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夏1:不愉快な嘘


 窓の外から、肚の中まで響くような重い破裂音が何度も続けて聞こえてくる。


 その破裂音が鳴るたびに続けてバチバチバチッと弾けるような音がして、十数秒かけて数キロメートル先の一軒家に暮らすわたしの耳に頼んでもいないのに届いてゆく。


 ひどく蒸し暑い夏の夜に、エアコンの効いた自室で勉強机に向き合っていたわたしは、締め切ったカーテンの外側で夜空を照らす打ち上げ花火から目を背けるように夏季休暇の課題を黙々と片付けていた。


 七月の最後の日曜日。わたしの暮らす愛知県豊田市では、毎年この週の土日に夏祭りが開かれる。


土曜日に市街でダンス大会が催され、日曜日の夜には何万発もの花火を打ち上げる花火大会が行われるこの"豊田おいでん祭り"は全国局のテレビ番組でも紹介されるほどその名が知られているようで、毎年お祭りの日が来るとこの街に暮らす人だけでなく、市外からも大勢の人がやってきて、中心街は大にぎわいになるらしい。


 とはいえ、あまり混み合った場所が得意ではないわたしは、毎年この部屋のベランダから遠くの空に舞う巨大な花火を見上げて、喧騒から遠く離れた場所から静かにその光景と、そよ風に運ばれて漂う火薬の匂いを楽しんでいた。


 ……去年までは。


 これまでわたしと一緒にそのひと時を過ごしていた相手は、もういない。


 今のわたしは、誰かと共に空を見上げて眺める花火なんて見たくもなかった。


 甘美な記憶を喪ってしまった事実を突きつけられるようで、そんな苦痛を味わいたくなかったからだ。


 テキストの課題範囲の解答を埋めて自己採点を済ませると、わたしはまた別のテキストを開いた。こうやって静かに勉強に打ち込んでいれば、耳障りな花火の鳴る音も、自然と意識から遠のいていくようになる。


 ちらりと机の上の時計に目をやる。時刻は十九時四十三分。十九時に始まった花火大会が終わるのは二十時半過ぎだったはず。もうすぐ折り返しになる頃合いだ。


 この調子で進めていけば、すぐに花火は終わるだろう。そう思ってわたしは再び宿題にとりかかった──その時だ。


 家の下の階からインターホンが鳴ったのが聞こえた。


 こんなイベントのある日の夜に、一体誰が? そう疑問に思ったわたしだったが、そこまで大して気にも留めずにもう一度勉強机に向かい合ったところで、誰かがわたしの部屋の扉をノックした。


「お姉ちゃん、今いい?」


 妹の琴音の声が聞こえた。琴音はわたしの返事もきかずに平気で部屋の扉を開けた。


「うわ、こんな日に勉強? 今どきガリ勉なんて流行んないでしょ、お姉ちゃん」


 ずかずかと部屋に乗り込んできておいて随分な口を叩いてくる妹に、わたしは振り向きもせずに簡潔に「何の用?」とだけ訊いた。


「えーっと、その……それが、お姉ちゃんにお客さんが来たんだけど」


「わたしに? 誰?」


「……渚お兄ちゃん」


 渚お兄ちゃん。


 琴音のその言葉を耳にした瞬間、わたしは手にしていたシャーペンを机の上に放り投げて部屋から飛び出した。


 後ろから飛んでくる琴音の声なんか気にもせずに、部屋から出たわたしはそこから一気に階段を駆け降りると、そのまま平静を装いもせずに玄関口まで一目散に向かっていった。


 来てくれたんだ、渚が。


 卒業式の日には来なかった渚が、やっと迎えに来てくれたんだ。喪ったわたしとの思い出をもう一度甦らせるために。


 その喜びと期待だけを、胸にわたしは玄関の扉を開いた。


「いらっしゃい! 渚!」


「じゃーん。ざんねーん。アタシらでしたー」


 そこに渚の姿はなかった。


 代わりに玄関の外には、わたしに向かってひらひらと手を振るなっちゃん──奥寺夏希と、微笑みながらも少し困ったような顔をして佇む央士くん──黛央士の姿だけがあった。

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