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春54:君のなかの僕-後編


「ひとつ判らないことがあるんだ」


 渚がようやくわたしの隣の席に腰掛けた。


「どうして凛音は僕が胡桃を好きだと思ったのかな。凛音にそんな話、した覚えないんだけど」


「そんなの、簡単だよ」


 わたしは渚の横顔を向いた。


「だって渚、わたしたち以外に女の子の知り合い、いなかったもの」


 昔からそうだった。引っ込み思案で人見知りするところのあった渚は男子と交流する機会も少なかったし、女子ならなおさらだった。


 それこそ生徒会に入ってそこで初めて会った胡桃みたいに、人間関係を構築しなければならないような理由でもなければ、わたし以外に女子の知り合いをつくることはなかった。


「だからわたしの告白を断る理由があるとするなら、もうひとりの知り合いの胡桃のことが好きだったからってことしか考えられなかった。どう、その通りでしょ?」


 わたしがそう話すと、渚はゆっくりと顔を上げて天井を仰ぎ見た。


「すごいな」


 そして顔を下すと、渚はわたしに向かって寂しそうな笑みを浮かべた。


「何から何まで全て間違ってる」


 その瞬間、わたしは全身の血が一気に氷みたいに冷え切ったのを感じた。


 間違っている? すべて?


 まさか! わたしは渚のことならなんでも知ってる、なんでも判ってる。間違いなんか犯すはずないのに!


「いろいろ指摘したい点はあるけれど、とにかくふたつだけ言おう」


 全身が冷たくなって頭だけが熱くなっているわたしの耳に、近くにいるはずの渚の声が遠くから聞こえてくるような気がした。


「まずひとつ、凛音たち以外にも僕には女子の友だちはいた。今日一緒に来た犬飼さんもだし、中学の時だってたくさんいたわけじゃないけど、生徒会にいたから先輩後輩問わず色んな人と知り合うきっかけもあったし、仲良くなった人もいた」


「そんなの、聞いたことない」


「いちいち話して報告するものじゃないだろ。僕は普通にしてただけだ。それともうひとつだ」


 わたしに話す渚の顔から笑みが消えていく。


「僕が凛音の告白を断った理由は胡桃が好きだったとか、他に好きな人がいたからって理由なんかじゃない。ただ、凛音とそんな関係になりたいと思わなかっただけだ。それに今のところ僕に好きな人はいない。凛音もだし、胡桃もだ。胡桃は友だちだと思ってるけど、一度もそんなこと考えたことはない。まるっきり見当違いだ」


 当然の事実のように話す渚の言葉が虚しく胸の内で反響する。そしてわたしはその声をぼんやりと聞いていることしかできなかった。


「もしかしたら、凛音の場合はそうなのかもな。もし誰かに告白されても、僕がいることを理由にして断ったり、そうしてきたのかもしれない」


 そうだ。実際、中学にいたころ、わたしは生徒会にいて他人より少し目立つ機会があって、だからか何度か告白される機会があったけど、毎回丁重に断ってきた。


 なぜならわたしには渚がいたから。だから渚もわたしと同じように、他に愛する誰かがいたからそうしたと思ったんだ。わたしのように。


 だけど渚は次の言葉でそれを否定した。


「いいか。凛音は凛音で、僕は凛音じゃない。他人が自分と同じだと思うなよ」


 他人、と告げられただけでわたしは渚に自分の首もとに鉈を振り落とされたような感じがした。

 

 ずっと一緒で、一心同体だと思っていた相手に他人と扱われていたことを初めて知った。わたしを突き放した渚の言葉が、さらにわたしを引き離していく。


「凛音が僕のことをどう思ってるかは知らない。だけど少なくとも、自分のなかの僕の理想像を押し付けるような奴を、僕は"運命の相手"にする気になんかさらさらない。ましてや、勝手な妄想で僕以外の人も巻き込むような奴なんかとはね」


「そう」


 わたしは渚の顔から目線を離した。そして目の前にあるアルミ製のロッカーをじっと見つめた。

 

「じゃあ正解だったみたいだね。渚がわたしを選ばなかったのは。本当、残念」


「ああ、残念だよ、本当に」


 うそつき、という言葉が思わずわたしの口から漏れ出た。


 どうしてそんな言葉が出たのか、それはわたし自身にも判らなかった。



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