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夏5:再会


「ふたりとも面識がある彼女が、わたしの頼みに応じてくれたのは僥倖だった。彼女は部の活動には一切関わらない、幽霊部員でいいならという条件で呑んでくれたの。もともと英会話部に所属していたのだけど、そっちでも部の活動にはほとんど参加してなかったんだって」


 次の日。体験入学会のボランティアが集合する時間よりも早く、朝学校まで来たおれと夏希と合流した凛音は、"入部希望者"がいるという場所までおれたちを案内した。


「……本当に辞めるつもりなのかよ」


 第二校舎の廊下でおれは凛音のうしろをついていきながら、凛音の背中に向かって声を投げかけた。


「わたしが辞めなければ部は解散。結局どっちを選んでも、わたしにとっては同じコトだから。だからせめて、責任とって迷惑をかけないほうを選んだつもり」


 すると凛音は、「ここだよ」と廊下に並んでいる部屋のドアのうちのひとつの前で立ち止まった。


 そのドアの上にあるプレートには、"物理準備室"と書かれてあった。


「失礼します」


 凛音が部屋のドアをノックすると、部屋の内側から「どうぞ」という女子の声が聞こえた。


「お邪魔します」


 ドアのノブを回して、凛音とおれと夏希は扉の中に入った。


 部屋の中はカーテンを閉め切ってほとんど真っ暗になっていた。だけど机の上にひとつ、ろうそくが点いた燭台があって、その火が机の前に座っている女子生徒の顔をかすかに照らしていた。


「おはよう、黒井川さん」


 凛音はろうそくの前に座っている女子生徒、黒井川ハルに気さくな調子で声をかけた。


「ごきげんよう、鵜野森さん。そして、うしろにいるふたりは久しぶりね」


 黒井川さんはそう言うと、凛音の後ろにいるおれたちに視線を向けた。


「うん……久しぶり」


「どもどもー」


 おれの隣で夏希が黒井川さんに手を振った。でも、こんなに暗い部屋の中で黒井川さんに見えるかな、それ……


 黒井川ハル。おれたちの同級生で、部活は英会話部に入っているコトになっているけど、実際はさっき凛音が言ったようにほとんど部に出ていない幽霊部員。


 そんな黒井川さんの本当の姿は、不思議なチカラを持っている……らしい占い術師。カードや天球儀という道具を使って、相談に来た人の悩みを占いで解決している、占い同好会唯一の部員だ。


「書類、準備してくれたよね?」


 凛音がろうそくのある机の前まで来ると、黒井川さんは包帯がぐるぐる巻きになっている手で一枚の用紙を差し出した。


「転部届、あなたが準備してくれたおかげで名前の欄を書くだけで済んだ。助かった」


「当然だよ。こっちがお願いしたコトなんだから。あとで西御門先生に渡すね」


 凛音に転部届を渡すと、黒井川さんはおれのほうを見た。


「あの女の子の捜索は捗ってる? 黛君」


「女の子? ああ、コノハのコト……」


 そう、おれは前にここに来て黒井川さんに占いをしてもらったコトがある。


 その時おれは、おれがずっと昔に一度だけ会ったきりの女の子、コノハがいまどこにいるのかを、コノハとの思い出の指輪を使って黒井川さんに占ってもらった。


 でもその日がちょうどあの文化祭の日で、そのすぐ後に凛音や不知火くんと胡桃とのアレコレが起こったり、夏希とダンスコンテストに出たりしたせいで、だいぶインパクトが薄れてたんだよな……


 まあ、黒井川さんがあの時おれに教えてくれたのは、コノハは元気でどこかにいて、そしておれと送り合った指輪を今も持ち続けているってコトだった。もちろん、黒井川さんの占いがちゃんと当たっているのかは……誰にも判らないけど。


「あんまり……というか全然探せてないよ。探すにも、あの指輪以外コノハに繋がるものなんて全然ないから」


「そう。なら、ちょっとあなたのコトをてもいいかしら?」


「おれを、みる?」


 おれは黒井川さんの言った言葉を、そのまま繰り返して口にした。


「こちらに手を」


 黒井川さんはそう言うと、左手をまっすぐこっちに向かって伸ばした。


「さあ、置いて」


 おれは黒井川さんがこれから何をするのか判らないまま、戸惑いながらも黒井川さんのいる机の前まで来て、恐る恐る彼女が伸ばした手の上に、自分の手のひらを乗せた。


「セルヴィー、わたしに力を貸して」


 黒井川さんはつぶやくように小さくそう言うと、目を閉じて、おれが乗せた手の上に自分のもう片方の手……右手をそっと乗せた。


 夏場のドロっとした熱気をまとった沈黙が充満する部屋の中で、凛音も夏希も、おれも黒井川さんが全員黙りこんだ。


 黒井川さんに触れるおれの手からは……特に何も感じなかった。せいぜい黒井川さんの手に巻かれた包帯の隙間から、彼女の指さきの冷たさを知ったくらいだった。


「……そう、これは興味深いね」


 しばらく続いた静けさのあと、黒井川さんはそう言っておれの手から自分の手を離して両目を開けた。


「えっと……何か感じたの?」


 おれはろうそくの炎越しに見える、眼帯を着けた女子生徒にそう問いかけた。


「強烈に」


 短くそう答えると、黒井川さんはどこかアヤシイ雰囲気の微笑みを浮かべた。


「あなたは今日、思いがけない再会をする。かつてあなたと深く共鳴した|ヴィーナス(木星)とね」


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