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夏20:灼き尽くすような熱情を-中編


「キミ、八尾乃月港だろ」


 乗ってきた自転車をスタンドも立てずに放り出すと、おれは高台の柵の前で仰向けになって倒れている女子……八尾乃月港のところへ駆け寄った。


 空を仰ぎ見ている彼女の顔を上から覗き込むと、八尾乃月はぽーっと焦点があっていない目でおれの顔を見つめ返した。


「おれは黛央士。キミと同じ日暮中に通ってる二年だ。なんでも部をやってる」


 おれが一通り自分のコトを一気に説明すると、八尾乃月はとろんとしていた目を細めた。


「……なに、なんでも部って。変な名前」


「え? ああ、そうだな」


 おれは人差し指の先を頭に当てると、軽く頭をかいた。


「正直、おれもそれはそう思うんだけど……」


「私に何の用」


 八尾乃月はおれの言葉を遮ると、地面に倒れたままぷいと横を向いた。


 おれは彼女のところに駆けつけた理由をどう話すべきか迷いながらも、ゆっくりと慎重に頭のなかで言葉を思い浮かべながら口を開いた。


「さっきの、見えたんだ」


「鳥人間コンテストに出るための練習風景?」


「え、そうだったの?」


 おれが思わず口をぽかんと開けると、「バカじゃない?」と八尾乃月はぼそっと言った。


「そんなワケないでしょ。何マジに受け取ってんの」


 そう言ってため息をつくと、八尾乃月は横を向いたまま目線だけをおれに移した。


「それで、アンタは私があそこから飛び降りようとしたのをたまたま目撃したっていうの?」


 八尾乃月が「たまたま」のところを強調して言う。


 おれは隠してもしょうがないなと観念すると、正直に今ここにいるわけを話すコトにした。


「キミの話は聞いてる。大勢がいる前で、二年の鈴木(すずき)をノックアウトしたって」


「知ってるのはそれだけ?」


「……説明したほうがいい?」


「いい」


 八尾乃月はそう言ってまた視線を柵の方に向けた。


 三日前、一年の女子がおれと同じ学年の鈴木を馬乗りになってタコ殴りにしたって騒ぎが起こった。


 話を聞きつけた先生たちがすぐに現場に駆けつけて八尾乃月を取り押さえると、当事者たちを生徒指導室に連れ込んで事情聴取をしたらしい。


 生徒指導室でふたりが先生たちに話した内容は秘密のはずだったらしいけど、次の日の朝にはなぜかもう全校に漏れ広がっていた。その話によると鈴木が八尾乃月にセクハラをして、その報復に彼女がやり返したというのが真相みたいだった。


 だけど流石に仕返しがバイオレンス過ぎたのがマズかったんだろう。


 八尾乃月は被害者かもしれないけど、だからって大っぴらにかばうのはちょっと……みたいな空気が学校の中には広がっていて、そのうえ鈴木は本当は無実でハメられたんだってあいつのファンの女子が言い出したコトで、もはや八尾乃月にはダレも味方がいない状況になってしまっていた。


「だから私を助けるって? 助けるって、どう助けるつもり?」


 八尾乃月が手を軽く挙げて気だるげに頭にあてると、手首の辺りで目もとが隠れた。


「たとえ相手が脳ミソ下半身ヤローだったとしても、私は暴力でねじ伏せようとしたんだよ。こんな人間を助ける価値、あるわけないでしょ。あの父親みたいに」


 顔にあてていた手を下ろして目もとが見えると、八尾乃月はおれに薄ら笑いを浮かべた。


「もう全部判ってるんでしょ。こんな真夜中に私を探して追っかけ回すくらいなんだから」


 八尾乃月は起き上がると、そのまま立ち上がっておれに背を向けた。


「どこに行くんだよ」


「家に帰る。大丈夫、もう死のうとしたりしないから。少なくとも今夜は」


 そう言うと八尾乃月はその場から足早に離れようとし始めた。


「待てよ、家に帰るって、それは……」


「じゃあこのまま家に帰らないでいろって?」


 おれが引き止めようとすると八尾乃月はこっちを振り向いて、思い切りおれを見下すような冷たい目をした。


「バカ言わないでよ。どうせあいつが警察なりなんなりを呼んで私を探させるに決まってるし、見つかったら即ジ・エンド。そこまで長引けば長引くほど余計にあいつを怒らせるだけだし、だったら自分からさっさと降参して帰ったほうがよっぽどあとにひかない。傷口は浅いうちになんとかしておかないと──」


