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春57:君の瞳から

【作者からのお知らせ】

 この作品はフィクションです。

 また、本エピソードに登場する楽曲は作者の創作によるものです。

 あらかじめご了承ください。


「すみません、通ります。ありがとうございます」


 カーテンが閉め切られ、薄暗い体育館に並べられた大量のパイプ椅子の中から横列の中央にちょうど三人分の空きの席を見つけると、わたしと渚と胡桃はすでに座っている人たちの前を通って席まで辿り着いた。


 席に着くタイミングでちょうどいま舞台に立っている発表者のパフォーマンスが終わった。拍手とともに司会者の声が前方のスピーカーから聞こえてくる。


「並木さん、浜さん、ありがとうございました。次が最後の発表です。十八番、黛央士さんと奥寺夏希さん、よろしくお願いします」


 司会者の紹介で再び客席から拍手が起こった。あちこちで「待ってたよー!」「頑張れーっ」という声があがる。


「ギリギリセーフだったね」


 拍手しながら胡桃がわたしたちに聞こえるくらいの小さい声で囁く。一時間くらいの間で学校中を回れるだけ回ろうとした結果、発表のギリギリの時間になってしまった。


 この一時間、渚と胡桃と共に過ごしたことに意義はあったのか、それは判らない。


 こんなことを考えている時点で、そんなもの無かったんだろう。


 そう思っているのはわたしだけなんだろうか。


「あ、始まるよ」


 物思いに耽っていたわたしは、隣の席に座っている渚の声で現実に引き戻された。


 拍手が鳴り続けるなか、降りていた舞台の幕が開き、その内側からなっちゃんと央士くんの姿が現れた。観客に向けて背を向けているふたりの衣装を目にして観客からまたリアクションが起こり、それが収まるまでしばらくかかった。


 次第に拍手や客席から聞こえるお喋りの声が減っていって、ようやく静寂が訪れた。しかし準備が整っても、ふたりはその場で腕を組んで立ったまま微動だにしなかった。


 長い沈黙が続き、徐々に張りつめていく緊張感がここにいる観客たちを支配した。


 そして緊張が頂点に達した瞬間、舞台上のふたりが同時に顔を左に素早く向け、それを合図にスピーカーから大音量で音楽が流れ出した。


 豊かな音色を放つシンセサイザーと激しいエレキギターが織りなすイントロに合わせてなっちゃんと央士くんが踊り始める。


 ふたりとも同じ振り付けで、鏡で写したように──左右対称ではないけれど、それ以外は本当に鏡で写したかのように、寸分違わないダンスを堂々とわたしたちに見せつける。まるでひとつの意識が、ふたりの身体を一緒に操っているかのように。


 ”偶然と運命に導かれてここまで来たんだ"


 やや長いイントロののち、ややハスキーな女性のボーカルが床を揺らす。


 知っている曲だ。前になっちゃんがイヤホンで音楽を聴いているのを見て、何を聴いているのか尋ねたら、この曲を聴かせてくれた。わたしの知らないアーティストの楽曲で、一度聴いてそれきりになっていた。


「いいよねー、"|Violet Lightヴァイオレットライト"、夏希好きだったんだ」


 胡桃がふたりのパフォーマンスを見ながら小さな声でそう口にすると、渚もそれに続くように口を開いた。


「僕も好きだな。友だちに勧められていくつか聴いたけど、この曲が収録されているアルバムの最後にこの曲が来るのが格好良くて好きだ」


「……そうなんだ」


 わたしは「知らなかった」という言葉を発しそうになるのを堪えた。


 わたしは渚の全てを知っているつもりでいた。


 なんて滑稽だろう。渚はとっくに、わたしの知らない場所で生きていたんだ。


 "だから知ってる もうすぐ時間が ふたりを連れ去ってしまうこと"


 "この手から離れる前に あなたの温もりを刻ませて"


 ここまででなっちゃんと央士くんはお互い一度も触れずに、それぞれ同じ振り付けを踊ってステップを踏んでいた。何かを乞うように、内なる衝動を抑え込むような感情をふたりはダンスで表していく。


