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春6:闇の中


 “しばらくひとりにさせて”


 “わたしは大丈夫だから”


 “心配かけてごめんなさい”


 おれが凛音さんから届いたラインのメッセージを見てため息をつくと、テーブルの向こうから声が聞こえた。


「その……凛音、なんて言ってた?」


 席の向かいにいる不知火渚は、携帯の画面を眺めていたおれに訊いた。


「……凛音さんは大丈夫だって言ってるけど」


「そう。そうだったらいいんだけど」


 不知火くんはおれにそう言ったけれど、その表情を見る限り、どう見ても彼が安心しているようにはおれは思えなかった。自分で自分のことを大丈夫なんて言ってる人が本当に大丈夫なわけないんだから。


 だったらいなくなった凛音さんのことを追いかけるべきなんだろうけど、あちこち探し回って見つけられずじまいになっていたところに、凛音さんからさっきのラインのメッセージが送られてきた。


 いったん凛音さんの捜索を打ち切ることにしたおれと不知火くんは、すぐ近くにあるスターバックスに場所を移すことにした。


 数時間前にここに来たばかりのおれは、いつものノリでまたキャラメルフラペチーノを注文してしまったけれど、ダブらせずに別の飲み物にしておけば良かったかなあと、そんなこと考えている場合じゃないのに後悔してしまっていた。


「それにしてもちょっと落ち着かないな。僕、こういう店入ったことなかったから」


 昼間の凛音さんと同じようにブラックコーヒーを買った不知火くんは、そわそわした様子で今自分のいる店の中のあちこちに目をやっていた。


「らしいね。凛音さんも同じこと言ってた」


「……ということは、君も凛音とここに来たってこと、か」


 不知火くんはそう言うと、あちこちに向けていた目線をおれのほうにやった。


 おれは改めて目の前にいる不知火渚と向き合った。


 不知火くんはワイシャツに黒いジーンズを履いていて、彼が言うにはT-FACEにある雑貨屋さんでバイトしてきた帰りらしい。


 なで肩で、穏やかで落ち着いた感じで、やわらかく優しそうな目もとが特徴的な不知火くんは、とても誰かの心をひどく傷つけるような人には見えなかった。


 ここで飲み物の注文をとっている間に、今日のおれと凛音さんとのデートのことについてざっと不知火くんに話した。


 おれが凛音さんの恋人と思われるのは恥ずかしかったし、それに……何よりも不知火くんにそう思われるのは、なんだかイヤな気がしたからだ。おれにとっても、凛音さんにとっても。


「君が”なんでも部”の黛央士くん……風の噂で聞いたことはあるけど、まさかこうやって君と会うことになるとは思わなかったよ」


 不知火くんがそう言った時、彼の隣から「なんでも部?」という声が聞こえた。


 不知火くんの隣の席には、さっきバス停で彼に声をかけた、お団子頭の女の子がいた。


「ああ、犬飼(いぬかい)さんは三重の出身だから、君のことを知らないんだ」


 不知火くんが自分の隣にいる女の子のことを紹介すると、彼女も改めておれに自己紹介をした。


犬飼(いぬかい)千鶴(ちづる)です! 不知火くんと同じ三ツ谷高専に通ってます」


 犬飼さんはおれに向かって満面の笑みを浮かべながら言った。犬飼さんの前の席には彼女が頼んだ、春限定の苺フラペチーノがある。


 犬飼さんも不知火くんみたいにT-FACEにあるレストランでバイトした帰りで、バスで帰るところで不知火くんとばったり会ったらしい。


「三重の出身? じゃあ今は実家を出て、ここで一人暮らしをしてるのか?」


「高専に寮があって、そこに入ってるの。中学までは地元の学校に通ってたんだけどね」


 おれが疑問に思うと、犬飼さんが答えた。へえ、高専にはハリー・ポッターみたいに寮があるのか。


「不知火くんもその寮に入ってるのか?」


「いや、僕は家が近いから家から通ってる」


「だからここからバスで寮に帰る時は、不知火くんとは同じ路線を使うことになるんだ」


 犬飼さんが不知火くんに目線を向けると、彼がそれに応えるように微笑んだ。


 今までの話からして、このふたりは高専に進学してから初めて会ったみたいだ。


 一見仲の良さそうな様子からして、付き合っている恋人同士、と見ることもできなくもないけど、さすがに二人に向かっていきなり「キミらは付き合ってんの?」と質問する気にはなれなかった。


 だけど、仮にそうだったとしても、中学の卒業間際に起こった凛音さんと不知火くんとの仲違いに、犬飼さんが関わっていたは思えない。だってその時犬飼さんはまだ地元にいて、ふたりと会ったことなんてないんだから。


 凛音さんがずっと恋心を寄せていた幼馴染。ずっと続いてきたふたりの関係は、どうしてコナゴナに壊れてしまったのだろう?


「気になってるのかな。僕と凛音の間に起こったことについて」


 不知火くんにそう言われると、おれは黙って首を縦にゆっくり振った。


 本当なら赤の他人であるおれが深追いするべきじゃないのかもしれないけれど、やっぱりそのことが気になって仕方なかった。


 それは単なる野次馬根性以上に……なんとなくではあるけど、凛音さんたちにあの時何があったのかを知ることが、今のこの状況を変えるカギになるような気がしたからだ。


「りんね……さっき探してた子のことだよね」


 犬飼さんが言うと、不知火くんは「うん」と頷いた。


「黛くんは知ってるだろうけど、凛音は僕の幼馴染で、中学まで一緒の学校に通ってた。大事な友だちだった。友だちだって、思ってたんだけどね……」


 不知火くんはそう話すと、深いため息をついた。


「僕自身、凛音のことについては心の整理がつかないままここまで来てしまったんだ。だから自分のためにも、もう一度、あの時何があったのか振り返りたいと思う。付き合ってくれるかな」


 不知火くんがそう言うと、おれは黙ってその言葉に小さく頷いた。


「犬飼さんもいいかな?」


 不知火くんがおれから犬飼さんのほうに目線を向けて訊くと、犬飼さんも口を閉じたまま首を縦に何度もぶんぶんと振った。


「ありがとう」


 不知火くんはほろ苦い笑顔を浮かべて肩を落とすと、まなざしをおれと犬飼さんから、テーブルの上にあるカップに入った、黒い液体の闇の中に落とした。


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