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春55:砕け散った星たち


 凛音さんと不知火くんがロッカールームにいる間、おれたちは外で突っ立って待っているコトしかできなかった。


 校庭で騒ぎを起こした凛音さんたちの様子を面白半分に見にこようとやってくる野次馬たちを追い払いながら、おれはなんとなく周囲を見回した。


 さっきまで凛音さんたちと一緒にいた胡桃は、廊下の向かい側で下を向いて沈んだ顔をしていて、そばにいるあやみ先輩は手を後ろで組みながら胡桃を横目に見ている。


 犬飼さんはそわそわして何度もロッカーの扉をちらちら落ち着きなく見たりしていて、夏希はというとこっちは動かずにどこか明後日の方角をじーっと見て考え事でもしているみたいだった。


「先輩」


 廊下の遠くのほうからこっちに向かって走ってくる足音が聞こえてくる。声がしたほうを向くと、琴音ちゃんと真波さんがおれたちのところに向かってきているみたいだった。


「お疲れ様、どうだった?」


 走ってきて息があがってる琴音ちゃんが膝をついて呼吸を整えてようとしていたから、おれは少しかがんで視線の高さを合わせた。


「とりあえず、さっきのコトは市街劇の一幕ってみんなに説明して回って誤魔化しました」


「ありがとう」


「ただ、みなさんのリアクション的にあんまり誤魔化せてなかった気が……」


「あとで演劇部に頼んで口裏を合わせてもらうよ」


 琴音ちゃんは息を整えると、近くにいる胡桃の存在に気がついて、胡桃に声をかけた。


「大丈夫ですか? 胡桃先輩」


 中学の時の後輩に名前を呼ばれると、胡桃はゆっくりと顔を上げてとろんとした目で琴音ちゃんのほうを向いて、また目線を下げた。


「大丈夫じゃない。あんまし」


 胡桃がぼそっとつぶやくように言うと、琴音ちゃんと真波さんは顔を見合わせた。


 するとロッカールームの扉が小さくキィーッときしむ音を立てながら開いて、部屋の中から凛音と不知火くんが出てきた。


「渚くん」


「久しぶり、琴ちゃん」


 自分に声をかけてきた琴音ちゃんに、不知火くんは薄く微笑んだ。


「それで、カタはついたの?」


 腕を組んで廊下の壁にもたれかかって立っていたあやみ先輩が凛音と不知火くんに向かって言った。


「朝比奈先輩」


 凛音があやみ先輩の前に出た。


 そして凛音は、先輩に向かって深くお辞儀をした。


「先輩をはじめ、バレー部の皆さんにはご迷惑をおかけしました。改めて皆さんには直接お詫びしたいのですが、お伺いしてもよろしいでしょうか」


 凛音が頭を上げると、あやみ先輩は組んでいた腕をほどいて手を腰にあてた。


「暴力沙汰を起こした胡桃じゃなくてあんたが謝りたいってコトは、事の発端は自分にあるって言いたいワケ?」


「はい」


「じゃあ私らより先に謝んなきゃいけない子がいるでしょ。あんたが何したかは知らないけどさ」


 あやみ先輩は凛音に話しながら、隣にいる胡桃をちらっと見た。胡桃はその視線に気がついたのか、自分より少し背の高い先輩の顔を見上げた。


「私たちのところに来るのはそれから。それにどうせ今日はシフト外の時間はみんなあちこち散らばって遊び回ってるんだから、また今度にして。これ以上楽しい気分に水差されるのはゴメンだから」


