夏2:感じ悪い女
「いいねえ、人ん家に上がり込んで見る花火ってのは」
凛音の部屋のベランダにひじを乗せてほおづえをつきながら、夏希は夜空に打ち上がる花火を見上げていた。着物を着ている夏希のほっぺたを、花火から放たれる鮮やかな光が照らしている。
「先輩、飲み物持ってきました」
そう言って凛音の部屋に入ってきたのは、凛音の妹の琴音ちゃんだった。琴音ちゃんはコーラと氷が入ったグラスが二つ乗ったトレーを持って、ベランダにいるおれと夏希のところまで来た。
「え? おれたちに? 悪いなあ」
おれと夏希がグラスを受け取ると、琴音ちゃんは「いいんです」と首を横に振った。
「先輩たちがいなきゃ、お姉ちゃん、更生できませんでしたから」
琴音ちゃんはそう言いながら、部屋の中にいる凛音に目をやった。
ベランダで花火を眺めているおれたちをよそに、凛音は勉強机の回転イスに体育座りをしたまま、こっちを見ようともしなかった。
「あの様子じゃ、キミのお姉ちゃん、まだグレてるみたいだけどねー」
夏希が琴音ちゃんからもらったコーラに口をつけながら言った。冷えたグラスの表面には、雫のような水滴がびっしりと広がっていた。
「当然でしょう」
椅子の上でうずくまりながら、凛音がこもった声でぼそっと言ったのが聞こえた。
「あんなやり方でわたしを騙すなんて。それも妹もグルになって」
「あんまり琴音ちゃんのコト悪く言わないでよ」
凛音が顔を少しだけ上げて、ちらりと琴音ちゃんを見てニラむと、おれは琴音ちゃんをかばうように言った。
「ああやって凛音に嘘つくコト頼んだのはおれらのほうで、琴音ちゃんはその無茶振りに応えてくれただけだから」
「だから、なんであんな悪趣味な嘘をついたの!?」
凛音が部屋の中から大きな声をあげた。すると夏希は振り向きもせずに花火を見上げたまま凛音の言葉に返事をした。
「だって凛さん、アタシらが花火見るの誘っても乗ってくれなかったじゃん。勉強をしたいからなんて、よく判らない理由でさ」
「……勉強は大事でしょう。実際、わたしは勉強してた」
そう話す凛音の勉強机の上には確かに教科書やテキスト、シャーペンや赤ペンが広がっていた。いまは筆記道具全部放り投げている状態だけど。
「勉強する時間なんかいくらでもあんじゃん。おいでんの花火大会は年に一回、今日だけ。そんなんじゃ、断る理由としては説得力ないなー。せめて家族旅行に行くとか言ってリアリティのある嘘ついてくれなきゃ」
「じゃあわたしがそう言ったら信じて家に来なかったの」
「や、その時は琴音ちゃんに裏取って嘘だって見破るだけだけどね」
「何なの!? というか、人の妹と知らないところで勝手にコネクション作らないでよ!」
夏希の言葉に凛音がキレそうになってた。というか、もうキレてるかもしれない。
「うるさいなあ。そもそも凛さんがつまんない意地張らなきゃ、アタシらだってこんな回りくどいコトしないんで済んだんだけどな」
興奮している凛音に対して、夏希は落ち着いた調子のまま言葉を返した。
「……何、つまらない意地って」
「どうせ例の幼なじみくんと一緒に花火が見れなくて、いじけてたんでしょ」
夏希がそう言うと、凛音は椅子の上で顔を沈めて、そのまま何も言わずに黙りこんでしまった。
「嫌なら嫌ってそう言えばいいのに。それを変にゴマかそうとするから、こっちも対抗したくなるんだよ。残念だったねー。アタシらがしつこい人間で」
追い打ちをかける夏希の声を浴びながら、凛音は変わらず部屋の中の椅子の上で座ったままだった。
それを見ていたおれはベランダから部屋の中に戻ると、凛音のいる椅子の前に立った。
「ねえ、来てよ」
おれはうずくまっていた凛音の手を無理やり取った。凛音がそれに驚いたのか、沈めていた頭を上げるとおれの顔を見た。
「凛音にとっておれたちと一緒に花火を見るコトより、不知火くんとの思い出から逃げるコトのほうが、大事?」
おれがそう言うと、凛音はとっさにおれから目を逸らした。だけどその目線を向けた先には、ベランダ越しに見える夜空に打ち上がる花火があった。
「そうだよ」
ベランダのほうを向いて、凛音はぽつりと言った。
「それが判っててこんなコトするなんて……酷い人たち」
「酷いコトしてるのはお互い様だろ」
おれがそう言って凛音に笑いかけると、凛音は下を向いてため息をついて、また顔を上げて外の景色を見た。
「……バカみたい。花火なんて絶対見たくないって思ってたのに、なんで一度見たら、目が離せなくなってるんだろう」
そう言って凛音は部屋のなかで椅子に座ったまま、次々と打ち上がっていく花火を静かに見上げていた。
「琴音ちゃん」
おれはベランダで夏希の隣にいる琴音ちゃんのほうを見た。
「コーラ、もう一杯持ってきてくれないかな」




