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夏9:両手に花


 八尾乃月(やおのつき)(みなと)は中学の時のおれの後輩だ。そして、日暮中のなんでも部の部員でもある。


 おれたちが中学二年の時におれたちと知り合って、なんでも部に入部した一年下の港は小柄な体型を活かした身軽さ、すばしっこさで大活躍を繰り広げて、その実力を買われ、なんでも部の部長の座を先代部長の(れん)雅臣(まさおみ)から引き継ぐという名誉を得るに至った存在でもある。


 ……他に部員がいなかっただけだけど。


 とまあ、港とは中学の時は部で毎日顔を合わせていたのだけど、おれたちが高校に進学して別々の学校に通うようになってからは会う機会もなくなって、携帯でやりとりをたまにするだけになっていた。


 それはおれは高校でなんでも部を作って毎日バタバタしていたし、港のほうも中学のなんでも部や、高校入試の受験勉強で忙しくしているんだろうなと思って、休みの日に一緒に遊びに誘うのも遠慮してしまっていたから……だった。


「え〜、言ってくれれば私、央士センパイのところにいつでも駆けつけましたのに〜」


 で、しばらく会えずじまいになっていた港はいま、おれの腕に抱きついていた。


「……なあ、港。ちょっと、というかすんごい歩きづらいから、一旦離れてくれない?」


 校舎の廊下を歩きながら片腕に両手を巻きつけてくる港に、おれはものすごい気まずさを感じながら言った。


 なぜならおれと港がいる後ろには、自分の通ってた中学校の後輩が何十人も一緒になって並んで歩いているからだ。


「いいじゃないですかセンパイ。誰も文句言ってないんだし」


 港に言われておれは後ろを見た。


 確かにみんな文句は言ってないけど、引きつった顔をしているか、笑いをこらえている顔をしているかのどちらかだった。


「いい加減にしなよ、八尾乃月。こんなんじゃ学校案内になんないんだって」


 この場にいる中で唯一無表情になっている人間の夏希が、港に冷たい声で言った。


「央士はみんなに学校紹介するために来てるんだよ。アンタ一人のお相手をするためにいるんじゃないから」


 おれの隣で夏希がそう言うと、港はおれの腕に抱きついたまま不満そうな顔をした。


「じゃあ央士センパイの代わりに夏希センパイがみんなの相手すればいいですから。私たちのコトなんか気にしないでいーですから。ね、央士センパイ?」


 港が上目遣いにおれに同意を求めてきた。


 一瞬勢いで押されて「うん」って言葉がノドから出そうになったけど、すぐにいくらなんでもそれはどうなんだよと思ってなんとかブレーキをかけられた。危なかった。


「ったく、来るんなら来るって、前もって言えやいいのに」


 隣で夏希が呟くような声で言うと、港はそれを聞き逃さずにすぐさま言葉を返した。


「だって央士センパイのコト驚かせたくって。それに事前に言ったら夏希センパイ、私と央士センパイが会わないようにするために配置換えしたりして引き剥がそうとしたでしょ?」


「は? アタシがそんな余裕ないような女に見える?」


「今バリバリそう見えてますよ、央士センパイの幼なじみさん」


 いつの間にか夏希と港が立ち止まって、お互いに目と目の間を合わせてバチバチと火花を散らしていた。


 港はおれの腕に抱きついたままだったから、当然おれはその場から動けなくなっていた。


 間近にいるふたりを見てらんなくなったおれは、また後ろにいる後輩たちを向いた。


 今度は全員気まずそうな顔をしていた。


『よぉ、ずいぶん楽しそうじゃねえか、ヤリチン野郎』


 おれが着けていたイヤホンから、女の人の低い声が聞こえた。生徒会の赤斎賀先輩の声だ。


 いや、楽しくないし、ヤったコトも無いんだけど……と思いながらおれは赤斎賀先輩がどこにいるのか見回した。


 先輩の姿はどこにも見当たらなかった。


 じゃあどこで見てるんだよ、この人!


『いいのか? 次またトラブったら、今度こそオメーらオシマイだからな』


『よせ、柚月』


 赤斎賀先輩が脅しかけるようにおれに言うと、今度は男の人の声が無線で飛んできた。生徒会長の小柳先輩だった。小柳先輩は短い言葉で赤斎賀先輩を止めにかかった。


『だけどまあ……彼女が言っているのは本当のコトだ。じゃれ合いはそれくらいにして、真面目に仕事をしてくれ。でなきゃ、僕らも君たちを庇いきれない』


 小柳先輩は冷静な口調で、淡々とおれたちにそう伝える。


『しっかりやってくれよ、なんでも部。こうして依頼したからにはな。以上だ』


 向こうが無線のスイッチを離したのか、ブツッという音ともに小柳先輩からの声は途切れた。


 そんな小柳先輩からの通信を、夏希は自分の無線機からイヤホンを外して本体のスピーカーから流しながら港に聞かせていた。


「というコトだから。アタシにならまだしも、央士に迷惑かけるのはアンタだって望んでないでしょ」


 夏希は港にそう話しながら、外していたイヤホンのコネクタを無線機に挿し直した。


「だからオトナしくしなよ。アタシらにちょっかいかけようなんか思わないで、さ」


「……はいはい、判りましたよ。夏希センパイ」


 夏希にそう言うと、港はしぶしぶといった感じでおれの腕から自分の手を離した。


「んじゃ、後輩諸君。気を取り直して学校案内再開といこうか。アタシについてきて」


 夏希が後ろにいる後輩たちに呼びかけた。そして夏希のその声で、足止めさせられていた日暮中ご一行はその場からゆっくりと動き出した。


「センパイ」


 みんなと一緒に歩き始めたおれの耳もとで、港がこそこそと小さな声で言った。


「今はダメでも、あとでふたりっきりでお話ししましょうね、央士センパイ♪」


「八尾乃月!」


 夏希の声が廊下の果てまで響いた。


 ……生徒会の二人、聞こえているんだろうな。


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