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春50:選択と選択


「自販機でポカリ買ってきたよ」


 女子バレー部のロッカールームに戻ってきた鵜野森凛音が手に持っていたのは、冷えたスポーツドリンクの入ったペットボトルだった。ボトルの表面には水滴が浮かんでいる。


「これ飲んで、元気出して」


 部屋のベンチに座って項垂れている弁天橋胡桃の隣に凛音が座って、胡桃の前にペットボトルを掲げてみせたが、胡桃は何の反応も示さなかった。


「いつまで意地張ってんの」


 凛音と胡桃と同じ空間にいる朝比奈あやみが呆れて不機嫌そうな顔でうそぶいた。


「貰って飲みなさいよ。せっかく買ってきてくれたんだから。勿体ないでしょう」


「あ、いいんです。飲まないなら、わたしが自分で飲むので」


 凛音はペットボトルのキャップを外すと、そのまま容器に口をつけてこくっ、こくっとスポーツドリンクを喉に流し込み、二口ぶんほど飲み終えると「ぷはっ」と飲み口から口を離して息をこぼした。


「なんだか、こうしてると中学の卒業式の時みたい」


 ペットボトルのキャップを閉めると、凛音は黙りこくっている胡桃に話しかけた。


「あの日わたしは学校を休んで、家にひとりでいた。そしたら胡桃がわたしのところにやって来て、お菓子とかジュースとか、いろいろ差し入れを持って来てくれたんだよね。本当は式の真っ只中なはずなのに」


 凛音が隣にいる胡桃をちらっと見た。胡桃は凛音の話を聞いている素振りすら見せなかった。


「正直、あの時は胡桃のことが鬱陶しかった。わたしはただ、ひとりで落ち込んでいたかったから。胡桃は今、わたしのことそう思ってる? だったらまるっきり逆になってておかしいよね」


 そう言って凛音はふふっと小さく笑った。相変わらず胡桃は濁った目をしたままで部屋の床に向かって呆けていた。


「でもね、あの日のわたしが思ったのはそれだけじゃないんだ」


 凛音は手に持っていたペットボトルを床に置いた。


「わたし知ってたんだよ、胡桃が渚のこと好きだったの」


 そう口にする凛音の顔には先ほど浮かべていた微笑みは完全に消え失せていた。


 微動だにしないながらも呼吸だけは続けていた胡桃だったが、横隔膜によって押し上げられていた肩の動きがぴたりと止まった。


 胡桃の変化に、それまでふたりのすぐ近くで凛音の話す言葉を漫然と聞き流していたあやみの全身に緊張が走った。組んでいた腕の筋肉に一瞬力が入る。


「なんで」


 胡桃が凛音の顔を向いて口を開いて、掠れた声で短く言った。


「なんで判ったのか、かな?」


 寒がるように震えて怯える様子の胡桃に、凛音はなぜか得意げに笑って見せた。


「積み重ねかな。渚の昔の話をわたしに訊く回数が増えたり、わたしが渚のことで悩んでいる話をすると、露骨に気まずそうな顔をするようになったし」


「じゃあ何? 鵜野森は、弁天橋が自分が好きな相手と同じ相手のことが好きだって判っていながら、知らなかったふりをしてたってわけ?」


 当事者ではない立場から状況を理解しようとするあやみに、胡桃は反論の言葉を口にしなかった。


「卒業式の日、胡桃がわたしのところに来て、嬉しくなんて全然なかった。渚のところに行けばいいって思ってた。そして渚に告白する何なりしてくっついて、今すぐいなくなって欲しかった」


「できるワケないでしょ!?」


 この部屋に来て、初めて胡桃が声を荒げた。胡桃はわずかに声を震わせながら、はっきりとした口調で言った。


「友だちをフッた相手にその友だちをほっぽったまま会いに行って、告りに行けっての!? 頭おかしいんじゃないの!?」


 昂った表情を露わにする胡桃に向かって、凛音は冷たい表情を見せた。


「ねえ、ひとついいこと教えようか。なんで胡桃に、今日ここに渚が来ることを教えなかったか判る? それは──」


 凛音がそこまで言いかけた時、部屋の扉がバタン! と勢いよく開かれた。 


 部屋の外に見える人影に目を向けると、凛音はたじろきもせずに言葉を放った。


「ここは男性の立ち入り禁止なんだけど、渚」



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