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夏24:アイの否定


「……じゃあ結局、鵜野森先輩って大して悪いコトしたわけじゃないのに、大悪党みたいな感じでみんなから責められたんですか」


「彼女自ら自分はそうだと言ったんだよ。個人的な目的のために友人を裏切り、深く傷つけたとね」


 物理準備室で小柳先輩は港の言葉にそう答えると、飲み終えて空になったティーカップを黒井川さんに「ご馳走さま」と返した。


「どうして鵜野森先輩は悪者みたいになりたがったんですかね? ずっと好きだった幼なじみにフラれて自棄(ヤケ)になっていたとか?」


「自分を愛の殉教者かなんかと思ってたんだろうよ」


 今度は赤斎賀先輩が港の言ったコトにぶっきらぼうに返した。


「自分ひとりが罪を被れば全て丸く収まる? 完全な思い上がりだ。自分をそんな大した存在だと思ってたんだろうな」


 そう言いながら赤斎賀先輩は部屋のなかにある授業で使う器具や、ハルさんが持ち込んだ占いに使うグッズやら棚にしまわれている漫画やらに目をやっていた。


 そして棚の上に置かれた天球儀に目をつけると、赤斎賀先輩は天球儀の中心にある球を囲んでいる輪っかに手を触れようとした。その時──


「触るなっ」


 黒井川さんの張り裂けるような声が耳もとに飛んできた。部屋にあるシンクでカップを洗っていた黒井川さんは、その場に立って蛇口から水を流したまま赤斎賀先輩に向かって鋭いまなざしで睨みつけていた。


「私とセルヴィーの絆の証に、その穢れた手で触れないで」


 赤斎賀先輩に向かって怒鳴りつけた黒井川さんの口調は落ち着きを取り戻していたけれど、それでも荒い息をして肩を大きくあげて下げている様子を見るに、爆発した怒りは収まっていないみたいだった。


「け、穢れた手?」


 突然後輩にケナされた赤斎賀先輩はわなわなと震え出すと、そのまま魂が抜けたように膝から崩れ落ちてしまった。


「そんな、私が何したってんだよ……」


 ……意外とメンタル弱いな、このヒト。


「凛さんは自分を大した存在だと思って、不幸を背負った悲劇のヒロインになろうとしたんじゃない。自分がどうでもいい存在だと思ったから、全部投げ出そうとしたんだ」


 しゃがみこんで激しく落ち込む赤斎賀先輩を見下ろしていると、おれのそばにいる夏希が口を開いた。


「好きな人にフラれるってコトはさ、好きな人に自分という人間を否定されるようなモンだよ。自分が心を許していた人間にお前は無価値だって突きつけられたら、そこから先はガタガタ。ひたすらブルーになるしかない」


「そんなの極端だろ。不知火くんは別に、凛音のコトを無価値なんて──」


 おれが夏希の言葉に言い返そうとする。だけどすぐさま夏希も言葉を続けておれに言い返した。


「この際彼がどう思うかなんて関係ない。問題は凛さんがそう思ってるってコト。彼と生きてきた今まで、それと彼に好意を寄せながら生きてきた今までを、凛さんにとって全部間違ってたなんて言われたようなもんなんだから」


「そして自分らしさを否定されて空っぽになった鵜野森先輩は、好きな人を手に入れるために友だちを裏切った悪党になることでしか、新しい自分らしさを見つけるコトができなかった……」


 港はさっき赤斎賀先輩が触れようとした天球儀をしげしげと眺めながら言った。


「ま、その点で言えば私って良かったですよ。中学まで大したことない連中のもとで生きて、大したことない人生送ってきましたから。だから央士センパイに二、三回フラれたところで、めげずに自信無くさないでずっとアタック出来るんですから」


 すると港は天球儀からこっちを向いて、人差し指をぴんと立てておれに向けた。


「いつか必ず奪い取ってみせますからね。センパイのハート。センパイの運命の相手は私だって、証明してみせますから」


 港にこんなコトを言われるのは今日が初めてじゃない。中学で港がなんでも部に入ってから、何度もだ。


 自分で言うのもなんだけど、港に好かれるようなコトをしたって自覚はちゃんとある。港にとっておれは自分の人生を変えた「運命の相手」なんだろう。でも……


「港には悪いけど、おれにはおれの運命の相手がいる」


 小学校に上がる前、旅行先で出会った「コノハ」という名前の女の子。お互い別々のところからやってきて、本来一生知り合うコトもなかったかもしれないふたりに偶然起こった出会い。それがおれの心に今でも残ってる。


「その子がいたから今のおれがいる。今のなんでも部をやって、いろんな人と出会って知り合って、友だちになろうとしているおれが」


「まるで彼女と同じだね。不知火渚と共に生きてきた鵜野森凛音と」


 小柳先輩が突然おれが話しているところに口を挟んできた。


「同じ? いや、凛音は不知火くんと一緒に生きてきたかもしれないけど、おれの場合はずっと昔に一度会ったきりの子の話で……」


「いや、同じさ」


 困惑するおれに、窓の前に立つ小柳先輩がきっぱりと言った。日が反対の方角に傾いている空は青いまま暗くなりはじめていた。


「僕はその子のコトをよく知らないけれど、その子の存在は今の君を支える柱なんだろう? なら物理的に近くにいようがいまいが関係ない。その子は君の近くにずっといるんだ。あえて言うなら君の思い出のなか、あるいは心のなかにね」


 小柳先輩にそう言われて、おれは思わず自分の胸もとに手を当てた。そして視線を下ろして、その手もとに目を向けた。


 お互いに指輪を渡し合って、結婚の約束をしたあの子……コノハとまた会うことができたとして、その時コノハは今のおれを好きでいてくれるんだろうか?


 コノハを好きになって、そこから続いていったおれの人生。そんなおれの人生を今のコノハが見たら、どう思うんだろう?


 もし受け入れてくれなかったら? もしそうなった時、おれは──


「ま、私が言ったのも、あながち間違いじゃないのかもな」


 足もとから声が聞こえてきた。赤斎賀先輩の声だった。


「今まで好きだったヤツ……そいつがいたおかげで大した人生送ってこれたんだ。全部無くして落ち込むくらいには大した人生がさ」


 床でうずくまっていた赤斎賀先輩がゆっくりと起き上がる。そして窓際まで歩み寄って、日も月もない窓の外の澄んだ空に目を向けながら先輩は腰に両手を当てた。


「フラれたから何だよ。フラれたってっていいじゃねえか。そいつと一緒にいる間に手に入れたものはいくらでもあるんだから。それをフラれたからって全部投げ捨てるなんて、それこそバカの極みだ」


 こちらに顔を見せずにそう言う赤斎賀先輩の背中を、おれたちは見つめた。


「先輩……」


 おれの近くにいる港が呟いた。


「それは彼氏に二股されて捨てられた自分自身への慰めですか?」


「違えよっ」


 赤斎賀先輩がくるっとこっちを向いて叫んだ。先輩の顔は茹でタコみたいに赤くなっていた。


「む、ケータイに通知が」


 興奮する赤斎賀先輩をよそに夏希が制服のスカートのポケットに手を突っ込むと、そこから携帯を出して画面を見た。


「凛さんからライン。一緒に見る?」


 そう言って夏希は、携帯の光る画面をおれに向けた。そこには──


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