春51:外野席からお届けします
判っちゃいたけど、ロングスカートの服を着て走るのは……走りづらい!
夏希の話を聞いておれたちのもとから飛び出した不知火くんを追いかけながら、おれは一緒に隣で走っている夏希が保健室でした話を思い返した。
「ここまで判った事実からしてアタシが思うに、凛さんだけじゃなくて、くるみんも不知火くんのコトが好きだったんだよ」
夏希からそう告げられた不知火くんは豆鉄砲を喰らわされたハトみたいにぽかんと口を開けて、両手を座っているベッドの上にだらんと下げた。
「いや、どうしてそうなるんだよ」
おれは夏希に向かって言った。
「胡桃は不知火くんのコト嫌ってたんだろ。だから凛音に不知火くんのコト忘れさせるためにおれたちを紹介したり、運動場で掴みかかったりしたんじゃ」
「バカだねー、キミは。それは凛さんがフラれた後の話でしょーが」
夏希が思いっきり冷たい目でおれを見ながら言った。ふん、どうせバカだよ。
「肝心なのは凛さんがフラれる前だよ、フラれる前。もし、中学の生徒会で不知火くんと一緒にいた頃のくるみんが、不知火くんのコトを好きになっていたとしたら?」
夏希はおれたちに話しながら部屋の中を歩き回った。
「くるみんは悩むだろうね。友だちの好きな人を好きになったコトもだし、おまけに友だちは好きな人とは小さい頃からの付き合いのある幼なじみ。勝算はほとんどゼロ。どっちかがどっちかに告白したら絵に描いたような理想的なカップルのできあがり。自分の出る幕はナシ。最初から諦めるしかない恋にカノジョは陥るワケだ」
すると夏希は「しかぁし!」と声をあげてその場で立ち止まった。
「どういうワケか告白は上手くいかなかった。それを聞いたくるみんのココロはグチャグチャにかき乱される。『相手が幼なじみだから』で諦めてた恋心のはけ口がどっかに行っちまったんだからね。さらにさらに数ヶ月後、進学した高校の文化祭でその好きだった相手が全く知らない女と楽しそうにしているのを目撃!」
夏希は人差し指を立てると、それを勢いよく不知火くんのそばにいる犬飼さんに向けた。
「え、あたし?」
犬飼さんが自分で自分の顔に人差し指を向けた。
「そう、キミ。長い付き合いのある幼なじみがいるからって諦めた男がポッと出の知らない女を連れて自分に会いに来たもんだから、くるみんのココロは完膚なきまでにコナゴナになってしまった。で、勢い余って白昼堂々キミに襲いかかったワケだね。ここまでの話で質問とかある?」
夏希がそう尋ねたけど、不知火くんは相変わらず呆然としたまま何も訊こうとなかった。質問のしようがなかったんだろう。
「じゃ、話を続けようか。ここまでのいきさつはともかく、くるみんの大親友の凛さんはくるみんが自分の幼なじみに恋してるコトに気がついてた。だから今日不知火くんが来たコトをわざと教えずに遠ざけようとしたんだよ、恋のライバルにキミを取られないようにさ」
「ちょ、ちょっと待ってくれないかな」
ようやく夏希の話に反応できるようになった不知火くんが待ったをかけた。片手を頭に当てているところからして、話を受け留め切れずに混乱してるみたいだ。
「仮に、仮にだよ。君の言う通り胡桃が僕のコトが好きだったとして、なんで凛音が僕を取られないようにしようって発想になるんだ? 別に僕は胡桃のコト……」
「この際キミがどう思ってるかは問題じゃないんだよ。肝心なのは凛さんがどう思い込んでいるかでね」
不知火くんの言葉を途中でさえぎると、夏希は彼に向かって小さく笑った。
「難儀な乙女だねえ、キミの幼なじみは」
そうやって保健室での話を思い出してると、いつの前にかおれたちの目の前を走る不知火くんがぴたりと足を止めた。
不知火くんに続いて、おれと夏希とすぐ後ろについてきている犬飼さんが足を止めた。
「どうしたんだよ、不知火くん」
おれが呼びかけると、不知火くんはゆっくりとおれたちに向かって振り返った。
「いまさら気づいたんだけど……女子バレー部のロッカールームって、どこにあるの?」
おれたちはずでん! とずっこけた。
「はい、ここが女バレのロッカーね」
ケッキョク夏希に案内されて、おれ含む不知火くんご一行は目的地までたどり着いた。
「大丈夫か、不知火くん」
部屋の扉の前で、不知火くんは目を閉じて深呼吸をしていた。
「ハッキリ言って、全く大丈夫じゃないよ」
扉に向かったまま、不知火くんはおれに返した。
「だいいち胡桃が僕のコト好きだって話もちゃんと信じきれてないんだ。たとえそう判断する材料が揃っていたとしても、それを素直に信じられるほど僕はうぬぼれてなんかいない」
まあ、それは言えてる。
もし「オレはふたりの女子に惚れられてるんだ!」なんて叫ぶヤツがいたとしたら、ソイツはイロイロもう限界なヤツなんだと思う。
「だから本当のコトを確かめるためにも、僕は凛音に向き合わなきゃいけない。今度こそ決着をつけるんだ。何度もやろうと思ってできなかったコトを、今度こそ」
不知火くんが震える手で部屋の扉に付いてるノブを握った。
おれは夏希と犬飼さんに目線をやった。ふたりを見ると、ふたりもおれに目線を返してきた。
おれたちは何も言わずにお互いに静かに頷き合うと、その場から一歩後ろに下がった。
不知火くんがもう一度目をつむって深呼吸をした。
「……よし!」
そう言って不知火くんは握ってたドアノブを開いて、扉を一気に開けた。