「ここで帰ったら余計に傷口をひどくするだけだろ」


 八尾乃月の言葉をおれは遮って言った。


「今まで傷つきながら生きてきたんだろ。この先も傷ついて生きていくコトを喜んで選ぶってのか。そんなのいいわけないだろ。本当に傷つきたくないなら、やらなきゃいけないのはこれ以上傷つかない方法を探すコトで……」


「うるさいな! そこまで偉そうなコト言うなら、気の利いた解決策でもあるっていうの!?」


 自分を説得しようとするおれに、八尾乃月は完全に顔を背けて大きな声をあげた。


 肩を震わせて、拳を握りしめている八尾乃月の後ろ姿をおれが黙って見ていると、八尾乃月は「ふっ」と鼻で笑った。


「ほら、やっぱり。出来るわけないんだ。あの家族とあの家がある限り、アンタもダレも私を救うコトなんてできない」


 おれに向かってそう言う八尾乃月は、おれを偽善者とかそういう名前で呼ばれる人だと証明してみせたように満足げな顔をしているみたいだった。


「本当にやれるんだったら、私の家を爆弾で吹き飛ばすとかそれくらいのコトしてみなよ。まあそんなコト、出来るわけないだろうけど!」


 ◇◇◇


 轟音が空に鳴り響く前に一軒家の二階部分の窓がパッと明るくなると、次の瞬間には部屋が溢れるような煙とともに丸ごと粉々になって吹き飛んだ。


 燃え盛る炎が天に昇って黒煙へと変わっていく様を見届ける私の横で、同じ中学の二年生の黛央士は眼鏡をかけた利口そうな男子に胸ぐらを掴まれていた。


「これは、どういうコトだ?」


「い、いやあ……」


 自分の問いに曖昧な態度で返す黛央士を、メガネの男子はぐいと手で引き寄せて凄んだ顔で睨みつけた。


「俺が渡したのは穴を開けてガスを抜いたボンベのはずだぞ。なのに、なんであんな爆発が起こったんだっ」


 メガネの男子は黛央士を掴んだまま、燃えさかる私の家に向かって指をさした。


「それは、ついノリで……」


「ノリで人さまの家を吹き飛ばすやつがあるかっ」


 鼻の奥を突くような煙のにおいがあたりを漂い、近所から見物人がぞろぞろ現れてくるなかで、私よりやや背の高い女性が黛央士の前に立った。私と同じ中学の制服を着た女性だった。


「夏希」


 メガネの男子が自分を掴む手を離して解放されると、黛央士は目の前に立った女性のことをそう呼んだ。


 すると彼女は無表情な顔で、黛に平手打ちをした。


「な、何するんだよっ、夏希」


 頬の叩かれたところを手で当てながら黛は叫ぶように言うと、女性は冷たい顔をしたまま口を開いた。


「央士、死ぬかもしれなかったんだよ。ていうか、本当に死ぬところだった。なんであんなコトしたの。なんであんな命を捨てるようなコトしたの」


 相変わらず女は無感情な態度を黛に示していたけれど、内面ではそれとは正反対のことが起こっていることは私でも判った。

 

「心配かけてごめん、夏希」


 黛は目の前の夏希という女性に責められて少し気落ちしているみたいだったけれど、顔をあげると私のほうをまっすぐ見た。


「でもこうしなきゃ、あいつが死ぬかもしれなかったから」


 周囲の喧騒と炎の熱気が私の肌に伝わり、遠くからパトカーと消防車のサイレンが鳴る音が聞こえる。近くでは膝から地面にぐずれ落ちる煤まみれの父親と、項垂れて啜り泣く母親の姿がある。


 だけどそれもこれも全部、いまの私にはどうでも良かった。


 わたしはこっちを見る黛央士の顔を、ただ見つめ返すことだけで精一杯だった。


 いつの間にか火災の現場にはパトカーや消防車が到着し、消防車のホースから滝のような勢いで放出される水が燃える一軒家に降り注いでいた。


「詳しい話を聞かせてもらおうか、なんでも部の問題児ども……」


 パトカーからスーツを着た大人たちが現れると、彼らは黛たちの肩に手を置いて、そのまま彼らをパトカーの中に連れ込んで行った。


「待ってっ」


 パトカーに乗せられて連行される黛たちを私は走って追いかけると、黛は車の中から窓越しにいる私に向かって微笑みかけた。


「またな」


 そう言って軽く手を振った黛央士たちを乗せてパトカーが走り去っていくのを眺めながら、火災現場に残された私は本当にまた彼に会えるのかと思うと同時に、いつの間にか黛とまた会うことを待ち望んでいる自分自身の感情に気がついたのだった。


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