春56:ショウの幕が開く
数時間前まで剣道部や柔道部が公開演舞をしていた武道場では、コンテストの参加者たちが集まっていた。発表の四組前になったら、ここからすぐ近くにある体育館に移動して、舞台の袖で自分の出番が来るのを待つコトになる。
ここに集まった参加者は全部で十八組。おれと夏希みたいに男女のペアで出ている人もいるし、男子同士や女子同士っていう参加者もいる。おれたちみたいに特別にコスプレしているペアもいるし、二人そろって制服で直球勝負っていうのもいた。
そしてそんな参加者たちは床に座ってイヤホンを分け合って音楽を聴いたり、いっせっせーのせをしたり、携帯で一緒に動画を見ているやつがいたり、逆に自分の携帯の画面をそれぞれ別に見ているやつがいたりと、本番前の時間を思い思いに過ごしているみたいだった。
ダンスの練習は? と思うかもしれないけど、順番が来るのが遅い人と早い人とで不公平にならないようにこの場での練習は禁止されている。
発表の順番は二日前にあみだくじで決められた。そしておれと夏希のペアは18組中十八番目、つまりいちばん最後に舞台に出るコトになった。
そしてそんなアンカーのおれたちはパフォーマンス前の時間をどう過ごしているかというと……二人そろって地べたに座り込んで、お互い一言も話さずになんか気まずい空気になっていた。
おれが隣にいる夏希に目をやっても、夏希はこっちのことなんかおかまいなしにずっと前の方を向いている。
今日はずっと夏希の調子がずっと変だ。おれに対する当たりが強いし、こうやってふたりでいるのにおれに絡んできたりもせずに、ひとりでずっと黙ったままでいる。
本当はもっと早くそんな態度でいる理由を問いただしたかったところなんだけど、胡桃と不知火くんとの間のゴタゴタに関わっているあいだにズルズルと時間が過ぎてしまっていた。
「幼なじみのふたりだからその辺はわざわざ私が言わなくてもとうの昔にバッチシだと思うけど、今日の残りの時間は練習だけじゃなくて一緒にあちこちのブースを回ったりしながらふたりの親睦を深めて、最高の状態で本番に臨んでね」
ああ……おれたちのダンスの面倒を見てくれたメイの言葉が頭に響く。全然バッチシじゃないぞ、おれたち。
このままのコンディションで本番に突入するワケにはいかない。おれはため息をつくと、腹をくくってこっちから夏希にアクションを起こした。
「マズいだろ。もうすぐ発表なのにこんな感じじゃ絶対グダグダになるって。おれ、なんか夏希を怒らせるようなコトした?」
おれが話しかけても夏希からのリアクションは無かった。相変わらず顔を前に向けて黙ったままだ。
「夏希の様子がおかしくなったの、おれが占いを見てもらってからだろ。あんなに行くのイヤがっておいておいて、良い結果が出たら舞い上がってるの見てムカついたとか? いいじゃんか! 嬉しかったんだから! それに占いに誘ったの夏希のほうだろ? なおさらなんでおれが怒られなきゃいけないんだよ!」
「央士には怒ってないよ。アタシが自分にイライラしてるだけ」
おれがわめきたてていると、夏希がようやく返事をした。
「まあそのストレスを央士にぶつけて発散してるんだけどね」
「するなよ! 悩んでるコトがあるなら言葉で言って相談しろよ!」
「愛情表現だよ。こうやってじゃれてんの」
そう言って体育座りをしていた夏希が首を傾けると、おれの肩に自分の頭をこてんと預けた。
「あ……やっぱこうしてたほうがメンタル的にいいや」
おれは肩に乗っかった夏希の顔を見た。そして夏希は相変わらず前を向いたまま、口を開いておれに話し始めた。
「央士さ、コノハちゃんにまた会いたいって思ってる?」
コノハ……さっきハルさんに占いで今どうしてるか見てもらったおれが昔会った女の子だ。
「そりゃあ、会いたいよ。会えるもんなら」
「会って、それからどうすんの」
「どうする……どうするって、パッとは浮かばないけど」
「結婚するの? 昔コノハちゃんと約束した通りに」
「……さあ。でもハルさんの言ってる通り、コノハが今もおれを覚えているんだったら、もしかしたら何かあるかもしれない。たぶん」
「何か、ね。央士が何を期待してるのか判らないけど」
夏希がクスッと言って笑った。ほっとけよ!
「占いに行ったのはちょっとしたシャレのつもりだったんだよ。みんなとの話のネタになると思ってさ。央士の人生のミステリーを持ち出したのも、占いで見てもらうのにうってつけだったってだけ」
武道場の入り口から「十三番目の発表のかた、体育館に移動してください」と係の人が呼びかける声が聞こえる。
気がついたらだんだん人が少なくなってきた。人が減ってそれに合わせて静かになってきているこの武道場で、そばにいる夏希の声がよりはっきりおれの耳に届く。
「だからコノハちゃんがどこで何してようが、占いでどんな結果が出ようが、話半分に聞くだけのつもりだったし、央士も同じリアクションかなって思ってたんだけど、コノハちゃんが元気にしてるって聞いただけで、あんなにハシャいじゃって。ハルさんには悪いけど、たかが占いなのに、さ」
夏希がさらにおれに自分の身体を寄せてきた。ふにゃっとした感触と体温が肩から腕に伝わってくる。
おれは思い切って、夏希に向かって口を開いた。
「もしかしてやきもち妬いてる、夏希?」
言いながらナルシストかよ、おれ、って思った。夏希がおれのこと好きだってコトにして話をしてる。これまで続いてきた友だちとしての関係に致命的なダメージを入れれかねないコトをしでかしてるのに、おれはそう訊かずにはいられなかった。
「だとしたら、嬉しい? 央士」
夏希がおれの顔を見つめて言った。
おれは思わず照れて夏希から目を逸らしそうになった。だれど、ぐっとこらえておれは夏希のことを見つめ返した。
「ダメ……じゃないと思う」
「何それ」
おれの苦し紛れの答えに夏希はしらけた顔をしてまた前を向いた。
「嬉しいか嬉しくないかで答えてよ」
「嬉しく、ないコトもない! ……だけど!」
「コノハちゃんがいるから、素直に喜べない?」
夏希はおれが言葉にできてない気持ちを、はっきりと言葉にしてみせた。そしてその夏希の言葉で、おれの思っているコトがハッキリとどんなものか見えてくる。
「好きな子がいるのに、ダメだろ、友だちでそういうコト考えるの」
「そう。お堅いヤツだね、うちの幼なじみは。付き合ってるカノジョがいるのに平気で他の子に浮気してるやつなんかいくらでもいるのにさ。見上げたもんだよ」
そう言うと夏希はおれが座って前で組んでいる手に自分の手を重ねた。夏希の手のひらのぬくもりがじんわりとおれの手の甲に伝わってくる。
「ねえ央士」
夏希がおれの顔を見て呼びかける。
「今日だけはコノハちゃんのこと忘れて」
おれの手を解くと、夏希はおれの手のひらのあちこちをを親指で何度も押してくる。
「これからステージに立つ数分間だけは、アタシの恋人でいて。人生でたったひとりのパートナーにさせて。踊っている間だけでいいから」
そう言って、夏希はおれの首もとに自分の顔を沈めた。おれの目には夏希のさらさらとした明るい色の髪だけが映っている。
そんな夏希の頭に、おれは自分の頭を折り重ねた。