 先輩は最後にそう言い放つと、凛音やおれたちに背を向けてそのままどこかへ行ってしまった。


 みんなが黙ってあやみ先輩が去っていくのを目で追っていると、不意に誰かの声が聞こえた。


「……キツいでしょ? うちの部の先輩の物言い」


 声の主は胡桃だった。胡桃は凛音と不知火くんに向かって小さく笑って言った。


 そして胡桃の微笑みに、凛音も同じように返した。


「かもね。普段胡桃から聞いてる部活の愚痴の理由が判った気がする」


 凛音がそう言うと、凛音と胡桃は一緒にくすくすと笑い合った。


「ねえ凛音」


 胡桃は凛音に呼びかけると、目の前の凛音の手を握った。


「残りの時間、一緒に文化祭回ろうよ。さっきまでのロスした時間、取り返すくらい楽しもうよ。それに渚も……」


 胡桃が凛音の手を握ったまま、不知火くんのほうを見た。


「さっきは殴りかかって、本当にごめん。あたし……大好きだから。渚のこと、本当に大好きだから!」


 胡桃は今、どんな気持ちで不知火くんにこの言葉を言ったんだろう。


 ケッキョク、胡桃が不知火くんのコトが彼氏にしたい意味で好きだったのか、おれには判らない。


 でも今の胡桃の言葉は、それ以上にもっと大きくて温かい意味がこもっているような気がした。


「だからもう一度だけちゃんとやり直させて。行こう、渚。残りの時間、わたしたちと一緒に文化祭を回ろう」


 胡桃からの誘いに不知火くんは少し戸惑っているみたいだった。当然だ。ついさっき、ものすごい憎しみをぶつけられたばかりなんだから。


 だけど不知火くんは今の胡桃からそれ以上の大事なものを感じ取ったんだろう。「判った」と言うと、不知火くんはうなずいた。


「行こう。残りの時間をめいいっぱい楽しもう。凛音も、同じ気持ちだよね」


 不知火くんが凛音に向かって訊いた。


 不知火くんに訊かれて、凛音は不知火くんと胡桃から、おれや琴音ちゃんのいるほうを見た。


 おれはただ、凛音に向かって笑いかけてみせた。


 そしておれの表情を見ると、凛音はもう一度不知火くんと胡桃を見て言った。


「うん。行こう。わたし、残りの時間ふたりと一緒にいたい」


「そうと決まったら話は決まり!」


 胡桃はそう言って凛音と不知火くんの腕に抱きついた。


「じゃあ、というワケであたしたちは失礼! みんな、ありがとうね。それと、夏希と央士くんのダンス、みんなで見にいくから!」


 胡桃はおれと夏希に言うと、「だよね?」と凛音と不知火くんも顔を交互に見た。


「そうか、ダンスコンテストか。見にいくよ、楽しみにしてる」


「わたしも。頑張ってね。なっちゃん、央士くん。それじゃ」


 凛音たちはそう言い残すと、そのまま胡桃に引っ張られるようにこの場から去っていった。


「良かった。みんな仲直りできたみたいで」


 犬飼さんがほっと胸を撫で下ろしながら言った。


「これでもう、カンペキに元通りに──」


「いや、どうなんだろう」


 おれが犬飼さんと同じようにほっとしていた横で、いきなり口を開いたのは真波さんだった。


「なんか先輩たち、先輩たちじゃないみたい」


「それ、どういうこと?」


 おれが真波さんに向かって訊くと、真波さんは首を横に振った。


「判らないです。ただ、なんとなくそんな感じがして──」


「あたしは判る」


 真波さんの言葉の途中で、琴音ちゃんの声がかぶさった。


「今のお姉ちゃんたち、お互い『自分と同じ気持ちか』なんて訊き合って、まるで仲良しごっこしてるみたいでした。本当にお互いの気持ちが判り合えている関係なら、そんなコトする必要なんかないのに。だから……」


 琴音ちゃんは廊下の先に消えていく三人を見つめながら、その先の言葉を続けた。


「もう、お姉ちゃんたちは昔のお姉ちゃんたちじゃないんです」


 琴音ちゃんがおれにそう話す横で、夏希はひとりごとのようにぼそっと小さい声を発した。


「残りの時間……ね」


 夏希がそうつぶやいた時、廊下にあるスピーカーからチャイムが鳴って『こちら西吾妻高校文化祭実行委員会です』という声が流れ出した。


『只今を持ちまして、体育館での二年生による演劇発表は終了しました。このあと十四時半より軽音楽部によるステージ発表が行われます。ぜひご来場ください。また、十五時半からのペアダンスコンテストに参加される皆さんは、武道場への集合をお願いします』


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