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夏15:うらやまけしからん


 物理準備室の扉を開けると、そこには暗闇の中で小さく灯っているろうそくの明かりと、それに照らされている眼帯を着けた女子生徒の顔が……という景色が広がってるわけじゃなかった。


 そこではカーテンを全開にした部屋のなかで真夏の突き刺すような日差しに照らされながら、アイスティーの入ったカップを片手に優雅に本を読んでいる黒井川ハルの姿があった。


「どうしたの? なんでも部。鵜野森さんに渡した書類に不備でもあった?」


 会議室を出たあと物理準備室に来たおれ、夏希、港の姿を見て、黒井川さんは首をかしげた。


「入り口で固まってないでこっちに来たら? 何か気になるコトでも?」


「え? いや、部屋の感じがさっき来た時とだいぶ違ってたから、ちょっと意外で……」


 午前中に来た真っ暗な部屋から様変わりしている部屋の中の様子に面食らって、おれはぽかんとその場に立ち尽くしてしまっていた。


 黒井川さんの前にある机を見ると、さっき来た時にあったろうそくの燭台と天球儀の代わりに、紅茶を入れるポットとそれを載せるお盆が置かれていた。


「ああいう雰囲気が好きなのかなって思ってた」


「別に年がら年中ああしてるわけじゃないわ。あれはあくまで星と交信するための雰囲気作り。いつもはこんな感じよ」


 へえ……見栄えとかムードが大事なんだな、占いって。確かにこんな明るい部屋で占いをやってもイマイチ説得力ないかも。


「それで、要件は?」


「あ、そうだった」


 黒井川さんの一言でここに来た理由を思い出すと、おれはうしろにいる港のほうを向いた。


「港、この人は高校のなんでも部に入った黒井川ハルさん。黒井川さん、こっちは中学の時のなんでも部の後輩の八尾乃月港」


「八尾乃月です。よろしくです、黒井川先輩」


「入部一日目の黒井川です。よろしく」


 黒井川さんは手に小説とアイスティーの入ったカップを持ったまま港に軽く会釈した。読んでいる小説は表紙を見た感じ、ファンタジー系のラノベみたいだった。


「とまあ、こうやって将来の先輩後輩どうしの顔合わせのために来たんだけど、お茶の邪魔しちゃったかな」


「気にしていないけど、鵜野森さんに言った通りわたしは幽霊部員として、なんでも部には籍を置くだけのつもりだから。無理してわたしのところへ顔を出すコトないわ」


 おれの言葉にそっけない感じで返すと、黒井川さんは冷たい紅茶の入ったカップに口をつけた。


「だけど、そう。その子が黛くんと再会を果たした女の子なのね」


 黒井川さんはおれから目線を外すと、おれの後ろにぴょこんと立って部屋の様子を覗き込もうとしている港をちらりと見た。


「ま、それは当たってると言えるんじゃないかしらん」


 おれの隣で夏希が片手を腰に当てながら、港に目をやった。


「ね、先輩。今の、何の話ですか? 私の話?」


 港が横からぴょこんと顔を出すと、おれに上目遣いを向けながら訊いてきた。


「……あー、まだセンパイ諦めてなかったんですね。例の女の子のコト」


 数時間前にここで黒井川さんから聞かされた占いの話を港に説明すると、黒井川さんが近くの机に軽く腰掛けてたおれたちの前に立った。


「どうぞ。貴女たちの分」


 黒井川さんはアイスティーが入ったカップが三つ乗っているお盆を手に持っていた。


「ありがと、いただきます」


「いただきます」


 夏希と港がそれぞれお盆からカップを取って、お茶に口をつけた。


「貴方は紅茶、飲めない?」


 ひとりだけカップを取らなかったおれを見ながら、黒井川さんが訊いてきた。


「うん。央士、紅茶ニガテなんだ。アタシはイケるけど」


 もらった紅茶を飲みながら、夏希がおれの代わりに答えた。実際、紅茶はシブい味がしてニガテなんだけど、せっかく用意してもらったのに断るのも悪いから、おれはお盆から残っているカップを手に取った。


「いや、大丈夫、もらうよ。ありがとう」


 そしておれはカップのなかのお茶を軽く一口、口のなかに入れた。


 ……うーん、残念。やっぱり得意じゃないな。隣の女子ふたりはおいしく飲めてるみたいだけど。


「ダメだった?」


 シブい紅茶を飲んでシブい顔をしているおれを、黒井川さんはじっと見て訊いた。


「……ごめん」


 おれは自分のカップから口を離すと、それをお盆の上にそのまま戻した。


「じゃあ私もらいます! 先輩が飲めなかった紅茶! もったいないですからね!」


 港が声を張り上げてそう言った次の瞬間、お盆の上からカップがサッと消えた。


 すると消えたカップを取って手にしていたのは、おれの隣にいる夏希だった。さっきまで飲んでいたカップは腰掛けている机の上に空になって置いてあった。


「アンタ、まだ飲みきれてないでしょ。ハルさん、この子におかわりの用意、頼めるかな」


 夏希が澄ました顔で黒井川さんにそう言うと、アイスティーのおかわりをおあずけされた港は「えーっ」と声をあげた。


「違います〜、私は食品ロスを危惧して申し出ただけです〜。先輩はそんなに欲しかったんですか〜? 央士センパイが口つけた紅茶が〜?」


「央士とアタシの間接キスなんて日常茶飯事。いまさら有り難がるコトもないよ。アンタと違ってね」


 夏希は紅茶を飲みながらそう言って、港に向かってフッと笑った。港のほうも夏希に向かって笑顔を浮かべてはいたけど、なんか無理やり作ったような硬い表情になっていた。


 そしてそんなふたりの間に立っていると、今度は黒井川さんがクスクスと小さい笑い声をあげたのが聞こえた。


「……何?」


 黒井川さんは空になったお盆を胸に抱えて、口に包帯でぐるぐる巻きになった手を当てながらおれを見て笑っていた。


「いや、モテモテね。貴方」


 そうだな……確かにこの状況は、黒井川さんの言う通りかもしれない。


 問題は、これで嬉しい気持ちになるかってコトだけどな!


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