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春4:セントラル・エリア〜日常の終わり


 愛知県豊田市(とよたし)に住むおれたちが週末に遊びに出かける時は、だいたい市の中心街に出ることになる。


 たまーに中心街にある豊田市駅から愛知環状鉄道あいちかんじょうてつどうとリニモを乗り継いで万博公園がある長久手に行ったり、名鉄めいてつに乗って名古屋の栄まで行ったりすることもあるけど、電車に乗っても着くまで時間はかかるし、交通費も往復で千五百円くらいしてバカにならないので、本当にたまーにしか行かなかったりする。


 というわけで金曜日の放課後に凛音さんと会って二日後の日曜日。


 おれは凛音さんと市の中心街でデートをするために、家から待ち合わせ場所である豊田市駅の改札口前まで来た。


 凛音さんと待ち合わせの約束をしていたのは午後二時。凛音さんは駅まで家の近くにある停留所からバスに乗って来ることになっている。


 気持ち早めに駅に到着したおれが待ち合わせ場所で軽く周りを見渡すと、自販機の隣で携帯の画面を見ている、おしゃれな黒い帽子を被った長い髪の女の人がいた。


「凛音さん!」


 おれが女の人に声をかけると、彼女はびくっと肩を振るわせて、顔を上げておれのほうを見た。やっぱり凛音さんだった。


「おはよう凛音さん! カッコいい帽子だね」


「……ありがとう」


 おれが帽子をほめると、凛音さんはちょっと照れくさそうに帽子のつばを少し下げて顔を隠そうとした。


 あとで帽子の名前を聞いたのだけれど、キャスケットっていうらしい。名前もカッコいい帽子だ。


 改めて凛音さんの着ている服を見ると、下はデニム生地のスカートに、上は白いTシャツにGジャンを羽織っていて、背中には赤のタータンチェックのリュックサックを背負っていた。


 靴はナイキのスニーカーで、おれがいま履いているのは別のモデルではあるけれど、同じナイキ製のスニーカーだったから、ここでおれはもう凛音さんに親近感を持ってしまった。


「黛くんの服は……イメージ通りって感じ」


 凛音さんに言われて、おれは自分の着ている服をあらためて見た。


 黒いデニムにユニクロで買った『スヌーピー』のコラボTシャツに、半袖の木綿のシャツを羽織っていて、ショルダーバックを肩にかけている。頭には無地の黒いキャップを被っていて、そしてさっき言ったように靴はナイキのスニーカーだ。


「あんまりおしゃれとか考えたコトないんだけどな。これがしっくりくるからこうしてるってだけなんだけど」


「それが一番いいと思うよ。じゃあ、行こうか」


 凛音さんが下げていた帽子のつばを戻しておれに言うと、最初の目的地のあるほうへ足を向けた。


 豊田市駅の西口のすぐ前にはT-FACE(ティーフェイス)というショッピングモールと百貨店を足して二で割った感じの建物と、東口の前にはKiTARA(キタラ)って名前の映画館やレストランが入った施設がある。


 さらにKiTARAから道路を挟んだ向かいには中央図書館がある。図書館には毎日のように学校帰りに図書館の閲覧室で勉強する人たちが来る。おれは高校受験の時の勉強で雅臣と行ってから、だいぶご無沙汰しているけど。


 そしておれたちが向かったのは西口前のT-FACEの二階にある、みんなお馴染みのスターバックスだ。


 二階建てになっている駅の前にはA館とB館の二つに分かれているT-FACEのそれぞれの建物の二階への連絡通路になっているデッキがある。A館の二階にあるスターバックスは壁がガラス張りになっていて、外のデッキから中の様子を見ることができるようになっている。


 週末とだけあって、店の席はかなり埋まっているみたいだった。


 おれたちと同じ高校生くらいの年代のグループや、それよりちょっと上の大学生や新米社会人っぽいカップル、おしゃれに伸ばした髪と無精ヒゲが特徴的な、フレームの太いメガネをかけたおじさん、いかにも”デキる女”って感じの、パソコンの画面と向き合いながらラテを飲んでいる、キレイに切り揃えられたショートヘアのお姉さんがいたかと思えば、上品な着物を着た二人組のお友達っぽいおばあさんがいたりと、お店には色々なタイプのお客さんがいる。


「わたし、こういうカフェに来るの初めて」


 アイスコーヒーを注文した凛音さんが、席につくとあたりにいる人を見ながら言った。店の中なので、おたがい被っていた帽子は自分の膝の上に置いている。


「へえ、おれは夏希とちょくちょく来るけどね。もちろん毎日行ってたら小遣いがなくなるから、月に一回くらいだけど」


 おれはスターバックスに行くと毎回頼んでいるキャラメルフラペチーノに口をつけながら、席の向かいにいる凛音さんに言った。


「っていうと……凛音さんが好きだったっていう人とも、スタバとかに一緒に行ったことはなかったってコト?」


「いきなり切り込んできたね」


 凛音さんはコーヒーを一口だけ飲んで、苦笑いしながらおれを見た。


「そりゃ……今日はその話をするために集まったわけだしさ。デリカシー、無かったかな」


「いいよ。わたし自身、どうやって話を始めようか悩んでいたところだから。でも、どこから話したらいいのかな」


「じゃあ……最初の話から。凛音さんが最初に、その人と出会った時の話から教えて」


「判った」


 凛音さんは手に持っていたコーヒーのカップをテーブルに置くと、ガラス張りになっている店の窓から見える、デッキの上で行き交う大勢の人々の姿を眺めながらゆっくりと唇を開いた。


