春49:殊勝な友人
渚を探していたわたしたちが目撃情報を辿って運動場にたどり着いた時には、もう手遅れだった。
わたしがグラウンドに駆けつけると、そこではバレーボールが転がっていて、そのすぐ近くでは顔が真っ赤に腫れた渚が地面に倒れていた。
「渚! どういうこと」
わたしが渚に一体何が起こったのかを理解する前にバレー部が使っているスペースから、わたしの中学の頃からの友だちの胡桃が飛び出してきた。
すると胡桃は地面に力無く座り込んで立ちあがろうとしている渚の胸ぐらを摑みかかった。
「きゃあああっ」
わたしのすぐそばに立っていた犬飼さんが悲鳴をあげた。
「胡桃! やめてっ」
「アンタなんか! アンタなんかーっ!」
運動場の中央でわたしの止める声も聞かず、胡桃は渚の身体を揺さぶりながら叫び続けた──
「全く! こんな騒ぎを起こして、藤堂先生にどう説明すればいいの!?」
あの場を何とか収めてくれたのは、わたしに続いて現場に駆けつけてくれた央士くんと、胡桃の部活での先輩で、わたしたちとも少し縁のある二年の朝比奈あやみ先輩だった。
わたしが今いるのは女子バレー部の使用しているロッカールームだ。屋外で大勢の人の視線が集まる中で渚から胡桃を引き離したわたしたちは、胡桃をなんとかしてここまで連れてきた。
ここに連れ込まれてから胡桃はわたしたちと視線も合わさず、部屋の中にあるベンチに座って黙ってうつむいたまま、生気を失ったようになっていた。ただ汗だけは大量にかいていて、胡桃の周りには湯気がたっていた。
「で、向こうの様子は?」
腕を組んで立っている朝比奈先輩がわたしに向かって言った。
「渚……えっと、もうひとりのほうもわたしたちみたいに、央士くんたちと一緒に別の場所に移ったみたいです」
◇◇◇
「はい、氷のうだよ、渚くん」
保健室のベッドに座る不知火くんの顔面はビンタされたみたいに赤く腫れていた。いや、聞いた話だと本当にされたらしいけど……
不知火くんの顔の腫れたところに、おれたちと一緒にこの部屋にきた犬飼さんが、保健室の松村先生から渡された氷水の入った袋をやさしくそっと当てた。
「大丈夫? 痛いところしみない?」
「ちょっとね。でも大丈夫。ありがとう」
不知火くんは犬飼さんから氷のうを受け取ると、今度は自分で顔に冷えた袋を当てた。
連絡のつかない不知火くんを探し回って、先に運動場のグラウンドで見つけたのは凛音さんだった。
運動場で何か騒ぎが起こっているのを聞きつけておれと夏希がそこに向かうと、現場では凛音さんの友だちの胡桃さんが不知火くんに掴みかかってシュラバになっていた。
前におれたちとちょっと付き合いがあったあやみ先輩に助けてもらいながら、不知火くんはおれと夏希と犬飼さんと一緒にここ……保健室まで来た。
そして胡桃さんのほうは、凛音さんとあやみ先輩が一緒に女バレのロッカーに連れていって、不知火くんから引き離した。
「胡桃は僕のコト、歓迎してくれると思ったのにな。なんで……」
顔に氷を当てながら呟く不知火くんに、夏希は壁にもたれかかりながら衣装のポケットに手を突っ込みながら冷たい目線を向けた。
「そりゃ、友だちをフった男がその友だちがいる学校で別の女とデートしてたら逆上するに決まってんじゃん」
「違うよ! 渚くんとあたしはただ一緒に居ただけで付き合ってたりとか、デートとかそういうコトしてたワケじゃ」
「側から見たらどう見えるかってハナシ」
不知火くんとは違う理由で顔を赤くしながら否定する犬飼さんに、夏希はクールに返した。
「アンタら、意外と頭良くないんだね」
「やめろよ」
不知火くんのいるベッドのそばでしゃがんでいたおれは立ち上がって言った。昔の友だちに殴られて落ち込んでる人に言っていいコトバじゃない。
