特別編:いつかのクリスマス
クリスマスは誰にも平等にやってくる。彼女や彼氏がいてもいなくても、入試直前の勉強漬けの毎日でヘロヘロになってる受験生でも……
「ひい〜、さぶさぶっ」
中央図書館が入っている駅前の複合ビルから一歩出た瞬間、外の冷たい風がおれの全身を直撃した。
「こんなにサムいと疲れもブッ飛ぶよねー」
身体をかがめて震えているおれの横で、マフラーを首に巻いている夏希が白い息を吐きながら言うと、今度はコートのポケットに手を突っ込んでいる雅臣が夏希の言葉に反応した。
「ほう? そう言うならもう一回図書館に引き返して、過去問をおかわりしたっていいんだがな」
「やめろ!」
ニヤニヤと笑いながら意地悪を言う雅臣におれは思わず叫ぶような声で返した。
きのう、学校の終業式を終えたおれたちはそのまま楽しい冬休みに突入……するコトはできずに、受験生として自主勉の毎日を送るハメになった。
もともと冬休みは休むためにあるんだし、おれだって遊びに行ったり家でゲームしたりしながらのんびりと年末年始を送りたかったんだけど、課題の量は多いし、それに受験生がノンキに遊んでたら家族にはニラまれるしで、結局、今日は夏希と雅臣と一緒に一日じゅう図書館にこもって受験勉強をしていた。
「もう今日のぶんの勉強はいいだろ。今日は夏希ん家でクリスマスパーティだし、港も待ってるんだから、さっさと帰ろうぜ」
おれがそう言ってさっさとその場から歩き出すと、夏希と雅臣は小さく笑っておれの横についてきた。
「しかしもうクリスマスイブか。このイルミネーションが始まった頃には、まだ先の話だと思ってたのにな」
雅臣は市駅の前のデッキやバスターミナル周りの広場にあるLEDをまとって輝いているモニュメントを見回しながら言った。
駅から映画館のあるKiTARAにつながる連絡通路にもイルミネーションがかかっていて、横の柵と雨よけになっている天面に付けられた照明のおかげで、まるでそこは光でできたトンネルみたいになっている。そしてそのなかではおれと同じくらいの年の女子グループやカップルが自撮りをしたり、記念撮影をしているみたいだった。
「まあ、週に何度も図書館通いをして毎回この光景を眺めている身としては、クリスマスだからって特別に感動したりはしないけどな」
雅臣がロマンのないコトを言う。あきれるっちゃあきれるけど、おれも一ヶ月くらい前からしょっちゅうこのイルミネーションを見て、正直見飽きている身だから、雅臣のコトを笑えない。
「ロマンがないねえ、男子どもは」
冷めた発言をした雅臣に、夏希は笑って言った。
「いま男子"ども"って言った!? おれ、何も言ってないんだけど!?」
なぜかココロを読まれて戸惑っているおれだけど、そんなコトおかまいなしに夏希は話を続けた。
「クリスマスが終わったらこのイルミネーションは全部取っぱわれて、キレイさっぱり無くなっちゃうんだよ。だからさ、ちゃーんと今のうちにしっかり目ん玉に焼き付けておかなきゃ。忘れたからじゃ遅いからさ」
「やけにセンチメンタルな物言いだな。奥寺、そんなにイルミネーションのコトが好きだったのか?」
「別にたいして好きなわけじゃないけど」
雅臣のちょっとイヤミな言葉に、夏希は流すように返した。
「ただ、この三人で集まってクリスマスを迎えて一緒にイルミネーションを眺めるのは、これが最後になるかもってなって思っただけだよ」
そう話す夏希の瞳の中には、イルミネーションに照らされてできた灯りが、ろうそくの火のように小さく揺れていた。
「ここ一ヶ月ずっとやっていて飽きるほど見ていて、今日と明日で終わるこのイルミネーションを見てるとさ、中学のあいだ当たり前のようにずっとつるんできたアタシらがこうやって一緒にいられるのって、もしかしたらもうあんまり無いのかなって気がするんだよ」
夏希が立ち止まってそう言っているのを見て、おれは夏希と同じようにその間に止まって、イルミネーションがあるほうを向いた。
当たり前のようにあったものがもうすぐ完全に消えてなくなってしまう。それは目の前にあるイルミネーションもだし、もうすぐ受験をして進学するおれたちの中学校生活も。
「おれたちは三人とも同じ志望校だろ」
「誰かが落ちて違う高校にならないって可能性だってあるじゃん。央士だけ落ちるとかさ」
「そうだな。特に黛は危険だ」
なんでおれ急にケナされたの?
