組んで、港さんに冷ややかな目線を向けた。まあ、彼女がただ手助けのために来たわけじゃないのは確かなんだろうけど……
「ゆくゆくは央士センパイと同じく、この地域にあるこの学校にお世話になるわけですから。いまのうちからご奉仕しなきゃ。ね、央士センパイ?」
港さんは央士くんの腕に抱きつくと、上目遣いで央士くんに同意を持ちかけた。央士くんは何も言わずに、軽く受け流すように微笑みだけを返した。慣れっこらしい。大物だ。
「それにしても私たち四人もいるのに、いっぺんに集まって動き回るのも効率が悪いですよね。そうだ! 私たち、二手に分かれません? ひとつは私と央士センパイで、もうひとつは鵜野森先輩と夏希センパイで……」
「勝手に決めんなって。それ、ただ単にアンタが央士と一緒になりたいだけでしょ」
なっちゃんが央士くんの腕に抱きつく港さんの顔ににじり寄る。
「こっちは真面目に仕事しに来てんの。央士に絡みたいだけだったら邪魔だから早く帰んな」
「言ったじゃないですか、私はこの先お世話になる学校があるこの地域のために、お手伝いに来たんですから。仕事なんて言いかたしてイヤイヤやるんだったら、私が代わりにやるんで夏希センパイは帰っていいですよ?」
互いに挑発し合うなっちゃんと港さんの間に火花が散る。ふたりとも、にこやかな表情を相手に向けながらも穏やかではない様子だ。
「ね、央士センパイは私と組みますよね? この辺りの掃除しながら、この辺りのこと教えてくださいよ」
「行こう、央士。アタシと一緒にさっさと掃除して、さっさと済ませて帰るよ」
港さんとなっちゃんが、それぞれ央士くんに向かってそう言った。
協議の結果、央士くんはわたしと、港さんはなっちゃんと組む形で二手に分かれることになった。
「いいの? あのふたりを一緒にして? よくない化学反応が起こったりしない?」
央士くんとふたりになったわたしは、学校の門の前のゴミ拾いをしながら央士くんに問いかける。
「大丈夫だよ。中学の時はなんだかんだで同じ部のなかで協力してやれたんだから」
心配するそぶりも見せずに央士くんはさらりと言ってのける。そうなんだろうか。わたしはあのふたりがいまどんな状況なのか、想像するだけでも背筋が冷えてイヤな汗が流れるのだけど……
「そういえば港さんよく知ってたね、わたしたちが今日の清掃活動に出るってこと。央士くんが言ったの?」
「きのう港とラインで話した時に。まさか来るなんて思わなかったけど」
「昨日の今日で早起きしてまで央士くんに会いに来るなんて、本当、筋金入りだね……あの子」
だったら文化祭の時も央士くんに会いに来れば良かったのに。学校のなかの見学もできる機会でもあったんだし。
「だけどわざわざ港さんにそんな話をする央士くんも央士くんだよ。その気もない女の子にラインで話して仲良くして、中途半端に望みを持たせるなんて可哀想だよ。央士くんが港さんにやってること、ほとんどキープだから」
「キープなんて、人聞き悪いコト言うなよ!」
否定する央士くん。でもわたし以外の全人類もこの意見には賛成するんじゃないかな。
「や、朝早くから精が出るね、なんでも部」
わたしと央士くんがあれやこれや言い合っていると、わたしのすぐそばで大きな物影が現れた。キィーと金属が軋むような音に続いて、柔らかいゴムがアスファルトのゴツゴツとした地面に擦れる音がし、隣を通った自転車が急速に停止する。
その自転車に乗っていたのは胡桃だった。ヘルメットをかぶって、バレー部のユニフォームを着た胡桃は自転車のサドルに跨って、ハンドルのブレーキを握りしめている。
「胡桃……」
「おはよう、凛音。央士くんもおはよう」
胡桃がわたしと央士くんに向かって朝の挨拶をすると、央士くんも軽く手を挙げて「おはよう」と返す。
「へえ、ゴミ拾い? なんでも部の依頼でやってるの?」
「そんなところ。胡桃はこれから部活?」
「そ。先輩たちが来る前に早く練習の準備しないと」