「……結局僕はいつもこうだ。誰かを泣かせたり怒らせたり、そんなのばっかりだ」
不知火くんは氷を顔に当て続けながらため息をついた。
「僕は今日、なにもかもやり直せると思ってここに来た。なのにもっと悪い方にいっちまった。そりゃ、後から考えてみれば僕は無神経なコトをたくさんしでかしたのかもしれない。けどさ」
不知火くんはおれたちに向かって顔を上げた。
「こんな目に遭わなきゃいけないくらい、僕は悪いコトをしたのか?」
おれたちに向かってそう言う不知火くんは、目の前で家庭崩壊でも起こってるみたいにひどく哀しそうな目をしていた。そのまなざしを向けられて、おれは初めて不知火くんがどんなヤツなのか判ったような気がした。
「ねえ、キミって、本気でくるみんに歓迎されると思って会いにいったワケ?」
夏希があいかわらず壁にもたれかかったまま不知火くんに尋ねた。
「胡桃に? まあ、胡桃とは中学の時は同じ僕と同じ生徒会だったし、卒業の前に凛音といろいろあってからはそのコトで少し問い詰められたりもしたけど……でも凛音も僕をここに誘ったってコトは、胡桃も僕が来るのを知った上でだと思ってたし」
「ふうん?」
夏希は目線を上に向けて、なにか考え事をし始めたみたいだった。
「どうしたんだよ」
「んー、ちょっと引っかかるんだよね。もしさ、彼がここに来るのをくるみんがあらかじめ知ってたら、こんなに大きな騒ぎになるコトも無かったと思うんだよね」
「知らなかったんだろ。だからこんなに大きな騒ぎになった」
「かもね。じゃあなんで凛さんは渚くんがここに来るコト、くるみんに話さなかったのかな?」
「いや、それは琴ちゃんと同じだろ。不知火くんと久しぶりに会うって話をしづらいから」
「琴ちゃんならそれも通るよ。でもくるみんはそうは行かない」
夏希はおれの言葉をさえぎった。
「お客さんとして来るかどうかも判らないし、いちおう来るなって言ってる琴ちゃんには隠し通せるかもしれないけど、くるみんはこの学校の生徒で隠すのはほぼ不可能。ヘンに隠す意味がない。今回みたいなトラブルの原因になるだけだ。事前に三人で会って、和解する場を用意しておいたほうがずっといい。なのに、なぜ?」
「他に隠す理由があったってのか? 胡桃と不知火くんを会わせたくなかった理由が」
「ちょ、ちょっと待ってくれない?」
戸惑いながらおれたちの話に割って入ったのは不知火くんの隣に座っている犬飼さんだった。
「あたし、話の盛り上がりについていけてないんだけど質問していい? その胡桃さんって子、渚くんと凛音さんの中学の時の友だちなのは判るけど、そんなに渚くんのこと嫌ってたの? もう顔も見たくないとか、それくらい……」
「捨てさせようとしてたんだよ。凛さんに、好きだった幼馴染への未練をさ」
夏希が犬飼さんの問いかけに答えた。だけど犬飼さんはぽかんとした顔をしたので、おれが補足して説明をした。
「ええと、前におれと凛音さんで一緒に出かけたコトがあるんだ。ほら、前に市駅の前で会った時の。あれをおれに頼んだのが胡桃なんだ。別のヤツと仲良くなって、自分をフったヤツのことなんか忘れろって友だちを励ますためにさ」
おれが犬飼さんにそう話していると、後ろから「あっ」と夏希の声が聞こえてきた。
「なるほど……そういうコトね」
夏希は自分でそう言いながら首を縦に小さくこくこくと振ってうなずくと、もたれかかっていた壁から背中を離して立ち上がった。
「渚くんさ」
「な、何」
夏希が乾いた笑顔を不知火くんに向けると、不知火くんはぎょっとした顔をした。顔の痛みはもうひいたらしい。氷のうを持つ手をひざの上に置いていた。
「キミ、厄介な子らに好かれちまったらしいね」




