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夏11:忘れ物はなんですか?


「八尾乃月は中学の時のなんでも部の後輩だ」


 特別講習の休み時間、わたしは廊下で蓮くんにさっきなっちゃんと央士くんと一緒にいた女の子について尋ねた。


「当時、八尾乃月はトラブルを抱えていて、それを知った黛が助けに入ったことがきっかけであいつも部に入ることになった。俺たちが卒業して、今は一人で部を切り盛りしているらしい。黛と奥寺から聞いてなかったのか」


「後輩の子がいたっていうのは少しだけ。写真も見せてもらったことはあるけど、ちゃんとは覚えてなかったから。そう、あの子だったんだ」


 わたしは前に央士くんに見せてもらった、中学校の時のなんでも部の部員の集合写真を頭に思い浮かべて、なっちゃんや央士くん、蓮くんと一緒に写真に写っていた女の子と、さきほど教室の横を通っていった女の子の顔を並べてみた。


 よくよく思い出してみれば、あの写真に写っていた央士くんと見知らぬ女の子……八尾乃月港さんの間にあった距離がやけに近かったような気がする。


 さらによくよく思い出してみると、央士くんと距離の近い八尾乃月さんに対抗するかのように、写真のなかのなっちゃんは隣にいる央士くんと肩を組んでいた気がした。


「ねえ、もしかしてだけど、あの三人って三角関係だったりしない?」


「もしかしなくても、その通りだ」


 わたしが思ったことを率直に訊くと、蓮くんは即座に答えた。


「助けられたことがきっかけで八尾乃月は黛のことをひどく恋い慕って好意をあからさまに向けていたし、黛と旧い仲の奥寺はそんな八尾乃月に対して牽制を繰り返していた」


 そこまで話すと、蓮くんは険しい顔をしてわたしを見た。


「おかげでなんでも部は恋愛脳の集まりだと呼ばれ、連中と一緒にいるおれまで同類だと扱われる始末だ。こんな乳繰り合いを日常的に起こす連中と同じ部にいたせいで、何の瑕疵の無いのに恋愛脳呼ばわりされた俺の気持ちが判るか?」


「えっと、それは……」


 わたしは自分に迫真の眼差しを向けてくる蓮くんに、少し圧倒されていた。


 どうだろう。一生判らないままでいたいかな……


 過去の苦い記憶を思い浮かべて感情的になっていた蓮くんだったけれど、急にはっとなると、わたしへの凄んだ顔を引っ込めて、落ち着きを取り戻したみたいだった。


「すまない。勢い余って八つ当たりをしてしまった。忘れてくれ」


「いや! 大丈夫だよ! 蓮くんが大変な思いをしてたのは判るから」


 冷静になった蓮くんに、今度はわたしのほうがしどろもどろになってしまった。


「……だけど、央士くんのほうはどう思ってたのかな」


 わたしはふと疑問に感じた。


 蓮くんが中学校でなんでも部にいた時、その場になっちゃんと八尾乃月さんと一緒にいたのは蓮くんだけじゃない。三角関係の中心で、当事者の央士くんがそこにいたんだ。


 自分を色んな意味で慕う後輩の八尾乃月さんと、小学校の頃からずっと一緒だったという幼なじみのなっちゃん。ふたりの女子からの好意に央士くんは気づいていたのだろうか?


「まさかふたりの好意に気づいてないふり、してるわけじゃないよね……」


 わたしがなんでも部にいた二ヶ月半のあいだ、わたしが央士くんとなっちゃんに抱いていた印象はいわゆる"友達以上恋人未満"と呼ばれるものだった。


 ふつうの友達にしてはやけに親密だけど、その先の一線には踏み込まないことを暗黙の了解としてふたりの関係性は維持されていた。


 だけれど八尾乃月さんのような平衡を揺るがす存在ががいる状況で、それが保てきれるのか……というか保てきれていたのか、わたしにはかなり疑問だった。


「あんた、意外となんでも部に未練があるんだな」


「え?」


 蓮くんが不意に口にした言葉にわたしはぽかんとした。


 わたしがなんでも部に未練を? まさか!


「何言ってるの、蓮くん。そもそもわたしはなんでも部をやめて、ふたりとはもう何の関係もないのに」


「本当にそうなら、わざわざ俺に黛や奥寺のことを尋ねたりなんかしないだろう。連中に心残りがある証拠だ」


 蓮くんはわたしの胸の中の隙になっていたところを、的確に鋭く突くように指摘した。呆気に取られながらわたしは何とか頭の中で反論の内容をまとめようとする。


「それは……ふたりとは今まで一緒にいたから、なんとなく気になってしまうだけで」


「だったらそれで良いだろう。たとえ部からいなくなっても、連中と出来た繋がりはそう容易くは途絶えはしない。俺が良い見本だ」


 そう言って蓮くんは苦笑を浮かべると、わたしを見て再び表情を引き締めた。


「俺は本格ミステリを執筆するという己が野望のために、なんでも部を捨てて文芸部を選んだ。だがお前は目的もなくなんでも部から逃げ出しただけだ。逃げて自分の罪を贖ったつもりになっているだけだ。自分でもそうだとは思わないか」


「蓮くんはわたしに何が言いたいの」


「黛はお前がいなくなって恋しがってる」


 思わず反発するような口ぶりで言葉を発したわたしに、蓮くんは簡潔に返した。


「だから軽々しくあいつらのもとからいなくなろうとするな。お前もあいつらに対して心残りがあるなら、なおさらな」


 わたしは蓮くんにそう言われると、彼に何も言えないままその場で立っていることしかできなかった。


 その時、目の前をふたりの女子生徒が通ろうとした。中学の時からのわたしの知り合いで、文化祭の時に散々迷惑をかけた弁天橋胡桃と、その友人らしき女子だった。


 わたしと同じ特別講習の受講生であるふたりは、手洗いかどこかから教室に戻ってきているところのようだった。


 そしてふたりがわたしの前を通って、わたしと胡桃の視線が合いそうになった時、その間を胡桃の友人の女子が慌てるように割り込んで妨げた。


 そのままふたりは教室の中に入っていって、結局わたしと胡桃は目を合わせることすらなかった。


「無理だよ、今更」


 わたしは教室の方へまっすぐ視線を向けたまま、隣にいる蓮くんに言った。


「手遅れだもの」


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