夏8:星が導きしもの
『小柳です。まもなくオリエンテーションが終わり、参加者を体育館の外へ誘導します。合流でき次第、事前に決めた段取り通り各班で学校の案内をお願いします』
体験入学会のボランティアにそれぞれ渡された無線機に繋がったイヤホンから、ザラザラとした雑音の混じった声が聞こえてくる。
さっきまで体育館では、見学会に参加する中学生を集めて校長先生や生徒会長の小柳先輩が来年この学校に入ってくるかもしれない後輩たちに向けてスピーチをしたり、放送部が作った学校紹介のビデオを流していたそうだ。
そして学校の説明が一通り終わったところで体育館の外に出て、今度は実際に学校中を歩いて見て回るという流れだ。
もちろん参加者全員をいっぺんにドサドサと大勢連れ回すわけにはいかないから、出身中学ごとに分かれて、自分の通ってる中学の卒業生の案内で各グループでそれぞれ別々の場所を順番が重ならないように回るようにあらかじめ組まれている。
そしておれと夏希は日暮中学校の出身だから、当然、日暮中に通ってる後輩たちの案内をしたり、後輩から高校生活について質問を受けるコトになっているわけだ。
「央士、浮かないカオしてる」
体育館の外で後輩たちが来るのを待ちながら、壁にもたれかかって下を見ていたおれの耳もとに夏希の声が聞こえてきた。
ハッキリ言って最悪の気分になってたおれだけど、夏希にもそれはお見通しみたいだ。
「凛さんがいなくなったショック、まだ尾を引いてる?」
「……それもあるけど」
おれは顔を上げて横にいる夏希の顔を見ると、思わず息を吐いた。
「さっきの会議の時、ごめん。夏希にあそこまでさせて」
「あのアタシらに噛み付いてきたワンちゃん先輩のコト?」
夏希はそう言うと、おれと同じように体育館の壁にもたれかかりながら小さく笑った。
「気にしないでよ。やられっぱなしなんて性に合わないし、何より央士のコトをバカにされて許せるわけないじゃん」
「でもあれでみんなに夏希がどんな目で見られるか」
「央士を守れないくらいならアタシの評判なんて死ぬほどどうでもいい」
夏希がおれの言葉を遮って言った。おれにそう話す夏希の顔に笑顔はなかった。
「夏希には悪いけど……やっぱり赤斎賀先輩の言う通りだよ」
おれの頭の中にさっきまでの自分の姿が浮かんでくる。目の前からいなくなっていく凛音を引き止められなかったコト、そして赤斎賀先輩に言い返せなかったおれの代わりに夏希を矢面に立たせたコト……どれもおれがもっとしっかりしてれば、ふたりをこんな目に遭わせなかったかもしれないのに。
「おれって結局誰も助けられない、情けないヤツかもな」
「あーあ! それ以上辛気臭いカオしない!」
夏希が大きな声をあげると、おれの顔を両手で掴んで力づくで自分の顔に向かせた。
「いつまでもクヨクヨすんなって! さっきの黒井川さんの予言、当たってたらどうすんの? 例のあの子、もしかしたら来るかもって言ってたじゃん。今日来る中学生たちの中にいるかもしれないんだよ。コノハちゃんとの感動の再会で、そのツラ見せるつもり?」
夏希がおれの顔を掴んだまま、間近でおれの目をじっと見た。
そんなこっちに迫ってくる茶色い瞳から、おれは横を向いて目線を逸らした。
「……見せたくないし、会いたくないよ。今のコノハに」
もしコノハにまた会える日が来るなら、せめて少しくらいはカッコいいヤツになりたかった。誰かのことを助けられるような、自分自身に胸を張れるようなヤツに。そして今のおれは、世界でそこから一番離れている男としか思えなかった。
「それに今日の参加者の中に、コノハはいないと思うし」
「黒井川さんの予言が信用ならないからって? 文化祭の時は黒井川さんに教えられたコト聞いて、あんなに舞い上がってたクセに」
「違う。そういうんじゃなくて、もっとしっかりした……そうじゃないって理由があるんだ」
「しっかり理由って何よ、それ」
「夏希には何回かコノハのコトは話したと思うけど、昔会った時、コノハはおれと同じ年だって言ってた」
ものすごく前のコトだから、流石にどんな流れでそんな話が出たのか覚えてないけど、小学校に上がる前の春休みにコノハと会った時、コノハにおれの歳を教えたら、コノハも自分も同じだって言っていた。わざわざ覚えているんだから、よっぽどこの記憶が間違ってるってコトはないハズだ。
「だからコノハがおれより歳下の中学生なんてコト、無いと思う」
「……じゃあ誰なの、きょう央士と再会する子って」
「知らないよ、そんなの」
おれが投げやりに返事すると、耳につけているイヤホンからザラザラっと音が聞こえて、通信が入った。
『これより参加者を各班に案内します。各班、よろしくお願いします』
小柳先輩が通信機の向こう側でおれたちにそう告げると、周りにいる待機中のボランティアたちが、自分たちの出身校が書かれた看板を持って掲げた。
「……大丈夫、やるからにはちゃんと切り替えるよ。心配しないで」
おれは釈然としない顔でこっちを見る夏希にそう言うと、自分の看板を持ち上げて、体育館の中から出てくる後輩たちが来るのを待った。
そして体育館のなから中学生たちが現れると、みんなそれぞれ自分の通っている中学校の名前が書かれている看板を持つ自分の先輩のところへ向かっていった。
「お久しぶりです! 奥寺先輩! それに黛先輩も!」
おれたちのところへ来た後輩たちが、おれと夏希にあいさつをしてきてくれた。ほとんどみんな知ってる顔で、そのうち何人かとはなんでも部にいた時に助けたり、逆に助けられたりしてきた仲だった。
そして、そんな後輩たちにおれも声をかけていると……
「央士センパーイっ!」
おれと夏希のもとに集まってくる後輩たちのなかで、ひときわ大きな声がおれの耳に飛び込んできた。
するとその声の主の女子はそのままおれがいるところに突っ込んできておれに抱きついて、つやつやした黒いボブカットの髪をおれの胸もとに擦り付けてきた。
「ちょっ、港!?」
おれは急に現れて抱きついてきた女子の名前を呼ぶと、港は満面の笑みでおれの顔を見上げた。
「お久しぶりです! 日暮中なんでも部部長、八尾乃月港が愛しの央士センパイの前に馳せ参じました!」
そう言ってまた港がおれの胸もとに自分の頭を擦り付けると、後輩たちの間から「港、またかよぉ」「相変わらずだねえ」と声が上がってきた。
「……これが予言の真相、ね」
隣を見ると夏希がひどく冷めた顔をしながら、おれたちを見てぽつりと言った。