 だけどサビに入った瞬間、ふたりは手を取り合って片方の手を相手の腰に添えてひとつになって踊り始めた。


 "踊りましょう 史上最高のデュエットを"

 "風を起こして 大地踏み鳴らす”

 ”空にいる誰かだけが わたしたちを見つめてる"


 曲の後ろで鳴るギター、キーボード、ドラム、ベースに加えて弦楽器も伴奏に加わり、それに突き動かされるようにボーカルの熱量も増していく。


 そして曲の盛り上がりにシンクロするように舞台の上のふたりの動きが華やかになって、そこから生まれる輝きがこの大きなホールを照らしていく。


 ”わたしだけを抱きしめて”

 ”あなたの瞳に映るわたしだけを"


 最初のサビが終わり、二つ目のヴァースに曲が移行するとふたりの身体が離れて、再びそれぞれが独立した振り付けが始まる。


 "始まりから終わりに向かって"

 "どうやってここまで来たんだろう"


 "判らないんだ 前に進む方角も 後戻りの方法も"


 ”気づいた瞬間 魔法が解けてゆく"


 二度目のサビに入る。すると最初のサビと同じようにふたりはまた一緒に手と身体を重ねて踊り始めて、さっきと同じステップを刻んでいった。


 "踊りましょう 史上最高のデュエットを"

 "風を起こして 大地踏み鳴らす"

 "空にいる誰かだけが わたしたちを見つめてる"


 "わたしだけを抱きしめて"

 "あなたの瞳に映るわたしだけを"


 二度目のサビが終わると、今度はブリッジに入る。なっちゃんと央士くんが再び離れ離れになるけど、今度はふたりが揃って同じ振り付けではなかった。


 なっちゃんが踊っている間、央士くんが動きを止め、央士くんが踊り始めるとなっちゃんが動きを止める。


 交互に相手を求めるように、引き裂かれて離れ離れになる自分たちの運命に抗おうとするふたりは、最後の爆発の瞬間に向けてフラストレーションを溜め込んでいく。


 "手のひらから"

 "温もりが消えてゆく(こぼれ落ちてゆく)"


 "二度と戻らないこの瞬間"

 "魂に灼きつけて!(わたしと!)"


 幾千もの声を重ねたコーラスが爆発の引き金を引いた。


 全の呪縛から解き放たれたふたりは解け合うようにひとつになって、奔放な逢瀬をわたしたちに見せつける。


 "踊りましょう"

 "史上最高のデュエットを"


 "風を起こして"

 "大地踏み鳴らす"


 "空にいる誰かだけが"

 "わたしたちを見つめてる"


 "わたしだけを抱きしめて"

 "あなたの瞳に映るわたしだけを"

 "瞳から消えていくわたしだけを"


 "あなたとわたしの輝きは"

 "誰にも越えられない!"


 曲の最後を彩るハイトーンで、盛り上がりが頂点を超えてゆく。


 そして最後の瞬間、なっちゃんが央士くんの身体に抱きつき、央士くんがなっちゃんの全身を抱えてスピンすると、曲の終わりと同時にぴたりとその回転を止めた。


 その瞬間、周りにいる人たちが一斉に立ち上がってステージにいるふたりに歓声を浴びせかけた。


 口笛と拍手で溢れかえる客席でわたしは渚と胡桃に目配せすると、自分たちも立ち上がってスタンディングオベーションに加わった。


 最後のポーズを保ったまま、遠くの客席から見えるくらい胸を大きく膨らませて縮めて深呼吸を繰り返すふたりに、わたしは周囲の人々と同じように賞賛を向けると共に、抱かずにはいられない疑問が頭の中で渦巻いていた。


 このコンテストへの参加を決めたのはなっちゃんだ。そしてこの曲を選んだのも、この曲が好きななっちゃんだろう。


 じゃあなっちゃんはどうして、央士くんと踊る曲にこの曲を選んだんだろう?


 そして、この曲に乗って央士くんとステップを踏んでいる間、なっちゃんは何を思っていたんだろう?


 唯一無二で離れがたいパートナーである央士くんに、なっちゃんは何を想っているんだろう?


 きっとわたしには判らないんだろう。運命の相手だと信じていた存在のことを全て理解した気になって、思い上がっていたわたしなんかには。


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