胡桃はそう言うと、校門の先にある校舎の壁面に取り付けられている時計にめをやった。猛暑のためほぼ全ての運動部は夏季休暇の間、最も気温が高くなる昼間から時間を前倒しして、早朝に練習を行うようにしている。先の学校見学の時は体育館を中学生が座るパイプ椅子が独占していたため、説明会が終わったあとに後ろ倒ししたみたいだけど。
「……なんか思い出したな」
胡桃が自転車に乗って止まったまま、わたしを見てつぶやく。
「中学で生徒会やってた時も、生徒会で近所のゴミ拾いとか、朝のあいさつ運動とかやってたよね。朝登校する人たちに向かって『おはようございまーす』なんて言ってたりして……」
胡桃の言葉でわたしは彼女と、そして渚と一緒にやった生徒会での活動の記憶が頭の中に蘇る。まさしく、今こうしてるような形で、わたしたち三人はそこにいた。
「……そうだね」
「ごめん。言い出さないほうが良かった?」
胡桃がわたしにばつの悪そうな顔をする。渚のことを思い出させてしまったか、という意味だろう。
「いや、いいよ。どうせ自分でも思い浮かべてただろうし。実際、生徒会長の小柳先輩と、副会長の赤斎賀先輩も一緒にこのゴミ拾いやってるからさ。とっくに思い出してたよ」
きっと、渚に対するわたしの恋が成就することはもうないんだろう。それでも日常で起こる様々な出来事に、わたしは渚と過ごした日々を重ねずにはいられなくなる。たぶん、この先しばらくはずっとそうなんだろう。
「でもね」
わたしは胡桃から視線を移すと、わたしと一緒にいる男の子に目を移した。
「今わたしの隣にいるのは渚じゃなくて、央士くんだから」
わたしはじっと央士くんの顔を見る。すると央士くんは照れくさくなったように少し顔を赤くして、頭をかいた。
「はぁー……つまり、そういうワケね」
胡桃は顎に手をあてると、なぜかわたしを見ながらにやけ笑いを浮かべた。
「何、その顔」
「凛音、今度は逆の立場になるつもり?」
「はあ?」
わたしは胡桃の不可解な態度に困惑した。
「何が言いたいの?」
「つまり、さ、今度は幼なじみの夏希から、央士くんを奪い取ろうって魂胆なのかってことだよ!」
胡桃が大きな声で言うと、その場で大笑いし始めた。
「な、何言い出すの!?」
わたしがなっちゃんから央士くんを奪い取る? まさか!
「わたしがそんなこと思ってるわけないでしょ! なっちゃんから央士くんを寝取ろうなんて!」
「え、寝る? まさか央士くん、夏希と寝たことあんの!?」
「無えよ! ていうか、大声でなんの話してるんだよ!」
校門の前で騒いで言い争うわたしたち。もちろん他の清掃活動のメンバーがこの状況を見過ごすはずがなく、一分か二分後にはわたしたちのもとに生徒会の人たちがやってきて、こっぴどく叱られる羽目になった。
とにかく、わたしは央士くんのことを信頼はしてるけど、胡桃が言ってるみたいに好きとか、そう思ってなんかいない! そもそも、渚に失恋してからまだそんな時間が経ってないのに、恋愛なんかする気にはなれないし!
それに失恋の傷が治ったとしても……わたしがなっちゃんの横恋慕なんか、絶対にするわけない。
「夏希センパイの味方する理由はアレですか? 夏希センパイが央士センパイの幼なじみだから? 自分が叶えられなくて、おまけに醜態を晒した幼なじみへの恋を代わりに叶えてくれることを願ってるからですか?」
前に港さんが言った言葉がわたしの頭の中に響く。
……そうだ。わたしはなっちゃんに願いを抱いている。自分が果たせなかった幼なじみへの長く続いた恋を、成就させてほしいという願いだ。
そんな願いを邪魔するわけがないんだ。新参者で、ふたりのような固い結びつきのないわたしなんかが割り込んで、踏み躙るわけが、絶対に──
【作者からのお知らせ】
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