夏12:ぽっと出の悪意
今日の学校見学会は二回に分けて行われた。
最初におれが通ってた日暮中や、市内にある中学校の生徒を対象にしたAグループ、そしてみよし市や日進みたいな市外にある中学校の生徒が対象のBグループと続いて、学校の中が大混雑しないように開始時間をずらして体育館での学校紹介と学校の施設の案内を別々のグループでやったというわけだ。
そして両方のグループの案内が終わったあと、さっきまで学校じゅうを歩き回りながら後輩たちに案内していたおれたちボランティアは、中学生たちがいなくなった体育館に並んでいる大量のパイプ椅子の片付けに駆り出された。
何百もあるパイプ椅子をひとつひとつ畳んで、体育館の舞台の下にある引き出しを引っ張って出てくる台車までいくつかまとめて持っていって重ねて並べての作業を繰り返している間、おれは夏希と一言も口をきかなかった。
いや、片付けなんて黙々とやる仕事なんだから喋らないのは当たり前なんだけど、それでも夏希はおれのいるところからやけに離れた場所でパイプ椅子を片付けたり畳んだりの作業をひとりでやっていた。
「夏希が畳んだやつ、持ってくよ。分担したほうが早いだろ」
なんとなーく距離を取られている気がしたけれど、おれは夏希のところまで駆け寄っていくと思い切って声をかけた。
シカトされた。
夏希はおれを無視したまま椅子を畳むと、両腕に一脚ずつ持って台車のあるほうへ向かっていった。おれは近くに置いてあった畳んである椅子を見つけると、それを持って夏希についていこうとした。
「……夏希、怒ってる?」
「アタシに怒られるようなコトした心当たりでもあんの?」
夏希は目も合わせずに言った。
「いや、それは……おれが港とひっついたりしてたのに怒ってるのかと」
「央士と八尾乃月がイチャついてたコトとアタシが怒ってるのになんの関係があるわけ? アタシはアンタの彼女じゃないんですけど」
夏希はそう言って台車まで来てパイプ椅子を置くと、そのままさっきの場所までさっさと戻っていってしまった。
そしておれはそんな夏希を追いかけることもできずに、夏希の背中に向かって中途半端に手を伸ばしたまま、その場に突っ立っていることしかできなかった。
「……何してんだか」
おれは上げてた腕を下げて、自分に向かってつぶやいた。
「まったくその通りだな」
突然、後ろから低いギラついた感じの女の人の声が聞こえた。
振り向くとそこには生徒会の赤斎賀先輩が立っていた。
「うわっ、いつからそこに!?」
さっきまでいなかったはずの赤斎賀先輩の姿におれがビクッと驚いて飛びあがると、赤斎賀先輩は腕を組みながら鼻で笑った。
「当然の報いだな。女を雑に扱う奴は女に雑に扱われるのがオチなんだよ」
いや、いつからおれの後ろにいたのかの説明は? それに、なんで先輩はわざわざおれのところに……
「……先輩、なんか最近やたらおれたちに絡んできますよね。おれたち、先輩に何かしましたか?」
「はん! トラブルメーカーが今更何言ってやがる。つい最近、教師陣に会議室で散々詰められたのを忘れたのか?」
「それはちゃんと覚えてますけど、そうじゃなくて、赤斎賀先輩に恨みを買うようなコトしたかなって」
あの文化祭での一件は学校の評判に関わる話で、その件で先生とかに怒られるのは判るけれど、いくら学校の代表である生徒会のひとりとはいえ、赤斎賀先輩ひとりがここまでおれたちに突っかかってくる理由にはならないような気がした。
「私はテメーらみたいなくだんねえ恋愛騒ぎで周りに迷惑をかける奴が平気でのさばってるのが許せないんだよ。特に、お前」
そう言って、おれより少し背の高い赤斎賀先輩がぐいと顔をおれの顔に近づけてきた。圧を感じる。
「女ふたりに手ェ出してヘラヘラしやがって。気色悪いんだよ」
「出してないしヘラヘラもしてない……」
先輩に間近でニラまれながら、おれは消えてしまうようなか細い声で反論した。年上の圧が強い先輩に真っ向から立ち向かう勇気はおれにはない……
「お前を見てると吐き気がするんだよ。ヘドが出そうだ。試しにここで吐いてやろうか?」
「自分で片付けるなら、どうぞご自由に」と言い返す勇気もおれにはなかった。おれは弱い……
「ま、あんまりイジめると小柳がうるせえからこの位にしてやるよ」
赤斎賀先輩は生徒会長の小柳先輩の名前を挙げると、一歩下がっておれから顔を離した。
先輩が迫ってきてる間、思わずずっと息を止めてたおれはやっと深呼吸するコトができて、息を大きく吸って吐いてほっとした。
「でもな、小柳と違って私はてめえらを助けたりなんかしない。だから楽しみにしてるよ、次またお前らがヘマすんのをな」
そう言って先輩はニッと笑うと、そのまま体育館の外へ出ていった。
「本当何なんだ、あの人……」
軽く弾むような足取りで去っていく赤斎賀先輩の背中を見ながら、おれはぼつりとつぶやいた。