「おれ、いま人生で一番マジメに勉強してるんだけど!?」
「もしもだよ、もしもの話。本気にしないでよ」
おれは本気でキズついたんだけど……
そんな凹むおれを横に夏希は話を続ける。
「受験に落ちる落ちないは別にしてもさ、仮にキミらのうちひとりにでも来年彼女ができたりしたら、もうこうやってクリスマスに会うコトも出来なくなるわけじゃん」
「別におれ、そんな予定はないけど」
「俺もだ。今のところ、そんな気にはならない」
「だから本気に受け取るなよな、このカタブツども」
イルミネーションから目を離すと、夏希はおれと雅臣に向かってふてくされた顔をした。
「だからさ、アタシが言いたいのは、何ごともいつかは終わるかもしれないし、それはむなしいなってハナシですよ」
夏希はそう言うと、もう一度イルミネーションのほうを見た。
「夏希はおれたちとバラバラになるの、嫌なの?」
おれはイルミネーションを眺める夏希の横顔に向かって言った。
夏希は黙って同じほうを向いたまま、こくりと頷いた。
それを見て、おれは夏希のいるすぐ横に立った。
「おれはいなくならないよ」
夏希と同じほうを向きながら、おれは夏希に言った。
「夏希が一緒にいたいって思う間は、ずっと一緒にいるよ」
「……なにそれ。口説いてんの?」
夏希がおれのほうを見ると、くすっと笑って言った。
おれは後ろにいる雅臣のほうを向いた。
「そうなの?」
「知るか! なんで俺に訊くんだよ!」
後ろでひとりで立っていた雅臣がおれに向かって叫んだ。
「言っておくけどな、もし全員試験に受かって、揃って西吾妻高に進学したとしても、俺はお前たちとなんでも部とは、もうまっぴらだからな!」
えー! なんで今の流れをブチ壊すようなコト言うんだよ! 来年もこの三人でクリスマスの日を送ろうとか、そういういいカンジの話になってたんじゃなかったのか!?
「もうまっぴらなんて、またまたぁ」
俺の横で夏希が後ろにいる雅臣のほうを見ると、雅臣に向かってニヤニヤと笑った。
「今までなんでも部をコトある毎にやめるやめる言って結局辞めれてないヤツが、そんなん有言実行できるわけ無いじゃん」
「いいやおれは抜けるね」
雅臣は腰に手をあてて胸を張って言った。
「俺は高校に進学したら文芸部に入り、本格ミステリの執筆に勤しむ日々を送るんだからな!」
……結局その言葉通り、数ヶ月後めでたく三人そろって西吾妻高校に進学したおれたちだったけど、雅臣だけが宣言通り"なんでも部"に入らなかった。
そしておれと夏希と、そして"新しいもう一人"で、新しいなんでも部が作られるコトになったわけだけど……この三人でどんなクリスマスを送るコトになるのか、おれはまだ知らない。
……ていうか、無事にクリスマスまで迎えられるんだろうか。
なぜなら春の終わりに起こったあの文化祭での事件をキッカケに、おれたちなんでも部は存続の危機にぶち当たるハメになったからだった。
<夏編>2026年1月上旬開始