 ◆◆◆


 わたしの家は両親が共働きで、昔からふたりともいつも遅くまで仕事をしてた。


 こども園に通っていた頃も、夕方になって周りのみんなが親に迎えにきてもらって次々に先に帰っていく中でわたしと、わたしと一緒に預けられていたわたしの妹は、ほとんど毎日遅くまでこども園に残って、お父さんやお母さんが迎えにきてくれるのを待っていた。


 でも、こども園にはわたしと妹のふたりだけで遅くまでわけじゃなかった。もちろん保母さんは一緒にいたわけだけど、わたしたちのほかにもひとり、同じ園に預けられた男の子がお母さんが迎えに来るのを待っていたんだ。


 ……そう、それがわたしと彼との出会い。


 わたしと妹とその子は親が迎えに来てくれるまでの間、三人だけで子ども園に残って教室にあるおもちゃで遊んだり、絵本を読んだり、保母さんの見せてくれる『トムとジェリー』のDVDを見ながら過ごしてた。


 そうやって毎日ずっと一緒にいる時間があると、当然のようにわたしはその子とほかの時間も一緒に過ごすようになった。望んでそうなったというより、そうなるのが自然というような感じでね。


 わたしは毎日、その子といて楽しかった……というよりその子といて、安らぐような気持ちだった。もちろん、”安らぐ”なんて言葉の意味も知らなかった頃の話だけどね。


 理由は判らないけれど、その子といる間はずっと心が満たされていてて、親が来て迎えに来てさよならする時はいつも寂しくなるような、そんな感じだった。


 だからある日お母さんが子ども園に迎えに来た時に、これからはもっと遅くになってから迎えに来て! と頼んだら、お母さんにも保母さんにも止められちゃった。


 その時はどうして止められるのか判らなくて、悲しくなって大泣きしちゃったけれど、今考えてみたら当然だよね。生意気な子どもわがままで残業するなんて、お母さんと保母さんからしたらまっぴら御免だもの。ふふふふ……


 それでね、その子と話して仲良くなっていくなかで、ある時その子の親の帰りが遅い理由を聞いたんだ。


 自分のお父さんは自分が生まれる前に事故で死んでしまって、お母さんがひとりで自分を育てるために夜遅くまで働いているからだって。


 妹がそのことを家に帰ってからお父さんとお母さんに話すと、ふたりとも男の子とそのお母さんのことが気になって、週末に親子の住むアパートの部屋にお惣菜を作って持って行ったり、そこから家族ぐるみの付き合いが始まって一緒にモリコロパークや鞍ケ池の公園にみんなで車に乗ってピクニックに行くようになったんだ。


 だからその子のことは、幼馴染って言って間違いないかもね。そしてその子との付き合いは同じ小学校に上がってからも続いたんだ。


 お互い友だちは何人かいたけれど、あまり大勢と仲良くなるタイプじゃなかったから、小学校の三、四年生になって、男子が女子と仲良くしているのは恥ずかしいコトってムードが流れ始めてからも、彼は周りの目を気にせずにいつもわたしと休み時間に図書室に行って本を読んだり、帰り道は一緒に手を繋いで歩いてた。


 同じ中学に通う頃にはさすがに手は繋がなかったけど、それでもどこの部活にも入らなかったわたしたちは放課後になったら毎日図書室で勉強をして、相変わらず本を読んでた。


 どんな本を読んでたか? 小説とかよりも、図鑑や写真集を読むことが多かったな。


 植物とか虫とか、自動車とかテレビとかの機械の仕組みが絵で描いてある本に、世界各地の遺跡や過去の文明を紹介した本があってね。古代エジプトの本が魅力的だったな。ツタンカーメン王のお妃様のアンケセナーメンが王のお墓に供えたお花の話が特に好きなんだ。今度詳しく教えてあげるね。


 彼が好きだった本は建物の絵がたくさん載った画集だった。


 三、四十年前に出た本で、当時の人たちが想像した未来の建物がたくさん載っていてね。


 載っているのは家だけじゃなくて、すべてが機械で機能的に管理されて効率化されたビルや役所、世界中のあらゆる人が集う未来の最先端技術を駆使したコミュニティセンターとか、SF映画とか藤子・F・不二雄の漫画に出てきそうな建物がいっぱい。彼はそういう未来の建物の絵を見ながら目をキラキラさせてた。


 その未来予想を見ると、現代の目から見て当たっているところもあれば間違っているところもあって、彼はその実現しなかった”ありえたかもしれない未来”の存在にロマンを感じていた。そして将来、彼は自分が建築家となってその未来を本当に実現したいと思ってた。


 そしてわたしは、そんな未来を語る彼の横顔に見惚れてた。


 そうやっていつもふたりで過ごしていたから、わたしにとって彼がいつもすぐそばにいることは当然のことだって思ってた。


 たとえ彼が建築の勉強をするために、三ツ谷(みつたに)高専こうせんの建築科に進学するって決めたとしてもね。


 だから進学で進路が分かれる前に、わたしは彼に自分の想いを伝えることにした。


 別々の高校に通うことになろうと、彼とわたしの絆が途絶えることがないって確認するために。


 そしてわたしは中学を卒業する前、帰り道に彼に……


 彼に……


 ……


 ……コーヒー、無くなっちゃったね。おかわり、できるかな。


 ◆◆◆


「いや、よそう」


 おれはコーヒーのグラスを空にした凛音さんに言った。おれ自身、自分のキャラメルフラペチーノがほとんどなくなってしまっていることに今更ながら気がついた。


「おれは楽しい思い出を聞きにきたんだ。わざわざそうじゃない話をすることないよ」


「……そうだね。このあとも予定があるんだし」


 そう、ここでのお茶の時間のあと、おれたちはある場所に行くことに決めていた。


 この近くにある、科学館のプラネタリウムに。


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